第176話 ルリーの過去⑭ 【記憶】



 ………………


 ………………


 ………………


「ルリー、ルリー!

 ……くそ!」


 抱えたルリーの、今まで聞いたこともない叫び声……それがしばらく続いたあと、唐突にルリーの声はやみ、動かなくなってしまった。

 どれだけ呼びかけても、反応がない……それも、当然と言える。


 目の前に立ちふさがる人間……いや敵、ジェラ。彼女が手に持ち、地面に放り投げたのは、ダークエルフの……ラティーアの、首だった。

 首から下は、ない。それは、目を背けたくなる光景だ。


 ラティーア……村の若者の中のリーダー的存在で、よくルランたち子供の相手をしてくれていた。遊んだり、モンスター討伐に付き添ってくれたり。

 それに、ルランの妹ルリーが、彼に淡い恋心を抱いていたことも、知っている。いや、ルリーだけではない。

 村のダークエルフの若い女性たち。それに、一年ほど前からここに住み始めた、エルフのリーフェル。


 女性人気だけでなく、同性からも慕われ、若者のリーダーとしてだけではなく、村の中心人物と言っても過言ではない人物。

 そんな、彼が……


「ったく、うるっさいガキだねぇ。そんなに、この男のことが大事だったのかい?」


 ラティーアの命を奪ったであろうジェラが、ケラケラと笑っている。

 こんな、簡単に命を奪っておいて……なにが、楽しいというのだろうか。


 ルランは、あふれる怒りを抑えることができない。

 ……だが。


「……ルラン」


「わかってる……!」


 相手は、どうあれラティーアでも敵わなかった相手だ。ルランたちが敵う道理がない。

 それに、気を失ってしまった妹を庇いながら戦うというのは、現実的ではない。


 悔しいが、ここはやはり逃げるしかない……のだが……


「んん?」


「……」


 一見隙だらけ……に見えて、実は隙が見当たらない。それくらい、ルランやリーサにもわかった。もしくは、隙があったとしても二人では敵わない……そう、思わせる雰囲気があった。

 身構える二人を見て、ジェラは笑った。


「なぁんだ、なにも考えずに飛び込んでくるのかと思ったが、そこまでバカじゃないか。

 それとも、戦うことは諦めて逃げる隙を見つけてるのかい?」


「くっ……」


 考えていたことを読まれ、ルランは歯を食いしばる。これでは、逃げようにも逃げられない。そんな隙も、見せてはくれないだろう。

 だが、ここでにらみ合いを続けていても、状況は悪化していくだけ。となれば……


「リーサ、俺が……」


「ワタシが囮になるから、その間にルリーちゃんを連れて逃げて、ルラン」


「……はっ?」


 自分が囮になり、なんとか逃げる隙を作る、その間に……そう考えていたルランだったが、その言葉をリーサに取られて唖然とする。冗談かと疑いたくなる。

 対してリーサは、真剣な表情を浮かべたままだ。冗談などでは、ない。


 しかし、そんなこと受け入れられるはずもない。


「バカ言え、俺が囮になる。お前は……」


「アンタはルリーちゃんの、たった一人のお兄ちゃんでしょ。

 最後まで、守ってあげないとダメよ」


 本当ならば、妹は自分の手で守りたい。だけど、それは難しい……だから、こうしてリーサに頼もうとしているのに。

 リーサは、最初から聞く耳を持たない。


「アイツは、ワタシたち相手に油断してる。わかるでしょ、問答している時間はないの」


「……っ」


 ジェラが、余裕を見せている今こそがチャンス……時間を逃せば、森の中にいるエレガもやって来るかもしれない。

 一人だけなら、逃げられる。どちらかが囮になれば、その隙にルリーを抱えて。


 しばしの葛藤のあと、ルランはうなずいた。


「すまん……」


「いいよ。となったら、魔法でなんとか……」


 子供であるリーサに、まだ魔術は使えない。だから、魔法で気を散らすことしかできない。

 それが通用しなくても、ルランたちが逃げられる隙さえ作れれば、充分だ。


 覚悟を決めたリーサは、自身の体内に流れる魔力に集中する。

 もう、この森はダメだ。森を壊さないように、手を抜く必要もない。


 一気に、最大火力をぶつけて……


「ねー、まだおわらないのー?」


「……!」


 直後に聞こえた、自分たちのものではない声……ジェラのものでもない。

 その声の主は、ガサガサと草木を揺らし……姿を、現した。


 その姿に、ルランもリーサも、目を見開いた。少なくとも、その人物は、今もっともこの場にいてほしくない特徴の人物だ。


「子供……?

 だが、黒髪、黒目……」


「人間……!」


「んー?」


 姿を見せたのは、小さな女の子だ。まぶたを擦り、ふぁ、とのんきにあくびなんかしている。

 一見、無害に見える少女。だが、その耳は尖ってはいない。おまけに、黒い髪に黒い目を持っている。


 この状況で、そんな人物が現れれば……二人の警戒心が上がるのは、必然だった。

 ジェラと同じ特徴。現に……


「――――――……なんであんたまでここに。

 あんたは、森から逃れたダークエルフを狩る役割だろうが」


「えー、待ってばかりでだってつまんないんだもん。誰も出てこないしさ」


 ジェラは、少女と親し気に話している。それも、かなり物騒なことを。

 その内容に、ルランもリーサも冷や汗を流す。もしも、リーサが囮となり、ルランがルリーを連れて逃げていたとしたら……外で待っていたあの少女に、見つかっていた。


 人間の子供だ、ルランならば突破できるかもしれない……彼女の白い服が、真っ赤な血に染まっていなければ、そう楽観することもできただろう。


「いち、に……さんにん、かぁ。……じゅるり」


「おい、ダークエルフの子供は貴重なんだから、食うんじゃないよ」


「わかってるってぇ……でも、あは……

 ……オイシソウダナァ」



 ――――――



「……っ、頭痛い」


 変な夢を見て、私は目を覚ました。

 今日は、放課後にダルマスの稽古をして……帰ってきて、疲れたからいつもより早く寝て。


 まだ、暗い……夜だ。夢で、起こされるなんて……前にも、似たようなことがあったな。

 あれは確か、ルリーちゃんの過去が、夢に出てきた感じだったな……


「今のも……」


 ルリーちゃんの話にはなかった。でも、ルリーちゃんの過去の……あの子が気を失った後の、先の光景のように思えた。

 ルラン、リーサ、ジェラ……聞いた名前も、おんなじだ。シチュエーションも。


 ただ、なんで……聞いてもいない、本人が見てもいない、ルリーちゃんも知らないものが夢に出てきたんだ?

 それとも、今のは私の妄想?


「にしては、リアルだよなぁ」


 頭が痛いのは、夢のせいだろうか。なんなんだ、この夢……それとも記憶か。なんで、ルリーちゃんも知らない人物が出てくるんだ。

 最後、ジェラとは別の人間が出てきた。顔はよく見えなかったし、名前もそこだけわからなかった。


 でも……私と同じ、黒髪黒目か。

 それに、最後に笑ったあの子の、歯……牙だったよな。口の周りにも、血みたいなものが……


「っ、やめやめ、寝よ」


 このまま考えこんだら、変になってしまう。私は、布団に潜り込む。

 そのまま、私は目を閉じて、必死に寝ようと意気込んで……気づいたら、朝になっていた。

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