第159話 ルリーの過去⑥ 【共生】



「……行くところがない、か……なら、ここで暮らせばええよ」


「……え?」


 エルフを連れ、おさのいる場所へと向かったラティーアたち。森の中を歩く間、エルフに向けられる目はまるで、奇っ怪なものを見るようなものだった。

 当然だろう、銀髪褐色のダークエルフしか住んでいない森に、金髪白肌の人物が歩いているのだ。


 その視線にさらされ、エルフの心臓は張り裂けそうだった。そして、連れてこられたダークエルフの長の家。

 大勢で入るのは迷惑になるからと、ラティーアを始め、エルフを発見したリーサ、ネル、ルリーが一緒に入った。


 そこで、エルフを発見したことを伝えた結果……先ほどの言葉が、返ってきたのだ。


「んん? どうした、そのように目を丸くして」


 自身の言葉に、丸くしているエルフの姿を見て、長……ジェルバンミェールは、顎から生えた白ひげをそっと撫でた。

 銀髪が特徴的なダークエルフではあるが、ジェルバンミェールほどの年齢になれば髪の毛や顎ひげは白へと変化していた。

 顔に刻まれたしわが、それだけ彼の過ごした年月の長さを物語っている。


 彼の言葉に驚きを見せるのは、もちろんエルフだけではない。


村長むらおさ……よろしいのですか?」


 姿勢正しく立つラティーアは、今の言葉に嘘がないのか、今一度問いかける。

 若き青年を、そしてエルフを発見したという幼い少女三人を見つめ、ジェルバンミェールは柔らかく微笑んで……


「構わん構わん。儂らダークエルフは、エルフに対して悪印象を持っておらん。

 むしろ、問うべきはそちらのエルフの少女の気持ちじゃな」


 エルフへと、その気持ちを問いかけた。

 エルフとダークエルフ、その両者の確執は一言では言い表し難いものがあるだろう。


 エルフは、かつてダークエルフが闇の魔術を使い他の種族を滅ぼしたことで、エルフ族と一括りにされ人々から迫害されてきた。

 だから、両者の間に負の感情があるとするならば、むしろエルフがダークエルフに対して、である。

 ダークエルフ側は、むしろエルフに申し訳ないとさえ思っている。少なくともジェルバンミェールは。


 あとは、エルフの気持ち次第だ。


「お主は、エルフ……そして、半分は人間の血も混じっておるな」


「え」


 続けて話すジェルバンミェールの言葉に、驚きの声を漏らすのはルリーだった。しかし、他のみんなも声を漏らさないだけで、気持ちは同じだった。

 ラティーアさえも、驚きの表情を浮かべている。


 言われてみれば、エルフの体内に流れる魔力には、エルフとは別に……もう一種、別の種族と思われる魔力が流れている。

 だが、ルリーたちにとっては人間どころかエルフすら見るのが初めてだ。エルフ族という括りで、ダークエルフと似た魔力ならばともかく、人間の魔力などわかるはずもない。


 それがわかるのは……かつて、人間を目にしたことのある者だけ。この場においてそれは、ジェルバンミェールだけなのだ。

 エルフと人間、両方の魔力を持っている……つまり、このエルフはエルフと人間の子供。ハーフということになる。


「儂らダークエルフを許せんと思うなら、この提案は却下してもらっていい。

 そのときは、ここを出てもしばらくは持つよう、充分な食料などを持たせよう」


「……」


 その言葉に、しばしエルフはうつむき沈黙する。考えをまとめているのだろう。

 それは数秒だったかもしれないし、あるいは数分だったかもしれない。誰もなにも言わず、ただ黙って見守っていた。


 やがて、考えがまとまったのかエルフは顔を上げ、まっすぐにジェルバンミェールを見つめた。


「ご迷惑でないなら……よろしく、お願いしたいです。でも……」


 ペコリと、頭を下げて。

 エルフの森、その長ジェルバンミェールの提案を受けて。この森に在住することを、決めたようだった。しかし、まだ完全に決めてはいない。その理由は


 一連のやり取りを見ていたラティーア、ルリー、リーサ、そしてネル……

 エルフは、四人へと向き直ると……


「あの……いいん、でしょうか?」


 不安げな表情を浮かべていた。エルフは、この場の最高責任者の提案を直接受けながら、最終的な決定をラティーアたちに問うている。


「なぜ、俺たちに??」


「私には、エルフと……人間の血も、混ざっています。

 同族にも、嫌われてて……だから……」


 自分の体を抱きしめるように、エルフは震えていた。不安なのだ。

 その身には、エルフと人間の血が流れている。そして、エルフ族を迫害したのが人間だ。


 ここでも、同じことになるのではないか。同じエルフ同士ですらそうだったのだ。不安でないはずがない。だから、嬉しい提案も素直に受け入れられない。

 しかし、その様子にラティーアは首を振る。


「俺たちは別に、エルフだから人間だからって、差別するようなことはしないよ」


「!」


 その言葉にエルフは目を見開き、口元を押さえていた。

 ルリーたちも、気持ちはラティーアと同じだ。三人ともが、それぞれうなずいていた。


 その言葉だけで、エルフの心はあたたかいもので満たされていく。その様子を見るだけで、エルフがこれまでどういう扱いをされてきたのか、ある程度察することができた。

 エルフは、四人にも頭を下げた。そして、視線を……ネルへと定め、彼女の前に立つ。


 目線を合わせるように、屈んで……


「あの……さ、さっき、は……ごめんなさ、い。心配、してくれたのに……」


 先ほど、差し伸べられた手を払ってしまったことを、謝罪した。自分よりも年下の少女に、頭を下げて。

 先ほどの行為は、ダークエルフへの怯えからだ。しかし、それを謝罪する……それは、エルフはもう、ここにいるダークエルフに怯えてはいないことを表していた。


 目の前で頭を下げられ、ネルは……


「いいよ」


 微笑みを浮かべて、謝罪を受け入れた。その様子に、ルリーもリーサもほっと胸を撫で下ろす。

 二人が握手をしたのを確認して、ラティーアはジェルバンミェールへと視線を向けた。


「では、このエルフは今日からこの森で暮らすと……

 全員、納得してくれますかね」


「みんなええ子じゃからな、大丈夫じゃよ」


 根拠のない、しかしどこか確信めいた言葉……

 それから間もなく、村に暮らすダークエルフたちに、エルフの存在と、この場所で暮らすということが伝えられた。


 不安な気持ちがあったが、ダークエルフのみんなは快く、エルフを迎え入れた。その光景に、エルフは胸の奥がぐっと熱くなる。

 この日……ダークエルフの住まう森に、エルフが新たな住人となった。

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