第128話 ダンジョン内で起こる悲劇



 魔石採集は、順調に進んでいく。

 冒険者のガルデさんたちは、似たようなシチュエーションで何度も魔石を探しているためか、さすが手慣れた様子で魔石を見つけている。


 だけど、そんな彼らよりも、スムーズに魔石を見つけているのが……


「やぁー、キリアちゃんのおかげで予定よりだいぶ早く終わったよ。

 どう、今からでもウチ来る気ない?」


「え、えぇ?」


 魔力の流れを感じる、という体質に長けたキリアちゃんだ。彼女のおかげで、魔石採集の目的個数は達成された。

 今なんか、ガルデさんたちから冒険者にならないか、と誘われているくらいだ。


 キリアちゃんは冒険者に憧れていたし、だから今回誘ったんだ。キリアちゃんとしても、悪い話ではないだろうけど……


「はいはい、キリアちゃんは私の大事な友達でクラスメイトだから。まだまだ学園で学ぶことがたくさんあるんだから、取らないでよ」


「エランさん……」


「あははは、こりゃ手厳しいや。

 じゃ、勧誘はまたの機会にするよ」


 ここで冒険者にスカウトされるってのは、すごいことなんだろう。ただ、だからってここで冒険者になるのは違う気がする。

 学園に在籍しながら冒険者に、ってのもできなくはないのかも、しれないけど……


 せっかく、魔導学園に入学できたんだ。それも、平民であるキリアちゃんはすごく頑張って。その頑張りをここで放り出すのは、もったいない。

 ガルデさんも、キリアちゃんを気に入ったのは違いないけど、同時に無理やり引き抜くつもりもないんだろう。明るく笑っている。


 初めてのダンジョンで、最初は不安もあったけど……今じゃすっかり、その不安もなくなっちゃってるな。

 あとは、採集した魔石を持ち帰って、私のお仕事は終わり……


「うぉおおお!?」


「きゃあああ!?」


「!?」


 そのときだ……ダンジョン内に、悲鳴が響き渡る。洞窟の内部のような空間だ、声は反響する。

 その声の主は、ケルさん。そしてルリーちゃん。さっき、もう少しあっちに行くと言っていたけど……


 この、悲鳴は……!


「ケル!? それに……

 って、エランちゃん待て!」


 ガルデさんの制止も無視して、私は声の聞こえた方向へと走り出す。

 ルリーちゃん、悲鳴……あの、魔獣騒ぎのときのことを思い出す。あのときも、こうして私は……


 まさか、また魔獣が出たのか!? こんな、ダンジョンの中に……


「ルリーちゃん!」


 見えた先には、その場に座り込んだルリーちゃん。腰を抜かしているのか? そして、傍らにケルさん。

 近くに邪悪な魔獣の気配はなし。それに、二人は……なにかを、見ている?


 とりあえず二人の無事を確認しつつ、私は二人の背中へと近づいていく。


「ルリーちゃん、ケルさん。さっきの悲鳴はいったい……っ」


 二人の背中越しに、二人が一点を見ているのが見えた。だから私も、二人の視線の先を見て……二人が見ているものを、見た。その瞬間、時間が止まったような、感覚がした。

 私も、悲鳴を上げていたかもしれない……それほどの光景が、目の前にあり、二人が悲鳴を上げた理由も理解してしまった。


 だって、目の前にあるのは……


「え、エランちゃん……やっと追いついた!

 だめじゃないか、単独行動は。必ず二人一組で行動するようにと……」


 追いついてきたガルデさんが、私に説教をする。それは、反省すべき話なんだけど……

 残念なことに、返す言葉が見つからない。


 私の、そして悲鳴を上げたルリーちゃんとケルさんの反応がないのを察して、不思議に思ったのだろう。そして、次に取る行動は必然だ。

 ……ガルデさんも、私たちと同じものを見て……驚愕する。


「おい……こ、りゃあ……」


「あ……キリア、ちゃんには……!」


 ここでようやく、私は衝撃から戻ってきた。同時に、まだこの場にはいないキリアちゃんに、この光景を見せるべきではないと考えた。

 すでに見てしまったルリーちゃんは、もうどうしようもないけど……あの子には、刺激が強すぎる!


 その直後、こちらへと走ってくるキリアちゃん、ヒーダさんの姿を見て、ガルデさんが二人へと駆け寄ってくれた。

 私の気持ちを汲んでくれたのだろう。キリアちゃんをここに近づけないようにしてくれている。

 そう、あの子には、こんなひどいものは……見せられない。


「……っ」


 再び、それを見る。

 ……壁を背に預け座っている男は、口から、目から、鼻から、耳から……あらゆるところから、血が流れ出していた。外傷こそ見当たらないが、あちこちが血でべったりだ。


 明らかに……死んでいる。


「……なんで、こんなとこに……"魔死まし者"が……?」


 唇を震わせ、思わぬ事態に呟くのはケルさんだ。その言葉に……私は、やっぱりそうかと思っていた。

 外傷はないが、全身から血が流れ出した死体。前に聞いた、"魔死者"の特徴と一致する。


 妙な死体……全身から血が流れているこれだけでも妙ではあるが、決め手はそれではない。"魔死者"と呼ばれる死体に一致している特徴が、体内の魔力暴走。

 信じられない話だけど、体内の魔力が暴走して、その結果体を内側から破壊してしまうという。それが、"魔死者"の特徴。


 さすがに見ただけで、その人の体内の魔力までは感じられない。それに、外よりも魔力が満ちているダンジョン内では、彼個人の今の魔力状況を調べることも難しい。

 あまりに周りの魔力が強すぎて、彼の魔力だけに集中できない。

 "魔眼"を持つルリーちゃんやナタリアちゃんなら、もしかしたら魔力の流れがどうなっているか、見ることが出来るかも……って、それって……!


「る、ルリーちゃ……」


「うぅ……う、えぇ……」


 ある引っかかりがあり、ルリーちゃんへと声をかける……けど、一歩遅かったらしい。

 ルリーちゃんは口を押さえ、その場にうずくまった。そして、耐えきれないといった具合に……吐いてしまった。


「お、おいルリーちゃん!?」


「大丈夫か!」


 突然、その場で吐いてしまったルリーちゃんを心配したケルさんが、彼女の背中を擦る。みんな、心配している。

 ……しまった、うかつだった……!


 "魔眼"は、人の魔力の流れを見ることが出来るという。人には人の、エルフにはエルフの……それぞれ、種族ごとに流れる魔力の違いがあるらしい。まあ、今は種族云々の話は置いておこう。

 問題は、魔力の流れを見ることが出来る、というもの。その感覚は私には、わからない。けれど、もしもその眼を持つ人が、魔力の流れがぐちゃぐちゃなものを見てしまったら。


 今の、"魔死者"がまさにそうだ。体内の魔力が暴走し、そのために死に至った。つまり……体内の魔力は、めちゃくちゃのぐちゃぐちゃになっているはずだ。

 それを、ルリーちゃんは見てしまった。


「うぇっ、えっ……ぅげほっ!」


「しっかりしろ……っても、無理な話か。

 いきなりあんなもんを見ちまったんだ、平常心でいろって方がどうかしてる」


 どうやらケルさんは、あまりに凄惨な死体を見て吐き気を催した、と思っているらしい。もちろん、それもあるだろうが……

 ルリーちゃんが、魔力の流れに気分を害して吐いた……とは思ってないみたいだな。


 魔力の流れがぐちゃぐちゃ、なんてよくはわからない。ニュアンスとしては、内臓がぐちゃぐちゃになっている……という感じだろうか。


「……このダンジョンって、出来たばかり、って話でしたよね」


「あぁ……入るのは、俺たちで初めてだ。先んじて誰かが入ってたって話も、聞いてねえが……」


 そう、このダンジョンに足を踏み入れたのは、私たちが初めて。入り口には憲兵さんがいて、勝手に入ることもできないのに……

 いや、それはまだいい。問題は……ここで、こんな死に方をしていること。


 ゴルさんたちの話だと、"魔死事件"は事故でなく事件……つまり、"魔死者"を故意に生んだ犯人がいるってことになる。


「みんな、とりあえず、ダンジョンから出て……」


 私と同じ考えに至ったのか、ガルデさんが口を開く。

 ここにこのまま居続けるのは、危ない。早く、ここを離れないと。


 ……そんな私の、逸る気持ちとは裏腹に……グルルル、と獣の声が、ダンジョン内に響いた。

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