第82話 試合の本質



 私の相手は……正面にノマちゃん、私を囲むように男子生徒三人か。

 さっき地面の欠片をぶつけたけど、まあ動けなくなるほどのダメージじゃないよね。


「本当なら、正々堂々と戦いところですが……」


「だーいじょうぶ、卑怯なんて言わないし」


 これは試合だ。個人個人のものならともかく、クラス対抗の試合。

 だから、一人に対して何人で囲もうと、別に卑怯だなんて言うつもりはない。むしろ、戦える相手が増えて私にとっては嬉しいくらいだ。


 さぁて……私のことを警戒しているのか、みんな一定の距離を保っているな。

 このまま膠着状態を続けるか、それとも……


「あぶなーい!」


「んん?」


 私から仕掛けるか……と考えていたとき、悲鳴にも似た声が聞こえる。あちこちでドンパチが始まってるんだ、別に悲鳴くらい不思議でもないが……

 気のせいかな、なんかこっちに向けて言っていたような……


「み、みなさん退避を!」


「おぉ!?」


 それは、気のせいではなかった。私たちのいる場所に向けて、無数の雷の刃が飛んでくる。

 誰の魔導だ!?


 ノマちゃんの言葉に弾かれるように、三人ともその場から飛び退く。私も、同じく。

 私たちの立っていた場所には雷の刃が突き刺さる。いや、誰の魔導だよ! 無差別か!?


「ちょっ、なにをしてますのラメさん!」


「ご、ごめんなさーいですぅ!」


 怒っている……わけではないけど、この事態を引き起こした人物に、ノマちゃんが注意をする。

 そこにいたのは、見知らぬ女の子……多分、ノマちゃんのクラスの子だろう。


 その子はなぜか半ベソ状態で、魔導を撃ちまくっている。魔力を雷の刃へとイメージ、具現化し、放っているのだ。

 問題は、それを相手クラスに向けているわけではなく、どう見ても無差別にあちこち撃っていること。


「あ、謝るならまず魔力を収めなさい!」


「だ、だってあの人が! あの人がー!」


 うぇえええ……と泣きながら、魔導を撃つことをやめない。

 原因は、彼女曰く"あの人"にあるらしい。その人物のせいで、魔導を撃ちまくるはめになっているのだとか。


 いったい、なにがどうしたらそうなるんだ。

 とにかく、あの子がベソかきながら魔導を撃ち込む相手を見てみよう。あちこちに撃たれる魔導は、敵味方構わず襲うが、その中でも特にある一方向に向けられているようだ。

 視線を向けると……


「〜♪

 ハハハ、こんなものでは、ワタシを捉えることはできないヨ?」


「お前かよ!」


 無数に放たれる雷の刃、それを優雅に避けまくる、筋肉男の姿があった。

 まるで、ダンスでも踊っているかのように、軽やかなステップ……やっているのが筋肉男じゃなかったら、惚れ惚れ見つめていたところだ。


 私は、筋肉男に近づく。


「あんた、なにやってんの!?」


「ン? おぉ、ミス・フィールドではないカ。

 なに、とハ……見ての通りだガ?」


 いや、そんな当たり前のような顔して言われてもな……

 雷の刃を避けながら、私は質問を続ける。


「あの子、泣いてるじゃん! なにしたの!」


「さぁてねェ……ワタシはただ、試合に参加していただけなのだがねェ」


「開始まもなくあんな大泣きさせといてさてねぇはないでしょ!」


 今もギャン泣きしながら、雷の刃を撃ってくる。

 一応狙いはつけているんだろうけど、泣いてて集中力が乱れているせいか、あちこちに分散。


 他のクラスメイトにも、被害が出ている。

 相手が減るならともかく、こっちまで減るのは困る。


「なんかしたからあんな怒ってるんだよ! 思い出して! それから謝って!」


「謝罪? ワタシが? ハッ、片腹痛イ……己が悪くもないのに、謝罪をするつもりなどないヨ」


「女の子泣かしてる時点で重罪だよ!」


 あぁどうしよ、やっぱ話にならない!

 あの子もあの子で、話が通じそうにないし……


 一応、止めようとノマちゃんが説得してくれているみたいだけど。


「あぁもう、いい加減になさい!」


「ぷへ!?」


 ……説得、してくれているみたいだけど……


「叩いた!?」


 ノマちゃんビンタが炸裂。けど、一応荒れ狂う魔力は収まりを見せた。

 乱暴だけど、効果的だったみたいだ。


 落ち着きを見せたその子が、筋肉男を見ると……「ひっ」と怯えていた。

 本当になにしたんだこいつ。


「やれやレ……困ったお嬢さんダ」


「困ったのはお前だよ」


 今ので、敵味方双方に少なからず被害が出た。

 試合開始まもなく、なんてこったい。


 けど、まだ脱落者は誰も出ていないみたいだし……

 気を取り直して……


「はァ……やはり、ノれないネ」


「……ん?」


 大きなため息を、筋肉男は漏らした。どうしたんだいきなり。

 そして、次に放った言動は……私を、いや私たちを驚愕させるに、充分だった。


 彼は、その場で手を上げて……


「サテラン教諭」


「! どうした、アレクシャン」


「棄権すル」


 棄権すると……そう、言い放ったのだ。

 その言葉は、私、それを見ていたクラスメイト……さらには、相手のクラスの子すらも、あ然としてしまっていた。


 当の本人は、気にした様子もなく……


「棄権は、確かルールで決められていた、のでしたねェ?」


「あ、あぁ……そうだが」


 そう、試合には棄権することができるというルールも加えられている。

 なので、それ自体に問題はないのだ。ないのだが……


「お前、どういうつもりだ!」


 納得できない……そう言わんばかりに掴みかかるのは、ダルマス。正直、そう言いたい気持ちは私にもあるし、みんなそうだろう。

 しかし、当の本人はやはり平然としている。


 どころか……


「滑稽だねェ」


「あぁ!?」


「ちょっ、気持ちはわかるけどこんなときに、やめなって!」


 クスクスと笑う……自ら棄権しておいて、笑っている。

 その姿に、ダルマスが怒りをぶつけるのも当然だろう。けれど、今は試合中。


 一足先に動きを見せた「デーモ」クラス、その攻撃をさばくのに集中しないと。


「あんたも、馬鹿なこと言ってないで……」


「棄権は個人に与えられた権利、誰にも止めることなどできなイ。

 ワタシにはねぇ、こんなバカバカしい催しに……彼の独りよがりのワンマンプレーに付き合ってやる義理などないのだヨ」


「はぁ!?」


 なんだこいつ、さっきからなに言ってんのか全然わかんない!

 いや、前からそうではあったんだけど……なんか、決定的に話が通じないよ!


 彼? 独りよがり? ワンマンプレー!?

 なに言ってんのマジで!


「わけのわかんねぇことを……!」


「おや、キミたちにはわかっていないのかイ……この試合の、本質とも言うべきものガ」


 呆れたように、筋肉男はため息を漏らす。

 そして、自分の胸ぐらを掴み上げているダルマスの手を、払って……


「とにかく、ワタシは棄権させてもらうヨ。

 このような茶番、これ以上ワタシの体力を消費する価値を見出だせないのでねェ」


 好き勝手と、訳のわからないことを言いまくってから……棄権した。

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