第63話 魔獣の脅威



「お前たち、無事か!」


「! 先生!」


 緊迫した状況に、この場にいなかった、知った声が届く。

 その声の方向に首を向けると、そこには私たちのクラスの担任の先生がいた。


 そうか、ルリーちゃんの悲鳴を聞いて……って、やば!

 私は咄嗟に、ルリーちゃんのフードを被せる。

 エルフってバレちゃうもんね。


「フィールド? どうしてここに……」


「えっと、ルリーちゃんの悲鳴を聞いて」


「ん、そうか」


 考えてみれば、安全を確認した場所とはいえ、実習で入学二日目の私たちを放っておく訳がないか。

 なにかあったときのために、先生とラルフクラスの担任は少なくとも、どこかに待機していたのだろう。


 ってことは、やっぱり時間が経てば、応援が来る可能性は高い。


「先生、こいつ……」


「あぁ、魔獣……どうなってる!?

 確かに安全は確認した、こんな強大な存在を見落とすなどありえん」


 魔獣を前に、先生が目を見開く。

 この森の安全を確認したのは他ならぬ先生たちなのだ、無理もないだろう。


 それに、先生の言う通りこんなのを、見落とすなんて考えられない。

 さっき、キリアちゃんが倒れたときだってそうだ。膨大な魔力を持ったなにかが"突然現れた"ような感じだった。

 その膨大な魔力の持ち主が、こいつなのは間違いないけど。


 と、先生は私たちを守るように、前を立つ。


「先生?」


「お前たちは、逃げろ。そいつらも、このまま放置していては危ない」


「でも、一人じゃ……」


「何、私は教師だ。それに、魔術もある。

 魔獣相手とはいえ、応援が来るまでの時間稼ぎくらいは……」


 ……と、私たちを安心させようとしたのだろう。

 先生が少しだけ、後ろを向いて、微笑んだ……のと、ほとんど同時に。



 ゴギリ……ッ



 ……人って、こんなに簡単に、あっさりと飛ぶんだと思った。

 決闘のとき、私はダルマ男を殴り飛ばしちゃったけど、その比ではない。


 表現するには、あまりに痛々しい音。それが響いた途端……先生の体は、右方向へと吹っ飛んでいた。

 直後、ベゴッ……と。首を動かすと、大木に打ち付けられた先生の姿が、あった。


 今、なにが……いや、かろうじて見えた。

 先生が、吹き飛ばされたのだ。魔獣に。まるで、手でハエでも払うかのような、ありきたりな仕草で、叩かれて。


「……先生?」


 呼びかけても、返事がない。

 血が……流れている。

 地面にも、大木にも……先生本人にも。血が、流れて、付いている。


 先生は、一瞬こちらに視線を向けた……でも、それだけだ。

 決して、警戒を怠っていたわけではない。視界から、魔獣を一瞬、外しただけ。いや、視界の端には、捉えていただろう。


 なのに……


「エル、フ……エルフゥウウウ!!」


「っ!」


 咆哮が、轟く。

 ヤバいヤバいヤバい!


 先生が、あんなあっさりと……私は、思い違いをしていた。

 応援が来れば。何人もの魔導士で囲めば、この魔獣を倒せると。そう、考えていた。


 そんな、甘いものではない。

 むしろ、人数が増えれば、その分だけ犠牲が増える!


「っ、やるしか……!」


 誰かが、異変に気づいてこの場にやってくる前に、魔獣を倒さないといけない。

 やれるのか? 私に。


 魔獣と対峙したことならある。けれどいつも、師匠が一緒だった。

 それに、喋る魔獣なんて、初めてだ。話にしか聞いたことのない"上位種"。魔法もたいして効いてない。


 ……それでも。

 後ろに、ルリーちゃんがいる。周りに、生徒たちが、先生がいる。特に、先生は早く治療しないとヤバい。

 一瞬でもいい、魔獣の注意をそらせれば、先生に回復の魔術をかけられるのに!


「きた!」


 魔獣に集中……直後、光景が変わる。

 魔物の首からうねうねと生えていた触手みたいなものが、何本も伸びて私に向かってくる。

 私を捕まえて絞め殺す気か、それとも刺し殺す気か。


 どっちでもいい!


「魔力強化!」


 握り直した杖に、私は強化魔法を付与する。

 これは、決闘のときに使った身体強化……ダルマ男がやっていた、剣に強化の魔法をかける、と近い方法だ。


 杖の強度を上げ、迫りくる触手を切り裂いていく。

 簡単に切ることはできるけど、すぐに再生して……きりがない!


 いっそ燃やせればいいんだけど、ここは森の中だし……


「ジャマ、スルナァ!」


「邪魔しない、わけないでしょ!」


 触手は、私を……いや、私の後ろにいるルリーちゃんを狙っている。

 くそ、防ぐことはできても、これじゃここから動けない。


 しかも、こいつ……もう完全に、自分の意思を見せて喋っているように思える。

 エルフを狙い、それを邪魔する私を邪魔、とはっきり言ったのだ。


 こいつが、ルリーちゃんを狙っているのは明白!


「ルリーちゃん! ルリーちゃん!」


「……」


 だめか、反応なし……

 泣きじゃくる声はいつの間にかなくなったけど、今度は呆然としたまま。

 どうしちゃったっていうんだ。


 私の方も、このままじゃジリ貧だ!

 魔獣は、触手を無限に生やしている。それに、あの手や足がいつ動くとも限らない。


 なら、一瞬……これは、賭けだ!


「てや!」


「!?」


 迫りくる触手の、隙を見つけ……その一瞬、杖の先端を魔獣に向けて、まばゆい光を放つ。

 杖の先端から放たれた閃光は、効果があったのか魔獣の動きをひるませる。


 これは目眩ましだ。魔獣には顔がない。つまり目がない。そんな相手に目眩ましが効くのか。

 これは賭けだった。迷いなくルリーちゃんを狙っているということは、目はなくとも視覚に準ずるなにかがあると判断したから。


 鼻や耳の可能性も考慮したが、それも同じく顔のない魔獣には見当たらない。前にナタリアちゃんが言っていた、種族ごとに流れの違う魔力を見抜いた可能性もあるが…言い出したら、きりがない。

 なら、とりあえず思いついた方法で、手っ取り早く隙を作れる方法を試した。


 どこに目があるのかは知らないが、魔獣の動きは止まり、大きな隙が生まれる。

 よし、今だ! 今度は咄嗟の魔法じゃなく、イメージを膨らませてどでかいのを、打ち込んでやる!


「さっきとは比較にならないのを……」



 くぅう……



「ぅ……!」


 し、しまった……こんなときに、空腹で……!

 自分の魔力を使うと、体力を消耗する。主にお腹が空く。だから、魔力回復には食事が一番だ。

 それとは別に、寝起きの食事も大事だ。一番と言っていい。それが、一日のスタート……活力となるのだから。


 だけど、私は今日、朝食を食べそこねた。一日のスタート、充電がまともにできてない状態。寝不足もある。

 おまけに、ここに来るまで身体強化で全力疾走、今までの攻防と、魔力を使いまくっている。


 まずい、集中力が……


「ぁ……!」


 瞬間、視界に迫るのは魔獣の拳。

 さっき先生を叩いたときのものではない、本気で私を潰しにかかっている。


 でかい、くせに速い……避けられない!


「なら……っ!」


 私は、すべての魔力を身体強化に注ぎ込む。

 それも、防御優先で。全身を鎧で包み込む形だ。

 これなら……!


 そんな私をあざ笑うかのように、拳は私に直撃する……それを、私は両手で受け止め、なんとか踏ん張る。

 元より、避けたらこの大きさじゃルリーちゃんたちに当たっちゃう……避ける選択肢なんて、なかった。

 この野郎、そこまで見越していたのか……?


「ぬぬぬ……!」


 これは……重い! なんだよこれ……今ある魔力、全部身体強化に回してるのに。

 それでもまだ、押されてる……?


 必死に踏ん張り、なんとか拳の勢いを殺す。

 けど、これ……気を抜いたら、すぐに……!


 と、意識が完全に、目の前での拳に持っていかれていたからであろう……

 普段なら気づけたような動きに、反応できなかったのは。


「……ぁっ……!?」


 気づいたときには……激痛が、走っていた後だった。

 ゆっくりと、視線を下ろす……そこには、触手が私の腹を突き刺している、光景があった。

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