第4話 魔導の杖と思い出
魔導学園へ行くことを決めた晩……私は部屋で、荷造りをしていた。
すぐにこの家を出ていくわけじゃないけど、何事も準備は必要だ。
といっても、そんなに持っていくものは、ない。
離れた所で暮らすとはいえ、ここと王都パルデアは歩いても数時間程度の距離だ。
もし寂しくなって師匠と会いたくなっても、すぐに戻ってくることだって……
って、べ、別に私が寂しいんじゃなくて!
そう、師匠が寂しいと思って!
「……ひとりで、か」
ベッドに寝転がり、天井を見つめる。
そういえば……師匠から離れることになるのは、初めてだ。
基本的にずっと一緒だったし。
もちろん、師匠がひとりで、パルデアやどこか別の場所に、泊りがけで行って、私だけで留守番することはあった。
でも、それは長くても数日のこと。
今回は、それとは違って……
この静かな丘と違って、人がたくさん、いるんだよな。
「って、こんなこと考えてどうするの私!」
違う違う、マイナスに考えるな!
こことは違うどこかで、一人で暮らす。まだ見ぬ生活に、胸躍らせるところだろう。
踊る胸はないけどね、なんちゃって!
「…………ひとりになったら、いろいろ考えちゃうなぁ」
さっきは、師匠のいる手前……きっと自分でも無意識のうちに、強がっていた。
だけど、一人になったことで、いろいろと考えてしまうことが、できた。
果たして、私に人付き合いなんてできるのだろうか。魔導が超すごい師匠はともかく、他の子も魔導はかなり凄いのだろうか。私の魔導が弱かったり、田舎くさかったりでいじめられたりしないだろうか……
いろいろ、考えてしまう。
まさか、自分がこんなに物事を考え込む性格だなんて、思わなかったな。
「あと、どれだけ一緒に、いられるんだろう」
魔導学園は、十六歳になったら通うことのできる学園だ。そして、私は今年で多分十六。
入学するには、もちろん入学しますと言って入学できるわけではない。
入学には試験があるらしい。
その内容は二つ。
一つは筆記試験、もう一つは実力試験。
筆記試験は魔導などに関しての知識を計るもので、実力試験は魔導の力を見るもの。
試験に落ちたら、入学は出来ない。
だから、もし落ちてしまったら、私はまだこの家に……
「ううん、それはダメ」
一瞬くらい考えがよぎるが、すぐに首を振って払拭する。
試験に落ちて、入学できないなんて……まして、わざと落ちるようなことなんて、あっちゃいけない。
私は、グレイシア・フィールドの弟子。そしていつかグレイシア・フィールドを超える女、エランだ。
魔導学園とやらがどんなものかは知らないけど……そこに、入学すらできないようでは、師匠を超えるなんて夢のまた夢だ。
それに……
『試験に落ちたぁ?
はっ、そんな無能な女だったとは、がっかりだ……もうここにキミの居場所はない。いや、キミとはもう他人だ。
さようなら』
「あわわわわわ……っ」
もし、試験に落ちたら、師匠に愛想を尽かされるかもしれない。
おっそろしい考えが浮かび、布団を被るけど……体の震えが、止まらない。
もし師匠にそんなことを言われたら、私、私……!
「ぜ、絶対合格しよう……!」
私は、必ず合格することを、心に誓った。
大丈夫、私ならやれる。うん、大丈夫。
ふと、手を伸ばして……鞄の隣に置いていた、杖を手に取る。
パッと見た目は、その辺の木の棒とでも間違えそうなもの。
でも、これは私の大切な……師匠から貰った、魔導の杖。
長さは人によるらしいけど、私のは……三十センチくらいかな。
それを、ぎゅっと抱きしめる。
『これは、私からのプレゼントだ』
師匠の言葉が、蘇る。
魔導に興味を示し、本格的な特訓をするようになった頃……師匠から、魔導の杖を貰った。
魔導の杖と言うからには、これがないと魔力を使えない……というわけではない。
むしろ杖がなくても、魔力を使うことは出来る。
ならばこれは、なんのために存在するのか。
『魔導の杖は、己の魔力を制御し、暴発を防ぐために必要なものだ』
『なんか、もろそう』
『あはは、見た目はな。けどこいつは、結構頑丈だぞ。
それに……これがなければ、あまりに強大な魔力を使おうとした時、自分の中の魔力が暴れまわって、周りや自分にも被害を起こしてしまう』
『え……それじゃ、杖がないと魔導士になれないの?』
『なにを持って魔導士と呼ぶか、人によって定義はあるが……エランの言う通りだ。日常で魔導を使うだけなら、その必要もないがね。
だからこそ魔導士を目指す者は、多くの者が然るべき機関で魔力の扱い方を学ぶ。
そして、師から、あるいは両親から……教育者から、魔導の杖を授かる』
魔導の杖を貰った時に、師匠が言っていた言葉だ。
きっと、その時言っていた然るべき機関の一つが……魔導学園。
これらの杖は、作るのに特殊な方法が必要らしい。
その作り方は、エランにはまだ早いって教えてもらってないけど……
多分……私がたとえば弟子を取ったりしたときに、教えてくれるつもりなんだろう。師匠が私を弟子にしてくれたように。
「どれだけ先のことだよ、ふふっ」
目前に迫った、魔導学園入学のことを考えていたのに……その遥か先のことまで考えて、どうするんだ。
今考える、ことは……やるべきことは。
……そうだ、私にはこの杖がある。師匠から貰った、この杖が。
師匠との思い出があれば……寂しくなんか、ない。
「私、頑張るよ、師匠……」
大事な杖を、ぎゅっと抱きしめながら……
いつの間にか、私は眠りについていた。
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