第18話 金平糖と土産話


 アリスの大声で周りの視線を一身に受けた二人は、慌てて騎士の詰め所に逃げ込んだ。

 息を切らし慌てて駆け込んだダレンとアリスを見て、ちょうど居合わせたマイルが揶揄うように声をかけた。


「そんなに慌ててどうしたのさ。もう公認の仲なんだ、そんなにいそぐことないのに」

 なんだかおもしろい物を見つけた時の悪戯っ子のような顔をしていると、アリスは領地の子どもたちの顔を思い出していた。


「公認の仲?」

「そ、もう町中の公認の仲だよ、二人とも。お館様がついに心を決めたってね。

 お披露目はいつか、後継ぎはどっちだ?って。祭りよりそっちの方が話題になってるよ。知らなかった?」


 マイルの言葉にダレンは「はぁー」と大きなため息を吐くと、アリスの頭をポンと撫で椅子に座るよう手で合図を出した。

 明日には噂になっていると彼は言った。まさか今のいま、すでに話が広がっているなんて少し想定外なのだろう。ダレンも驚いているようだし、アリス自身も驚いている。


「なに? 噂にならないとでも思った?」

「いや、それはない。だが、数日中くらいだろうと思っていたから。いくら何でも早すぎないか?」


「お館様の一大事だぞ。みんな気にするだろう? 今まで浮いた話し一つない男が突然祭りにご令嬢を連れて来たんだ。そりゃあ、勘違いもするさ」

「ご、れいじょう……」


 アリスは自分に向けられ言葉と知り、少しだけ嬉しくくすぐったいような。だけれども、それは嘘偽りの姿なのだという事もわかっているだけに、複雑な思いにかれらてしまった。


「そ。今のアリスちゃんは、十分貴族家のご令嬢に見えるよ。品の良い服を着て身なりも整っている。それになのより、お館様であるダレンの瞳の色の服にリボンだ。間違いなく想い人の証だよ。お前もわかってやったんだろう?」


 え? 瞳の色? 確かにアリスが着ているワンピースは青い。そしてリボンも。言われてみればダレンやルシアの瞳色と同じ青色。

 でも、それが何だって言うのだろう? と、意味の分からないアリスはキョトンとしたまま背の高い二人を交互に見た。


「ははは。あのね、アリスちゃん。男は婚約者や好きな女性にドレスや宝石、花なんかを贈る時に、自分の瞳の色や髪の色と同じものを用意するんだ。

 その意味は……。う~ん、独占欲?」

「独占欲?」


「そう、俺のものって周りに誇示するためかな。ま、自慢したいんだよ。俺のものだから、他の奴らは手を出すなよって牽制の意味もあるしね。

 ちょっとかわいい男心ってやるかな?」


 マイルはアリスを見下ろしながら、ウインクを一つ投げた。

 アリスはそのウインクをうまく交わし、その男心と言う物に少しだけ思いを馳せ始めるのだった。


「おい。余計なことを吹き込むな。アリス、お前は何も知らなくていい。気にするな」

「おや、もうすでに嫉妬かな? これは先行き大変だよ、アリスちゃん」


「このワンピースはルシア様が子供の頃の物をいただいたんです。そんな意味があるなんて知らなくて、私。町の皆さんが勘違いをしてはダレン様が困ることになります。すぐに間違いだって言って回らないと大変なことになります!」


 必死な様子でダレンを見つめるその瞳に他意は無い。

 本気でダレンの身を案じているのだ。


「おい。俺が間違っていた。大変なのはアリスちゃんじゃない、お前だった」


 マイルはダレンをぼんやりと遠い眼差しで見つめた。憐みの表情で。

 ダレンも苦笑いをしながらアリスの頭を撫で、


「良いんだ。わかって俺がやったことだ。勘違いをされても良い、される覚悟でお前を連れ出した。連れ出して皆の前でお前の手を取り、踊った。

 今のお前は邸で仕事をしている使用人には見えない。どこかから俺が連れて来た令嬢だと思われているはずだ。

 もう、俺の覚悟は決まったってことだ」


 ダレンの真剣な眼差しにアリスは見つめ返す。

 無言で見つめ合うふたりの間に時は流れ、間に割って入ったマイルに


「アリスちゃん、返事は?」


 そう聞かれたアリスは、少しだけ不服そうに


「……、言っている意味がよくわからないのですが」


 少しだけ唇を尖らせ拗ねるように俯くアリス。


「勘違いをされて困るのはダレン様です。私はどうとでも大丈夫です。

 それなのに、覚悟を持って勘違いされて、何か得することがあるんですか?

 そんなことをしたら、良い縁談も来なくなるではありませんか」


 アリスの言葉に男二人は彼女の頭の上で互いに視線を合わせ。

 ダレンは寂しそうに、マイルは面白そうに肩を揺らし、互いの表情は反比例するかのように相対していた。


「お前に初めて同情したよ、ダレン。ゆっくりだ、ゆっくり。くくく」


 笑いを堪えるマイルの腹に一発。弱めの拳をお見舞いすると、ダレンとアリスは邸へと戻るのだった。





 邸に戻ったアリスはルシアにワンピースのお礼と、お土産の金平糖を手渡した。小瓶に入った色とりどりの金平糖をさっそく頬張ると「で?」と、唐突に何かを訴えかけてくる。その意味が分からずにアリスは戸惑ってしまう。


「えーと、お祭りですか? とても楽しかったです。大道芸人を始めて見たんです。大きな男の人が火をぶぅーって吹いて……」

「違う! そんな話はどうでも良い。祭りなど生まれた時から行っているから、よーくわかっている。そうじゃない、そうじゃないだろう、アリス。

 何か私に報告することがあるだろう?」


 ルシアの鬼気迫る問いかけにも、アリスは何を求められているのかがわからず、困ってしまった。


「お前、兄さんと一緒に帰ったと聞いた。何があった? なにも無いとは言わせないぞ!」

「あ……! ああ、なるほど」


 ルシアが求めていたのはそっちか!と、一人納得するも、何をどう話せばよいのかわからず、思わず無言になってしまう。


「焦らなくて良い。順序だてて話してくれればいい」


 先ほどの形相とは違い、そこには優しいルシアの顔があった。

 きっとダレンのことを心配していたのだろう。本当のことを話せばきっと不安にさせてしまう。でも、話さないわけにはいかないのもわかっている。

 アリスはゆっくりと、今日あったことを話し始めた。

 そして最後に、騎士隊の詰め所での出来事も話し終えると、


「ダレン様は何を覚悟されたのでしょうか? 私は自分の身分もわきまえず、本当に取り返しのつかないことをしたのかもしれません」


 項垂れるアリスの肩にそっと手を置いたルシア。その表情は慈愛に満ちており、アリスの罪を許してくれているようだった。



「よくやった、アリス!! さすが私が見込んだだけの事はある!!」


「え?」


 ルシアは安静のため、寝台の上で身を起こしてアリスの話を聞いていた。

 それなのに、その身を大きく揺らしながら拳を握り、アリスの肩や背中をバンバンと叩きながら「でかした!」と、連呼する。


「ル、ルシア様、痛いです。イタイ」

「はっ! すまない、つい調子に乗ってしまった。許せ」


 痛がるアリスの肩や背を撫でるように優しく触りながら、ルシアは満面の笑みでアリスを見つめている。


「一体、どうなってしまったんですか? 私はどうすれば?」


 アリスは成人したとはいえ、まだ16歳。

 今まで男の子達とともに駆け回っていた少女は。それまで色恋のような環境を経験したことは一切ない。

 兄や姉、領地のお姉さま方から話は聞いても、まだ幼いアリスにきわどい話は聞かせてもらえなかった。

 男女の機微など無縁だったアリスに、かわいい男心など知る由もないのだ。



「アリス。お前は兄さんをどう思っている?」


 真剣な顔で問うルシアに、本気で答えるのが筋なのはわかっている。

 それでもアリス自身、自分との身分の差を知らないほど無知でもない。


「私は、どう答えるのが正解なのでしょうか?」

「自分の気持ちを答えるのに間違いなどないさ。間違っているとしたら、それは本当の気持ちに嘘を吐く時だ。

 お前は嘘を吐ける人間じゃないと、私は思っているのだが。違うか?」


 嘘を吐ける人間じゃない。それはアリスにとって重い言葉だった。

 嘘を吐きたくはない。でも、本当の事を答えられる立場でもない。


「私は、わたしは……」



 気が付くとルシアに肩を抱かれ、抱きしめられていた。

 ルシアが頭の上でささやく。


「兄さんを好きでいてくれて、ありがとう」


 知らずに頬を濡らしていた涙に気が付き、言葉に出さなくても思いを悟ったルシアの胸で、アリスは泣き続けた。


「大丈夫だ、大丈夫」そう言って優しく背を撫でるルシアの手が、大きくて暖かいダレンの手に似ていると感じ、アリスの心を優しく包み込んでくれている気がしていた。


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