大陸暦1526年――星粒子伝達能力


『ねーねー』


 一分も経たず、ラウネが話しかけてくる。こいつは基本、本を読んでいるときと寝ているとき以外は黙ることを知らない。


「なんだ」


 無視すると余計にうるさいので、ため息交じりに答える。


『キミは星音これがどんなものか分かってて使ってるのー?』

「離れて会話できる魔道具だろ」

『安直ー』

「ほかに意味があるのか」

『わたしが言ってるのはーこれがどうやって作られているかーてことー』

「魔技官ではない私が知るわけないだろ」


 魔技官とは魔道具を作る専門家のことだ。


『作りかたじゃなくてー仕組みだよ仕組みー』

「知らん」

『ならー無知なレイレイに教えてさしあげよー』


 頼んではないが、少し興味があったので黙って聞く。


『これはねー人間の身体の一部からできてるんだー』

「……は?」


 仕組みと言うので通信魔法の原理――魔法学の話でもするのかと思っていた私は、意外な言葉に虚をつかれた。


『世の中にはねーこんな道具を使わなくてもーこれと同じ能力が備わって生まれる人がいるのー。キミがだーい好きな星教せいきょうで言うー祝福者のことだねぇ』


 祝福者とは生まれながらに特別な能力を持つ人間のことだ。

 人間は神が生みだしたものだから、特殊な能力も神から授けられたもの、すなわち祝福であり、だからそれを持つ者は祝福者と呼ばれている。


『でねーそれは決まって双子でー双子は生まれながらに通信する魔法セリュムス・インビリティーション、常用語に訳すと星粒子伝達能力しょうりゅうしでんたつのうりょくっていう特別な魔法が扱えるんだー。星粒子しょうりゅうしがなんだかはー神様大好きなキミは分かるだろうから説明しなくていいねー』


 星粒子しょうりゅうしとは星教せいきょうが信仰する二神の内の一神、創造神である星蒼神しょうそうじんアルズファルドの一部だ。

 星蒼神しょうそうじんはもともとこの世界に存在していた魔粒子――魔法の源――と、自らの身体からこの世界にはなった星粒子しょうりゅうし――命の源――を混合して人間を創造した。

 その星粒子しょうりゅうしを使ったのが神の魔法――神星しんしょう魔法と呼ばれるものであり、そして祝福者は体内にある星粒子しょうりゅうしの特性によって、特別な能力を持ちえているとされている。


『そんな双子から星粒子しょうりゅうしを抜き出してー道具に閉じ込めたのがこれなんだよー』

「馬鹿な」


 体内から粒子を抜き取ることは法で禁止されている。いや、それ以前に星粒子しょうりゅうしとは命と深く結びついているものだ。それを抜き取るということは命を奪うことに等しい。

 動揺を覚えている私を嘲笑うかのように、ラウネがくすくすと笑った。


『心配しなくてもー死んだ直後に取り出すんだよー。死人には法は適応されないからねー。それにそもそもー星府せいふは双子の出生届けが出された時点でー両親とそういう取引をしてるんだー。死後ー星粒子しょうりゅうしを提供をしてくれればー双子は星府せいふの名の下に栄誉星還送しょうかんそうを行いー遺族に弔慰金ちょういきんを支払いますよーってー』

「それは、死んでも効果を発揮するのか」


 現に今しているのだが、つい聞いてしまう。


『人は死んでも粒子はすぐに活動を停止しないからねー。とは言っても特性を持つ星粒子しょうりゅうしはーほかの粒子と違って数時間で止まっちゃうからーその前に取り出して特殊な容器に保存するんだよー』


 ……なるほど。死後であり意味のある摘出ならばまだ納得はできる。それどころか、よくよく考えてみたら、死後に人の役に立てるなど羨ましいことかもしれない。


「しかし、生まれたときから繋がってるとは双子も大変だな」

『最初はそうみたいだねぇ。星粒子伝達能力セリュムス・インビリティーションは常時発動していてーしかも星音これみたいに声だけでなく思考や感情までもが筒抜けになってしまうみたいだからー。でもー慣れてくるとー障壁みたいなものが作れるらしいよぉ? 家の中でいう個室みたいな感じにできるんだってー。現実と同じく片方の扉が開いてたらー片方が扉を閉じてても漏れ聞こえるみたいだけどーお互いが扉を閉じていたらー完全に干渉されずにすむんだってー。そう双子の魔道士が書いた本に書いてあったよー』

「へぇ」

『人間にしてもー道具にしてもーよく知らずに使うのは愚の骨頂だよー』


 たまにはまともなことを言う。


「確かに。勉強になった」

『素直ー』


 ケラケラとラウネが笑う。だが、それからすぐにため息をついた。


『てかこないねー』

「だな」

『暇だなぁー』


 声音が明らかに退屈をしている。


「解決したら、報酬を払うんだから我慢しろ」


 自分で言っておいて、そうだったなと少しばかり気分が落ち込んだ。


『むぅ。そもそもさー守備隊に連絡すれば早くないー?』

「確証もないことで兵を動かしてもらうのは流石に気が引ける」


 城下守備隊の西区画隊長はリビアの同期であり、私も知り合いではある。なのでなにも気を使うことはないのだが、それでも確実に自分の言うことを信じてもらえると分かっているからこそ安易に相談がし辛かった。

 それに運良く区画隊長が捕まるとも限らない。

 守備隊は多忙だし、なにより区画隊長は結構現場主義者が多い。訪ねても外に出ていた場合、戻りを待っている間に犯人をみすみす逃してしまうことになりかねない。そうなると次に薬品店で犯人を捕まえる機会が来るのは、新たな犠牲者が出た後だ。それまでは流石に待っていられない。


『そう思うなら張り込まなくてもいいじゃんー』


 ラウネがふて腐れたように言う。確証がないと私が言ったからだろう。だが、それは客観的な話だ。


「確証がなくとも、私はお前の言うことをわりと信じてるんだ」

『――へぇ』

「にやにやするな」

『なんで分かったのー』

「気配で」

『気配を読むの苦手なのにー?』

「じゃあ感だ」

『感かー』


 ケラケラと楽しそうにラウネが笑う。こいつの笑いのツボは本当によく分からない。

 そのときだった。薄闇の中から魔灯まとうで明るい薬品店の前に人が現れた。

 若い男性だ。どうやら私の潜んでいる路地側の道ではなく、奥のほうからやって来たらしい。男性は少しばかり辺りを見回すと、薬品店の中へと入っていった。


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