大陸暦1526年――性質と報酬
「流石に確定とは言えないけどねー。その可能性はあるんじゃないかなーて思うんだー。それにしてもーこの手の人間てさぁ、どんな理由があったにせよ普通は連続殺人をするタイプではないんだよねー。やっても単発が多いんだけどー」
しかし現にしているのだが。
ラウネは私の心を読んだように続けた。
「つまりはーなにか目的があって続けてるってことだよー。彼にはどうしても女性に薬物を飲ませて絞殺したい理由があるんだよー」
そこでラウネは「ふふふふー」と含み笑いをした。
「これは久しぶりに期待できそうだなぁ」
「……なにがだ」私は嫌な予感がした。
「特別な性質の持ち主かもしれないってことだよー」
やはりか……私は大きくため息をついた。
ラウネは学生時代からよく、性質という言葉を使うことがあった。
それはラウネ曰く、生まれついて人が持っているものだという。
生まれ育った環境や、回りの人間に感化されて身についたものではなく、まさにこの世に生を受けた時点でその人に備わっているものなのだと。
それを初めて聞いたのは学生時代にラウネが『面白い性質の持ち主はいないかなあ』とぼやいているときだった。それがなにかと訊くと彼女は前述の説明をしてきた。
そのときは魔法素養みたいに才能のようなものかと思った。確かに魔法の素質は誰にでも与えられているものではないし、学問や武術に関してもやはり才能を感じずにはいられない人間というものはいる。
しかし、それはとんだ思い違いだった。
それに気づかされたときのことは今でも覚えている。
あれは学校が休みの日、自宅から学校に通っている癖に、なぜか寮の私の部屋にラウネが入り浸っているときのことだった。
我が物顔で人の寝床に寝転びながら新聞を読んでいたラウネは『この犯人は賢いねぇ』と楽しげに
それは少年連続殺人事件の犯人が自首したという記事への反応だった。
どういう意味だと訊いたらラウネは『彼はこうしないと自分を止められないって気づいたんだー』と答えた。意味が分からず眉を寄せるとラウネはさらに『だからーこの年頃の少年を殺さなければいけない性質なんだよ彼はー』と言った。
私は耳を疑った。性質とは才能だと思っていたからだ。
そしてそんなことはありえないと反論した。するとラウネは意地悪げな微笑みを浮かべて『そう思うなら彼の供述が記事になったら読んでごらんよーそこにはこう書いてあるからー』と返してきた。
――殺すつもりなどなかった。何度も止めようと思った。それなのに彼らを見た途端、得たいのしれない感情が湧き上がり、どうしてもやらなければいけない衝動に駆られた。そうなったらもう自分を止めることなどできなかった――。
犯人の供述が新聞に載ったのは翌々日のことだった。
ラウネが言ったことは概ね、当たっていた。
犯人に、明確な動機はなかった。
その事実に打ちのめされていた私に、ラウネは得意げな顔を浮かべて言った。
性質とは魂に結びついた人に科せられた枷であり、その人の行動原理をも左右するものだと――。
そんな馬鹿なと思った。だが、それを口に出して反論することはできなかった。明確な動機なく犯人が少年を殺した理由について、私には説明することができなかったからだ。
だとしても、私は認めることができなかった。
人間とは
この犯人が少年を殺すように生みだしたのも、神の意思だということになる。
そんなこと、神がなさるとはどうしても思えない。
きっとこの犯人が罪を犯したのには、私にも、ラウネにさえも思い至らないような理由があるのだ。彼の生立ちに、それまでの人生に、なにかしらの原因が隠れているのだ。それに犯人自身も気づいていないだけなのだ。
性質だなんてものは、ただの言い訳だ。
今回だってそうに違いない。
「それで、薬物の特定に協力してくれるのか」
私はラウネの言葉を無視して話を続けた。
「んーどうしようかなぁ」
ラウネは腕を組んで上体ごと首を傾げる。
「興味はあるんだろ」
「あるけどー。でもなーなにかないとなー」
「なにか?」
「そうだよぉ? 人にやる気を出させるのにはーご褒美が必要なんだよぉ?」
「解決すればなにかしら礼はあるだろう」
まあ、とは言っても菓子折りぐらいだとは思うが。それでもこいつは甘いものが好きなので悪くない報酬だろう。
しかし私の言葉に、ラウネは不服そうに口を尖らせた。
「わたしはーレイレイから欲しいのー」
私から? そう言われてもだな……礼と言われたら。
「金か」
ぐらいしか思いつかないんだが。
「わたしーキミより高給取りだよぉ?」
それもそうだ。獄吏官長と主席尋問官の二つの役職を担っているのだから、それなりの給金はもらっているだろう。
「それなら食事を奢るとか」
「それは普段からもしてくれてるじゃんー。特別感がないよー」
確かに私は月に何度か、ラウネを食事に連れ出してはいる。
だが、それはこいつが食事に頓着がなさすぎるのを見かねてしていることであり、そして奢るのはこいつが金を持って出ないからだ。こちらとら奢りたくて奢っているわけではない。
「それにわたしはー外食よりもキミの料理のほうがいいしー」
騎士になりたてのころはお金に余裕がなかったので、外食よりも自宅で料理を作って食べさせることのほうが多かったのだが……そう言われると悪い気はしない。
「今ちょっと喜んだでしょー。単純ー」
ラウネが私の内心を見透かすように憎たらしい笑顔を向けてくる。
「うるさい。それならなにがいいんだ」
「なんでもしてもいい権利」
「は?」
ラウネにしては珍しく歯切れのいい口調と、さらには口にした言葉の内容に、私は思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
「だからーレイレイになんでもしてもいい権利が欲しいって言ったのー」
それは聞こえている。意味も分かっている。その上で思う。
こいつはなにを言っているのだと。
「ねぇねぇいいでしょー?」
ラウネがあぐらのまま、ゆらゆらと揺れる。それだけを見れば子供が親に欲しいものをねだるような仕草に見えなくもないが、騙されてはいけない。
確かにラウネには子供のように素直で無邪気なところがあるにはある。
だが、それと同じく好奇心からくる残酷さもこいつは持ち合わせている。
子供が興味から蟻の巣に水を流し込むように、昆虫の四肢をもぐように、大人になれば自然と躊躇するようなことをこいつは今でも平気で行なう。なんなら昆虫が苦しむ姿を見て笑顔にまでなる。そんなラウネになんでもしてもいい権利など与えたら、なにを言い出すか分かったものではない。
しかし、このままだと犠牲者は確実に増え続ける。
それだけでなく、犠牲者が増えるだけ増えて最悪、迷宮入りとなるかもしれない。
それは、この国の治安維持を担う一員として見過ごすことはできないし、それがなくともなんの罪もない人間が犠牲になるのは
そして、それは今なのだ。
私が頷きさえすれば、ラウネは協力してくれる。
ならばもう、選択肢は一つしかない。
「節度ある内容にとどめろ。あと事件が解決したらだ。それならいい」
了承するとラウネは「やったー」と無邪気な笑顔で万歳をした。
そしてソファから立ち上がる。
「それならまた明日おいでー」
ラウネはそれだけ言って小走りに執務机に向かうと、その勢いのまま執務椅子に飛び座った。それから羽ペンを手に取る。どうやら仕事の続きをするらしい。
私はほとんど手を付けていなかった紅茶を一気飲みすると、仕事に集中しだしたラウネの邪魔をしないよう黙って獄吏官長室を後にした。
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