第2話 すっごい顔で固まっていらっしゃるっ!!
「……あなたの名前、なんだったかしら?」
どうやら私に他者の名前を自然に聞きだす能力はないらしい。
散々悩みはしたが、そう認めてしまえば、あとは簡単だった。
むしろ、私は今まで何を悩んでいたのだろうか。
今の私はカーネリアなのだから、数年もすでに仕えてくれている侍女に対して、遠慮をする必要はない。
むしろ、傲慢なカーネリアに乗っかって、こちらも傲慢にいく方が正解だろう。
……その
何年も仕えてくれている侍女の名前を知らない。
聞いてやるから、名乗れ、と。
「……っ」
……ああああああっ!? 侍女さんが、固まっていらっしゃる! すっごい顔で固まっていらっしゃるっ!!
ごめんなさい、とは思うが、今の私はカーネリアなので、そう簡単には謝罪の言葉を言えない。
カーネリアなら、侍女の機嫌を損ねたぐらいで謝るはずなどないからだ。
「……ひ、飛竜に……リンコに打たれてから、少し記憶が曖昧、なのよ」
謝ることはできないが、言い訳ぐらいは私にもできる。
侍女の名前を覚えていないのは元からではなく、飛竜に打たれてから記憶が曖昧なのだ、と。
実際に、飛竜に打たれてから白雪 姫子としての自認が生まれたので、完全に嘘ではない。
「……っ!」
「姫様、他には? 他になにか異変はございませんか?」
「どうりで、ここ数日の様子がおかしいと……」
開き直って現状を告げたら、飲み物を用意していた侍女の他に、脱衣所へと続く壁近くに控えていた侍女二人も側にやって来た。
大きな声を出したつもりはなかったのだが、意外に彼女たちは私の声を拾っていたらしい。
……
同じ浴室内にいた侍女はともかくとして、下女は恐ろしく耳がいい。
侍女二人が壁を作っていたが、下女は脱衣所で入浴後のマッサージに使う施術台の用意をしていたはずだ。
脱衣所の方で、何かが壁にぶつかる音がした。
「それで、姫様。他におかしなところはございませんか?」
「記憶が曖昧となると……やはり祈祷師ではございませんね」
もう一度、回復師を呼ぶべきでは? と逸れていく流れを、無理矢理引きとめる。
知る気がなかったから、なにも知らない。
ただそれだけのことで、回復師の落ち度でも、祈祷師の出番でもない。
「わたくしは、あなたたちの名前を知りたい、と言っているの」
仕事を頼むにしても、名前がないのは不便である。
そう続けると、侍女たちは少し困ったような、曖昧な表情をしてお互いの顔を見た。
そして、やはりリーダー格と考えたのは間違いではなかったようで、明るい茶髪の侍女が代表として口を開く。
「私たちに名前はありません」
「……名前が、ない?」
「はい。というよりも……名前のある女の子の方が珍しいと思います」
侍女の口から出てきた、およそ信じにくい事実に瞬く。
名前のある女の子の方が珍しい、とは。
……あ? でも? そうか。
言われてから改めて考えてみると、思い当たる節がある。
一国の姫であっても学を授けないことは不思議ではない。
イスラは私にそう教えてくれた。
つまりは、女性の身分が低い世界なのだ。
それも、私が想像するよりもずっと。
「女児というよりも、幼い子には名前を付けないことの方が多いです」
「姫様は銀を持つ王族でしたから、生まれてすぐに『カーネリア』という名をアゲート王から与えられたようですが……」
生まれたばかりの赤子は、いつ死ぬか判らない。
一年や二年命を繋いで幼児になったとしても、それは同じだ。
すぐに死んでしまうかもしれない子どもに、いちいち名前など付けてはいられないのだろう。
無事に育つ可能性が低いため、逆に産む子どもの数は多い。
それらすべてに名前を付け、愛していては、親の心が疲弊してしまう。
「男児は六歳ぐらいになると名前を付けられますが……」
「女児となると、成人まで名前がないというのも、珍しい話ではございません」
男児は子どもであっても、外へ働きに出ることがある。
そのため、名前が必要になる場面もあるので、だいたい六歳、遅くとも十歳までには名前が付けられるそうだ。
そして、女児は話が変わる。
子どもという意味では男児も女児も家長の『財産』だが、成人前の女児が外に出ることはまずない。
未成年の女児が外に出る場合があるとすれば、親に売られる時ぐらいだ。
成人した女児に名前が付けられるのは、嫁に出る時である。
成人してやっと付けられた名前も、嫁ぎ先で気に入られなければまた変えられることになるので、本当に女性の地位が低い。
「……あら? でも、それだと……あなたたちに名前がない、というのはおかしな話では?」
改めて知らされる男女の不平等さに衝撃を受けつつも、浮かんだ疑問を口にする。
今日の目標は、侍女たちの名前を聞くことだ。
名前がない、という斜め上な返答がくるとは、思わなかった。
「私たちは、姫様のご成長に合わせて召し上げられましたので……」
私の成長に合わせて雇われた。
つまりは、私が子どもの頃に雇われたため、彼女たちもまた当時は未成年だった。
家の外へ働きに出る彼女たちに、父親は男児にするようには名前をつけなかったようだ。
そして、成人のタイミングで付けられるはずだった名前も、未だに付けられていない。
……なんてこったっ!
侍女の名前が思いだせない、と悩む必要なんてなかった。
カーネリアは初めから彼女たちの名前を知らなかったし、彼女たちにはその名前すらなかったのだ。
変に悩んで足踏みをするよりも、積極的に自分のまぬけさ加減を押し出していくべきだった。
■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □
ナーロッパを避けたら、世界設定であっぷあっぷしているの図。
テンプレに乗るのは、乗るなりに楽な面がある……と今実感中。
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