第四幕:圷砦と殺生石①

第四幕:圷砦と殺生石①


   一


 圷砦は、さほど標高の高くない小高い丘程度の峠にある城だ。堅牢な城壁や堀などから難攻不落の砦とされ、泰平の世となった今でも軍備の重要な拠点として最も安全な街として知られる場所だ。

 泰虎派の武士の動きが活発になると読み、主要な街道を避けて進んだ四人。錬の案内もあり、山道などでもスムーズに歩を進めることができた。

 城下町まで辿り着くと、戦の渦中にある町にも関わらず、行きかう者たちの目は活気づいており、表情も明るい。ただ、各所に武器を持つ兵が見られ、戦の影は感じられる。双木とは少し雰囲気が異なるが、それでも大いに栄えていた。

「ここはいつ来ても賑やかじゃ!」

「絶様、あっちに見たこともないような物が売っていますよ」

 絶と錬は二人並んで圷の町を興味深く見渡している。一緒に行動するようになった錬は、絶の従者のような立ち位置に落ち着いた。明るく爛漫な彼女は、絶としても気兼ねなく話せる相手のようで、すぐに打ち解けた。

「絶様。遊んでいる暇などございません。秀嗣殿に謁見を」

 浮足立つ絶に律が釘を指すと、絶はバツが悪そうに顔を顰め「分かっておるわ」と頬を膨らませる。

「良いではないですか。律様はお厳しい。絶様にも休息が必要です」

 やや落ち込む絶を見て錬が口を尖らすも、律は鼻を鳴らす。

「お前はお前で、寺の者達の救助を要請する役目があるだろう。呑気にこんな所で油を売っていいのか?」

 そうピシャリと言われてしまうと何も言い返せない。シュンとしながら「おっしゃる通りです」と絶と並んで肩を落とす。

「固いことを言うな。見知らぬものに触れるのは旅の醍醐味。好奇心が童らを育てるんだ」

 快活に笑いながら天晴が人波を縫って現れる。姿が見えないと思っていたが、一人で自由に歩き回っていたらしい。

「そなた。勝手に歩き回っておったのか! 護衛であることを忘れるでない」

「念のために周囲を警戒してたんだ」

「どうだか。どうせ遊んでおったのだろう」

「そう目くじらを立てるな。そこで蒸し饅頭が売っていたから買ってきてやったぞ」

 紙袋から湯気の上がる饅頭を取り出すと「食え食え」と錬と絶に渡す。

 ジト目だった二人も、甘いお菓子を目の前に出されホクホク顔で感謝も早々に頬張る。その姿に律は不服そうな顔をする。

「あまり勝手な行動をするな。圷砦に着いたと言っても、まだ気を緩めていい状況ではない」

「あれもダメこれもダメでは可哀そうだろ? 俺が」

 天晴の飄々として饅頭を頬張る姿に、律には一層腹を立たせる。

「今も雪様や天狐の者達は苦しんでいる。戦も目前に迫っている。そんな時に……」

「お前は冗談が通じん奴だな。こんな時だからこそだ。絶には気の滅入ることばかり起きてる。僅かな楽しみまで奪ってやるな」

 「あとしかめっ面ばかりするな、笑顔笑顔」と天晴は袋の饅頭を強引に押し付け、律の胸を軽く小突くと歩き出す。

 先を歩く絶と錬はワイワイと楽しげに話している。その顔に、律は複雑な表情を浮かべながらも、後を追いかけた。


 町を抜け、砦へ入ると、兵士達が戦の準備に動き回る物々しさがあり、一気に雰囲気が変わる。石垣や城門、砦の造りは、古臭く地味ながらも堅牢で、戦のために造られた古城だ。

 本丸に辿り着いた天晴達は、事前に律が話を通していたことあり、すんなりと中へと招かれた。外観同様、内部も質素な見た目だが、柱や縁に痛んでいる場所もなく、みすぼらしさは感じない。

 案内された部屋には幾人かのサムライが控えており、一段高い所に座るのが秀嗣であると分かる。

 絶を先頭に、一歩後方に律、錬、天晴は控えて頭を下げる。

 どこか他人行儀な挨拶を交わし、これまでの経緯を絶が説明する間、天晴は周囲と秀嗣を観察する。

 この場にいるだけあり、それぞれに名のある武将だろう。特に秀嗣の横に控える大男がおそらくここで一番強い。

 秀嗣は厳格そうな髷に髭、鋭い三白眼、黒に金糸の入った着物はここにいるどのサムライよりも質の良い物だろう。出で立ちから察するに、何度も戦を経験する猛者だ。どうにもその視線には、厳しさだけでなく嫌な冷たさもあるように感じてしまう。

 こういうタイプは武士の誉れがどうのと言ってくる、天晴の苦手な人種だ。

 かなり熱を込めていた説明も終わり、秀嗣はゆっくりと頷き、一拍置いて口を開く。

「よく、ここまで辿り着いてくれたな。絶よ。ろくな助けを送ってやれず申し訳ない」

 ややしゃがれながらも通る声。

「そこにいる天狐の者、律より受けた玉櫛の君から書簡にて、派兵したが手遅れであった。おぬしの行方も分からず、力になれなかったわしを許してほしい」

 悔恨に目を伏せる秀嗣に、絶は頭を上げて首を横に振る。

「滅相もございませぬ。こうして私(わたくし)を受け入れていただけただけで、十分でございます」

 いつもの子供じみた雰囲気から一変し、気品に溢れる立ち居振る舞いである。絶は言葉を切りながらも「ですが」と続ける。

「もし、叔父上の厚意に甘えられるのであれば、泰虎の手の者達によって連れて行かれた母、そして天狐の者達の救出に、なにとぞお力をお貸しいただければと存じます」

「もちろんだ。はなよりそのつもりよ。正妻ではないが、玉櫛の君は亡き兄の妻。となれば、わしにとっても姉も同然。さらには、篁における人間と亜人の共存に尽力した恩人よ。何としてでも、助け出そう」

 秀嗣の力強い言葉に、絶の緊張していた顔は安堵でほころぶ。しかし、天晴は周囲の数名のサムライが、今の会話に冷笑を浮かべたことに気付いた。人間社会で亜人の地位は低い。いかに篁藩が亜人への差別を減らしても、無くすことはできない。それは一般の市民もサムライも関係ない。

 そんな反応には気付くことなく、秀嗣はため息交じりに話しを続ける。

「しかし、泰虎め。名誉ある五百旗の名を、汚した卑しい落とし子。口にするのも忌々しい」

 嫌悪の混ざる言葉に、絶はやや顔を曇らせながらも同意する。これまでの非道を目の当たりにしてもなお、やはり簡単には義兄に対する愛情を捨てきれないのだろう。

「泰虎は兵を集め、この圷を睨むように陣を張り、近隣の村々を襲い、悪逆非道の限りを尽くしておるとか。だが、偵察に向かった者の話では、こちらに向けては未だ大きな動きは無い」

 「秀嗣殿に直接挑む度胸もないのでしょう」と武将の一人が言うと、周りからも嘲笑混じりに同意と軽蔑の声が。

「襲われた村への救助は?」

 周りに合わせてぎこちなく笑いながら絶が問うと、秀嗣は渋い顔をした。

「もちろん避難してきた者達は受け入れている。ただ、近隣の村に兵を送れるほどの余裕はない。そうすると、ここの警備が手薄になってしまう。いかに泰虎の集めた兵が烏合の衆と言えど、その数や武力は侮れぬのだ」

「では、お見捨てになられるのですか!」

 黙っていた錬が我慢できずに声を上げた。

「妖狐、身の程を弁えろ! 御前の会話に口を挟むなど……っ」

 咄嗟に、秀嗣の隣に控える大男が激高して怒鳴るも、秀嗣は「よいのだ、藤原」と片手を挙げて制す。すると、藤原と呼ばれる大男は未だに錬を睨みつけるも、口を閉じた。

「すまぬな、天狐の女。おぬしは襲われた村の生き残り、なればわしの発言に不満があるのは当然だろう。しかしな、僅かな村人の命のために、藩全体を危険にはできぬのだ。正代が戻らぬ今、わしが泰虎を止めなければ、さらに犠牲がでてしまう」

 藤原の怒声に委縮し、身を縮こまらせる錬に、秀嗣は分かりやすくゆっくりと話す。

「今は耐えてもらうしかない。泰虎との因縁に決着がつくまでの辛抱じゃ」

 言い聞かせるような口ぶりではあるが、その裏には決定を押し付ける威圧を感じる。

 やはり、天晴としては好きになれない。

 まだ不満はあるだろうが、錬は深々と頭を下げるしかない。

 誰にも気付かれないように、天晴は小さなため息を漏らす。息が詰まりそうだ。

 これだけ雁首揃えて何を呑気に、と言いたいところだが、さすがにこれ以上は五百旗家、ひいては篁藩の問題。口を出すわけにもいかない。

 話題は泰虎から、絶の持つ殺生石へと移る。

「それで、絶の持つ殺生石とやらは、天狐族が守ってきた秘宝だそうだな」

「泰虎はこれを狙って、天狐の郷を襲ったようです」

 恭しく答える絶に、秀嗣はしばし思案する。

「絶大な力を秘めた秘宝か……天狐がそんな物を隠しておったとは」

「あくまでも、悪用されぬように守っておったのです。隠していたとは、少々違いまする」

 あわてて絶が訂正するが、秀嗣は釈然としない顔をしている。

「絶よ。その殺生石とやら、このわしに預けてはくれぬか?」

「そ、それは……」

 思わず口ごもる。

「泰虎が狙っておるのであれば、わしが持っておった方が安全。力を与えてくれるならば、なおのこと今後の戦を考えて欲しい逸品よ。天狐の者達も守ることができるやも知れぬ」

 ずいっと圧をかけると、室内の空気が一気に重くなる。周囲の武将の絶への視線も、突き刺すように鋭くなった。

 守ってやるのだから、それくらいの見返りは頂く。もしくれないなら、どうなるか分かってるな、と無言ながら訴えている。

 天晴の隣に座る律の顔が苦渋に歪むのが分かった。彼にとって殺生石を守ることは大事な使命だが、それ以上に絶を守り、玉櫛を救うことを優先したい。それには秀嗣の助けが必要なのだ。絶としても、難しい決断を迫られているだろう。

 しかし、意外にも絶はハッキリとした口調で返した。

「それは致しかねまする。叔父上」

 周囲が予想外の回答にざわめく。

「この戦に必要だと申してもか?」

「これは人間が扱いきれる代物ではございません。いかに殺生石の力が絶大であろうとも、これは魔の力。災いの根源でございます。一時の栄誉を勝ち取ろうとも、その後には百難が待ち構えておるでしょう。そのような偽りの力を叔父上は欲すると申されますか?」

 吊り目に一層力を込め、絶は真っすぐ秀嗣を見据える。なかなかの気丈夫、豪傑っぷりだ。いつも子供っぽい姿しか知らない天晴にとって、心の中で感嘆の声を上げる程だった。

 しばらく睨みあうが、先に秀嗣が折れた。

「そこまで言われては、仮に『くれる』と言われても武士の誉れに懸けて受け取れぬな」

 彼が片笑んだことで、周囲の緊張が和らいだ。

「絶よ。少々、わしも焦っておるのやも知れぬ今のことは忘れてくれ。玉櫛の君のことや天狐の者達、そして襲われた村の生き残りの救出。心得た」

 一気の絶の緊張が解けたようで、後ろから見ても強張った肩が落ちるが分かる。

「ありがとうございます」

 頭を下げる絶に合わせ、律と錬、あと天晴も平伏する。

「泰虎の兵と衝突は必至だが、まだ動きが見せぬ。それまでは英気を養うとよい」

 秀嗣は微笑んで絶に語ると、立ち上がり部屋を退出する。

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