第31話 ビジネス不仲なのか?

 「んなのダメに決まってんだろうが! 元からあの人はこっちで指導するっつってんだよ」

「そんなの知らないわよ。あんたらみたいなショボいグループで指導しても無駄足よ」

「赤松が元から磨かれた奴より石ころを磨いた方が面白いって言ってんだよ!」

「知らないわよそんなの。だいたい石ころ磨いて面白いってボ◯ちゃんじゃないんだから」

「んなの言われても本人が言ってたんだよバーカ」

「そんなこと赤松さんが言うわけないでしょばーか!」

「あの……」

 日頃のストレスを発散せんとばかりに双方の口調が荒くなっていく。

 ……それも小学校低学年並みの語彙力で。

 これでも高校生なんだぜ?

 やっぱストレス溜まり過ぎると幼児退行していくのかな。私、気になります。

「あの〜、話進まないなら帰ってくれないかな?」

 横で髪を掻きながら(イライラを堪えてるのだろう)苦笑する勝也さん。

 なぜ勝也さんが関係してるのか、それもそのはず。

「仕方ないじゃない。あなたたちのシェアハウスが女人禁制だのこうだの言って入れないからよ」

「うぐ……」

 シェアハウスの説明にあたり勝也さんが注意事項で挙げていたことだ(詳しくは4話参照)。

 シェアハウスという共同生活において、異性との交流が同居人へ悪い影響を与えると判断した上でのルールだろうが、むしろそれが仇になってしまったな。

 路上で喧嘩するのもアレだし、ということで隣の勝也さんの家に場所を移して喧嘩しているわけだ。

「いやね、ここで話してもらうのは構わないけど、声が響くから隣の部屋まで聞こえてくるんだよね。出来れば声小さくするか早めに終わらせて欲しいんだよね」

 意訳:さっさとどっかいけてめぇら。

 と言ったところだろうか。

 奥入瀬兄弟はともに怖い。

「……だし君たちは何してるの」

 一方喧嘩してる奥入瀬と仁王立ちさん以外のサイドはと言うと。

「おらおらおらぁァ! お前らどけぇ!」

「何それ!? あ、落ちちゃったよ……」

「大丈夫。今タイホーで押しのけて1位に上がって喜ぶのは甘い。こうすれば──」

「は!? 雷落とされたんだけど!!」

「お先に」

「おい中津! 置いてくなって!! なぁ! 友達だろ!?」

「わりぃーそこ邪魔ー」

「あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛!!!」

 仲睦まじくレースゲームを堪能していた。

 喧嘩してるのはリーダーだけで手下は仲睦まじく遊んでおります。

「……帰ってくんねぇかなー」

 あ、遂に本音が出た。


 「あ、これ美味い」

「コルニチョーネまでチーズがかかってる。これは高評価」

「こるにちょーね? 何それ」

「ピザの耳の部分のこと」

「へぇ〜、物知りだな」

「ちょっと、あんた耳食べないの?」

「うっせーな! ここ変にかてぇし好きじゃねぇんだよ」

「ぷっ。まだまだガキね」

「おめぇとほぼ変わんねぇだろ多分!」

「どうして……」

 机の上のピザを美味しそうに食べながら雑談するご一行。

 まさにパーティー。

 そんなハッピームードの中、ピザを購入させられ頭を抱える勝也さん。

 これが大人と子供の格差社会です。

「なぁ石狩くん」

「なんですか」

「これって仲悪いって思わせて雰囲気改善のために何か買わされる商法とかに引っ掛かってたりしないか?」

「恐らく無いです」

 泣きそうな目で訴えかけられても、そうじゃないから仕方ない。

 というかそんな悪徳商法聞いたことがないです。

「石狩くん。逃げるなら今だよ。こういうのは自分がやってなくても共謀として捕まるんだよ」

「いや、だから違いますって……」

 もうどの勝也さんも違う。

 キャラ崩壊が止まらないよ。

「僕は大人しく部屋でFPSでもするね。それじゃ……」

「あ、はい。……お気を確かに」

 涙ながらに退場していった被害者を見送り、彼に同情した後。

「で? なんでそんなに赤松が欲しいんだよ」

 奥入瀬が改めて本題に突っ切った。

 糸のように伸びるチーズを切って口に頬張る前に、仁王立ちさんは言った。

「情報が入ったのよ。赤松が動き出したって」


 聞けば遡ること1ヶ月ほど前。

 俺たちが吹野とコラボをした時のことだ。

 メンバーに吹野のガチオタが居たらしく(なぜか吹野の話で話が脱線しまくったが)、コラボ相手のチャンネル登録者数を見て憤慨。

 だったら私たちでもコラボできるじゃない、とここまでならまだただの厄介ファンの嫉妬で収まったのだ。

 一方でネット掲示板サイト、4ちゃんねるで情報を漁って居たところ、失踪していた赤松を発見した、という噂が回っていることを確認。

 その噂の真偽を確かめるべく、Hmmに刑事の如く張り込みを始めた。

 パンと牛乳の組み合わせは中々捨てたもんじゃないわね、と謎のグルメ批評が交ざったところで事務所から出てきた赤松を発見。

 某週刊誌並みの行動力で追跡をしたところ、この家で立ち止まったらしく、何度か外から視察をしていたという。

 なおその際望遠鏡で屋内を覗いたり、防犯カメラを無断で設置していた余罪が発覚し、途中裁判が開かれたりしたが(主に1人の犯行だったらしい)。

「しょうがないじゃない。あなたたちの家が全面ガラス張りだったらこんなことする必要無かったのよ……」

「俺たちの家はオープンな厨房か何かか?」

「とにかく、そんな観察の結果あなたたちは有望なYouTuberではないと判断したの。これだったら私たちの方が赤松さんはより上手くプロデュースしてくれる」

「はいはいそうですか」

 興味も無さそうに奥入瀬は頬をつきながら相槌を打つ。

「んで? そんな冗談はさておき、俺たちの動画をパクった理由は何だよ」

「冗談? こっちは至ってマジよ」

「俺たちだって作った動画に対してプライド持ってんだよ。それを無条件にパクられていい気になるわけねぇだろ」

 新しい動画を投稿しても、それはまた1週間後には同じ動画を出されている。

 1週間で真似されて、憤りを感じるのは当然だろう。

 そんな睨みをものともせず彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめる。

「私たちのチャンネル登録者は15万人。あなたたちよりずっと上。知名度は私たちのほうがあるの」

 過剰な自信とは反比例な大きさの胸に手を当て、大きく開かれた瞳の内には光が宿っていた。

 俺たちには登録者数にお金という重みがかかっている。

 だからこそこの差に、どこか遠い存在へと離されているように感じるのだ。

「私たちの作った動画はあなたたちのコピー。でもそれを知らない視聴者たちは気付くことなくその動画を受け入れてより好評を得られる。だったら無理しなくても企画なんて勝手に出てくるのよ。もちろん、パクる相手の知名度が一定数上がってくると面倒なことになるけど」

 俺たちのプライドを踏み躙るその行為に怒りを出さないはずがない。

 だがそれが真実なのだ。

 食物連鎖の底辺に居る俺たちを食えば頂点へとのし上がっていける。

「あなたたちは吹野とのコラボという大チャンスを掴み損ねた。それが一生底辺である証拠よ」

「大チャンス、か」

「そうよ。せっかく玲くんと幼馴染っていう人生勝ち組ハッピールートに入っていたのに喧嘩で仲違いなんてああ勿体無い。私だったら10年は引きずってるわよ」

「重いなぁ……」

 特に愛が。

 推しが炎上したらリスカするタイプの人間にはなるなよ? 強く生きな。


 「だいたいあなたたちって初見に優しくないわよねー。職人気質で自分たちのこだわりを押し付けてる感じ」

「ほーん。主にどこがだよ?」

 気が付いたらスマホで自分たちの動画を2人で見合って議論を始めていた。

 なんだかんだ君たち仲良いでしょ。

 まあ喧嘩するほど仲が良いって言うしな。

 ……ではなぜ俺たちのグループは喧嘩して数ヶ月活動出来なかったんでしょうかね。

「3H戦略とか実践してるの?」

「んだそれ」

HEROヒーローHUBハブHELPヘルプで3H。Googleが提唱してるフレームワークよ」

「フレームワーク? 何だそれ」

「簡単に言うと何かを作る時に便利なツールとか考え方のこと」

 専門的な用語も出ているあたり、彼女たちも生半可な意気でやっているわけではないだろう。

 俺たちとは違い、戦略的に戦ってきた頭脳派だ。

 違った系統のYouTuberと話し合ってみることで見えてくる新たな考え方というのもある。

「……なんで敵にアドバイスしてるんでしょうね」

「さあな」

 たまに我に返って再び喧嘩したりするけど。


 「あら、もうこんな時間なの……」

 仁王立ちさんは時計を見るなりそう呟いて、床や机に広げていた物を片付け、身支度を始めだす。

 そしてメンバー全員を揃え、いつもの自信満々な態度で胸を張って宣告する。

「私たちはこれからもあなたたちの動画を真似し続ける。でもそれはあくまで生存戦略としてやっていること。悪く思わないで欲しいわ」

「俺たちが著名になるまでか?」

「……なる時が来るのなら、ね」

 それじゃ、と部屋のドアを閉め、階段を降りていく音が遠ざかっていく。

「堂々とパクリ予告されたけど、これからどうすんだ?」

「同じことをされたら視聴者も減るかも」

「……リーダー、俺たちはどう進んでいけば良いんだろうな」

「どうすれば良いんだかな……」

 奥入瀬にだって分からない。

 俺たちは同じ底辺YouTuberだから。

「戦略立てて活動をしていくことを考えてみる。試行錯誤すれば、何か突破口が見つかるかもしれない」

 足掻くしかないんだ。

「それと、俺たちのアドバンテージを見つけること」

 赤松さんの残した課題も含めて、俺たちにはまだまだやるべきことが山積みだ。

「それじゃ、定例会議。やるか」

「そうだな」

「了解」

「戦略か……、なんか頭使うのって面白そうだな!」

「その言い方がもうバカに見えるんだぞ」

 だから俺たちは歩み続ける。

 自分たちの道を。

 ……あ、道は他人にあけさせないし日本は獲らないからね。


       ***


 「っていうことがありまして……」

 わざわざ大好きなゲームを切り上げ、今日の一部始終を赤松に電話で報告する勝也。

 奥から大きなため息が聞こえ、こっちがしたいわ、と心の中で突っ込む。

『なんでお前たちのグループは厄介事ばっかり持ってくるんだ。もう少し節度ってもんはねぇのか』

「まぁ、若い年頃ですから」

『……お前も同じ部類だろうが』

「そうですかね」

『ああそうだ。若い。経験値も少ない』

「……」

 この人嫌味言わなきゃ気が済まないのかな。

 ……仕方ない、呼んだ自分の責任だ。

 我慢しつつ、次の言葉を待つ。

『──いや、いい。この際使ってしまおう』

 電話越しでも分かる、赤松の気味の悪い笑み。

 何か企んでいる時の黒いオーラがする。

「……えと、赤松、さん?」

 それは嵐の前の静けさに近くて。

『あいつらを勝負させる。勝った方に俺はつく』

 間も無く──嵐がやって来た。




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