第100話 戦略的撤退

 裁判は無事に終わった。圧倒的敗北となって。


 口頭弁論は序盤から、真壁一家に対して伸二さんが『本当にご自身らの家族がやっていないと考えているんですね?』『あなた達のせいで、有罪判決を受けようとしている子供が居るんですよ?』と、有無を言わせないような雰囲気で、相手を問いただした所までは良かったのだが、親戚のクズ親子が真壁一家の耳元で何かを話した途端、強気な姿勢に戻ってしまった。

 思わず、裁判官達が座っている席を見つめたが、反応は無し。

 それからは、相手のペースに飲まれるだけだった。と言うか、話さえさせて貰えなかった。

 何処から見つけて来たのかは分からないが、『昔はあの山は渡し達の家系が所有していた物だ!!』とか『あの家には昔、多額の借金があって、それの返済を手伝う代わりに、もし所有者が居なくなったら貰う約束だったんだ!!!』など、ほとんどが口約束ばかりで、一切の確証も無い、書類を持って来た家もあったが、恐らくは偽造した物だろうに。しかも、自分勝手に話し始めるから纏まりが無いし、何を言っているのかも分からない為、話が続かない。勿論、こちらの話も一切聞いてくれない為、伸二さんも困った表情をしていた。前代未聞の裁判だ。

 あまりにも意地汚い姿に引いていると、ようやく裁判官が口を開いた。


 「なるほど。証拠が全て揃ったようなので、別室にて裁判官全員で話し合いを行いたいと思います!」


 裁判官の近くに居る、親戚のクズ親共が見えた。


 「ちょっ!!裁判長!!裁判長!!」


 慌てて伸二さんが声を挙げるが、気付いた時には裁判官は誰も残ってはいなかった。



 この裁判は元々、勝てる見込みはゼロだ。

 どれだけ口頭弁論で証拠を出そうが、裁判官側が認めなければ有罪となる。これが民事裁判の悪いところらしい。

 買収されている裁判官は楽しいことだろう。

 目の前で必死に説得しようとしている奴の、高みの見物が出来るんだから。

 もし、裁判官側が訴えられたとしても、法廷内での証拠が無い。それどころか、『裁判の判断は裁判官に任せる』と法で書かれているんだからな。

 俺の場合、『法廷内での行動があまりにも不適切かつ不愉快』、『暴力的で態度も悪かった』為、今回の裁判は負けたらしい。ただ、座っていただけなのに。しかも、負けた理由が『態度が悪かった』って、子供か?一応、伸二さんに聞いてみたが、法の内容的には合っているらしい。実際に、こんな使い方をされているのを見るのは、初めてだったらしいけど。

 隣で車を運転する伸二さんの顔を見ると、酷くやつれている。当たり前だ。毎日毎日、俺の為に動いてくれているんだから。だから、だから仲間が必要だと判断して、たくさんの人を頼った。しかし、協力者は0。

 俺がさっさと土地を渡せば良かったのか。俺が伸二さんを後見人に選ばなければ良かったのか。俺が流也を殺さなければ良かったのか。

 色々と考えてしまう。

 だから、決めた。これ以上伸二さんを傷つけない為に。

 これは、あくまでも戦略的撤退。


 「もう、良いよ。」




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