第98話 卑劣


 「俊隆!!例の書類はちゃんと持ったか?ちっ、こんな時に限って赤信号に引っかかる!!」


 伸二さんの焦った声を聞きながら、車の中でスーツに急いで着替える。

 ネクタイなんて数回しか結んだことが無いから、結構手こずっている。俺が居た学校は学ランだったからな。


 「クソが!!これは、あいつらが仕掛けたに違いない!!人でなし共め!!っと、汚い言葉を使って悪いな。」


 「いや、俺も同じ気持ちですよ。本当に両親と同じ血が少しでも流れてるのが不思議ですよ。」


 俺達がここまで焦っている理由は、今日の配達物にあった。


数時間前


 「今日の新聞、届くの遅いなぁ。道でも混んでんのか?」


 毎日毎日、届け物をするたびに、家の周りに居るマスコミ連中からの視線が嫌になって、仕事を辞めた可能性もあるけどな。

 一階の家の窓から外を覗いていると、バイクに乗った配達員が来たのが分かった。

 伸二さんもそれに気が付いたのか外に出て行き、配達員から直接荷物を受け取り、家の中に戻って来た。


 「今日の新聞と水道料金の明細だな。これは、何処からだ?」


 宛名の無い大きな茶色の封筒を開け、中から複数の書類を取り出し、伸二さんが確かめている。


 「俊隆!急いで裁判所に向かう準備をしろ!!早く!!」


 突然顔色を変えたと思いきや、焦ったような表情をしている伸二さんを見て、ただ事ではないことは分かった。

 急いで部屋のクローゼットからスーツと革靴を取り出し、着替えようと思ったが、そんな時間も無いらしく、急いで伸二さんの車に乗り込んで、現在に至る。

 出発してから、靴下を履いていないことに気付いたが、些細なことだ。


 「それで、今日が民事裁判の日だって連絡が一度も無かったんですよね?」


 「ああ。裁判所の方には、連絡があれば弁護士事務所の方に送ってくれと頼んだ筈なのにな。そもそも、民事裁判が午前9時から始まることなんて、滅多に無いぞ!!どうなってんだ?」


 あまりの緊急事態に、伸二さんも混乱しているようだ。まぁ、裁判当日に、裁判の日程表とかが送られてくるなんて、意味が分からないもんな。


 「どう考えても、弁護士又は裁判官、もしくはその両方に敵が居るかもしれないな。これは・・今回の裁判、一筋縄ではいかないぞ!!!」


 どれだけ俺達を振り回せばいいのか。味方は0。裁判所に間に合うか分からない。他にも財産を狙う奴らは居て、次々に怪しい奴らが現れる。

 本当に嫌になってくる。


 「そう言えば、刑事裁判の方は完全に終わったんですよね?」


 「そうだった!証拠不十分で不起訴となったから大丈夫だぞ?と言うか、もう目の前だから降りる準備しておけ!!」


 車に備え付けられた時間を見ると、『8時50分』となっており、ギリギリ到着しそうだ。法定速度もギリギリだけど。




 



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