第62話 過去②

 目の前の惨状が理解できず、頭が真っ白になった。


 「ぉう。俊隆、帰って来たのか。いいか、そこから動くなよ?」


 掠れた低い声で言った後、母さんの背中から包丁を抜き片足を引きずりながら、こちらに向かってくる。


 「なんで・・どうしてだ・・・」


頭が真っ白にな状態で、なんとか発言出来た言葉だった。


 「どうしてって?そりゃあ、お前の親父が妬ましかったからだよ!俺よりも後から会社に入った癖にどんどん成り上がりやがって、調子に乗り過ぎなんだよ!!!毎日毎日幸せそうで良いよな!!こっちの気も知らないで惚気話を聞かせてくるしよ!!だから壊してやったんだよ!!!少しくらい絶望ってのを味わってほしくてな。まぁ、最後のあいつはちょっと面白かったぜ?『子供達だけは止めてくれーー!!』って叫ぶ姿が情けなかったwあまりにもうるさかったから、静かにさせてやったけどな。」


 目の前のこいつが言っている意味が分からない。

 成り上がる?親父は毎日、家に帰って来てからも最新の建築技術や海外の建築スタイルなどについて勉強してたんだぞ?努力の結果だろうが!!

 幸せで何が悪いんだよ。別に贅沢な暮らしをしてた訳じゃないだろ!


 「桜ちゃんも、もうちょっと大きくなってたら俺好みの女の子だったんだけどなー。流石の俺も、小学6年生に欲情はしないからな。本当に惜しかった!それにしても、仁美さんも惜しかったな。桜ちゃんを庇ったせいで、死んじゃったんだから。泣き喚くガキを片付けてから、頂こうと思ったのによ!!!」


 目の前まで歩いてきてそう言うと、俺の腹目掛けて包丁を刺してきた。

 俺は慌てて躱そうとしたが、包丁はそのままお腹の左側に刺さり、俺は膝を付いた。


 「はっ!お前の親父が居なくなれば、俺が成り上がれる!さっさとこの家に火を付けて撤収するか。」


 そんな中俺は、膝を付きながら自問自答していた。

 何でだ?普通に生活してただけだろ?もうちょっと早く帰って来てたら助かったのか?俺が悪い?何で?何で?なんで?なぜ?どうれば良かった?

 母さんと桜の顔はここからだとよく見えないが、親父の顔だけは見えた。

 とても悲しそうな、苦痛を帯びた表情だ。


 「っと、撤収する前に、結局家族を守れなかっな隆弘!!!!」


 こいつは親父の亡骸を蹴り始めた。顔を踏んだり蹴とばしたり。目の前の行為を見た俺の何かが失われていく。


 「あー、スッキリした!っと、ガス栓も開けとかないとな。」


 背中を向け台所に向かうこいつを見ながら、俺は自分の腹に刺さった包丁を抜き駆け出す。


 「っ⁉おい!!止めろ!!」


 下半身に向けてタックルした後、倒れたこいつに馬乗りになり、包丁を腹に突き刺し続けた。


 「っぎゃあ⁉っ止め!止めろ!!」


 うるさい。そう感じた俺は頭を押さえ喉に包丁を突き刺す。何度も何度も。

 声が出せないまま暴れる体を押させ、また包丁を腹に突き刺す。

 腹から腕に、腕から首に、首から背中に。

 刺して、刺して、刺して、刺し続けた。

 とっくに死んでいるのを理解しながら。


 約3時間後、父さんの会社の同僚が訪ねてくるまで、刺し続けた。

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