第19話 縁の響宴⑦

 1.



 電源室は電力供給も安定し、室内で奮闘していた工区の民やクロッセ達も状況確認用の小さなモニターだけでなく試合を観戦できるようになってきていた。

 手伝ってくれていたトーマも観客席へと観戦に行ってしまった。

 保守点検要員を残してクロッセはモニター室へと移動しようとする。大型スクリーンや照明を管理している部屋だが、ここも老朽化した機器を復活させているため、電源室に劣らずトラブルに見舞われ、クロッセは何度も配転室から呼び出されていたのである。

「ねぇ、クロッセ」

「うん? どうしたソール?」

 普段であれば保守管理に頭が行きがちだったが、電源室に集まった者達による作戦会議がクロッセの頭を悩ませていた。現実的な話がなかったわけではないが、大半は興味本位からか、好き勝手言われていたような気がする。

 頭の中がごちゃごちゃして整理が付かない。

 シェラには会いたい。

 会いたかったけれど、何を話しすればいいのか相変わらずよく判らず、ただ沈黙の中にいるのがもどかしすぎた。

 考え出すと悶々としてしまい動けなかった。

「クロッセは姉さんのことをどう思っているの? やっぱり告白するの?」

 ソールは並んで歩くクロッセに訊ねるのだった。

 まさにそれは不意打ちを食らったようなもので、クロッセは咽て咳き込んでしまう。

「何か変なことを訊いた?」

 うまく話せないクロッセをソールは不思議そうに見つめる。

「ど、どうって……どう?」

 なおも咳きこむクロッセの背中をソールは隣で、さするのだった。

「何かみんなが、いろいろと考えてくれているのを、クロッセはどうでもいいように見ていた気がするから」

「あっ、あれは、その、どうも自分じゃないような気がして、からかい半分に言っているんじゃないかと思えてさ……」

「そう? トーマ先生も工区の人も結構、真剣に考えてくれていたよ。ぼくもね」

「そ、そうかい」その眼差しにクロッセは慌ててしまう。「で、でもね。あんな台詞はぼくじゃないよ」

 熱烈な言葉もさわやかな笑顔も今の自分からは程遠い。

「そうなんだ。もうやることは決まっているんだ? 余計なことだった?」

「そうじゃないけれど……」

「じゃあはどう言うつもりだったの?」

「ど、どうって……」

「その前に姉さんのことをどう思っているの?」

 その問い掛けに顔を真っ赤にしながらジタバタとしてしまうが、ソールの真剣な眼差しに、ため息をつき頭を掻くしかなかった。

 咳払いし、深呼吸するとようやくクロッセはソールの目を見て話すのだった。

「好き、だよ」

 その瞬間、息が止まるほど背中を叩かれた。

 クロッセは再び咳きこむ。

「ああ、ごめん」

「なんなんだよ?」

 クロッセは涙目だった。

「だってクロッセがハッキリしないから。本当に姉さんのことをどう思っているんだろうって思ってしまうんだよ」

「そ、そんなに、変だったかい?」

「周りが騒ぎ過ぎかなって気もするけれど」

「そうだよなぁ。特にエアリィが」

「でも、エアリィが一番姉さんのことを考えてくれているはずだよ」

「そうだろうか?」

「クロッセは判らなかった? ぼくはエアリィに怒られたよ」

「な、なんで?」

「姉さんの幸せを本当に考えているのかって」

 少し自嘲気味にソールは笑った。

「すごい怖い目で睨まれて、張り倒されそうな勢いだった」

「あ~っ、あいつは本当に怒ると怖そうだからな」

「本当に怖かったですよ。それでも考えさせられましたよ。ぼくのこととか、いろいろとね」

「そうだな……、それでもあいつはお節介すぎるけれどな」

 クロッセの言葉にソールは苦笑する。

「放っておけないのでしょう。みんながみんな幸せになれればいいんですけれどね」

「それが理想だけれど、現実にはね」

「難しいですよね」ソールも頷く。「ぼくは姉さんが好きだ。だから誰にも姉さんは取られたくない」

「お、おい」

「判っていますよ。姉弟ですからね。でも誰よりも強く想う気持ちは譲れません」

 ソールは力強く言うのだった。

「姉さんが幸せなら、姉さんを幸せにしてくれるのなら、ぼくはその人を応援します」心の中では相反する心がせめぎ合う。「ぼくは、ぼくの道を行きます。だからクロッセが姉さんを幸せにしてあげてほしい」

「おっ、おっ」

 口をパクパクしながら自分を指さすクロッセにソールは頷く。

「大真面目な話ですよ。ぼく自身の道を行くことが姉さんの願いであり想いだったら、姉さんのかたわらにいて姉さんを幸せにできるのはクロッセしかいない」

「だから、なんでそうなるんだよ」

「悔しいけれど、姉さんが一緒にいて一番嬉しそうにしているのは、クロッセだもの」

「ほ、本当にそう思うのかい?」

「それは姉さんに訊いてください。ぼくが答えても意味はないでしょう?」

「い、いやそうなんだが、やっぱり自信がね……」

「誰だって、そうですよ。そんな自信のある人の方が胡散臭い」

「じゃあ、エアリィは?」

「彼女が自信を持って言うのは自分の能力に関してだと思う。それに判らないから全力でぶつかっていくのがエアリィだから、けっして自信があるわけじゃないと思う」

 確かに態度はでかいけれど、とソールは苦笑する。

「よくみているな」

「クロッセ、ぼくからのお願いです。どんな形であれかまいません。姉さんが好きなら、その想いを伝えてください。言葉にして」

 ソールはクロッセに頭を下げる。

 彼は、それに頷くしかなかった。どうしても自信はなかったけれど……。


「いやぁ、ボクまでお招きいただいて恐縮です」

 トーマは笑顔を振りまきながら、周囲の人々に挨拶する。

 楽しそうだった。

 個人戦が終わり、その表彰式も済んだ後、団体戦が開始されるまで一時間ほどインターバルを設けることになった。

 その時間を利用して観衆も選手もスタッフも昼食となったのである。

 五家の好意もあり、ホールのステージも解放され、思い思いの場所に陣取り、シートが広げられ即席の昼食会が始まる。

 五家の承諾を得るとエアリィはシュトライゼと共に特権を利用して、ステージを独占するのであった。

 マーサとフィリアには連絡済みで、決勝が終わるとすぐに館の面々は移動し、準備を始めていたのだった。

 少女はマサや親方に声を掛け、その家族も全員招待する。

 シュトライゼやベラルといった主だった面々を引き連れて来た時には宴の用意万端だった。

 クロッセもきて、ソールがトーマを招く。

 港湾や工の地区の面々も顔を出し、シェラが来るころには五十一区から応援に駆け付けた者達も一緒になってステージ全体にシートを広げていたのであった。

 いつしか、そこは多種多様な職種や地区の社交の場となっている。

「誰もあなたを招いてないわよ。ソールに勝手についてきただけでしょう」

「エアリィ、いいじゃないか」

「誰もダメだとは言ってないわ」

「よ、よかった……」

 ソールは少女の言葉にホッと胸をなでおろす。

「歓迎していないけれどね」

「まあまあ、そこはボクに免じて」

 トーマは陽気に笑いかけるのだった。

「よけいなことしたら、はりたおすだけではすまないからね」

「肝に銘じます」

 恭しく礼をするトーマだった。

「へぇ、あんたが、シェラちゃんにプロポーズしたっていうヴィレッジさんかい?」

 ハーナが声を掛ける。

「奥様、トーマとお呼び下さい」

「いい男だねぇ」

「おい!」

 マサが酒を吹き出す。

「あたしだって、あと十年若けりゃねぇ」

「十年若くたって、ババアには変わりねぇだろうが」

「うるさいわねぇ! なに焼いてんのよ」

「誰がだよ」

 酔ったせいもあるのか、マサの顔はハーナに言われて赤かった。

「熱烈な歓迎ありがとうございます。ですがボクのためにケンカはおやめ下さい。ボクは皆様のそのお心遣いが嬉しい。傷心の心を癒していただいております」

 無駄にさわやかにトーマは笑顔を振りまいてエアリィはげんなりする。

「それにしても、下町だけでなくヴィレッジまで訪れるとは、エアリィ嬢の人望は凄いものですな」

 シュトライゼはベラルに言う。

「本当にうらやましいかぎりよ」

「この男は勝手についてきているだけですから」

 少女は突き放すように言うのだった。

「そう邪険にするでない。人に好かれるということはいいことではないか」

「それほどいうのでしたら師に差し上げますよ。煮るなり砂に埋めるなり好きにしてください」

「だそうです。どうしますベラル師?」

 トーマはベラルに笑い掛けた。

「私はどうもしないよ。トーマ君も何か思惑があってのことだろう?」

「心外ですねぇ。今回はアームレスリングというものを楽しみに来ただけですから」

「今回はね」

 少女は皮肉たっぷりに言うのだった。

「気にするでない。ひとえに人を引きつけてやまないのはおぬしの魅力であるのだからな」

「そうだ。そうだ」

 親方と工の頭が声を上げる。

 祝宴を上げ、酒を酌み交わしては、かなり盛り上がっている。

「そんなに飲んでしまっていいのですか? このあとに団体戦があるのですよ?」

「大丈夫だって、こんなの水みたいなもんよ」

 親方が言うと工の頭も頷く。

「エアリィ、気にしないでください。この人はこれくらい当たり前ですから。陸に上がれば、ただのろくでなしな親爺に過ぎませんからね」

 シルバーウィスパーの主計を担当するローゼは辛らつに言い、ケリオスもそれに同意する。

「昨日の敵は今日の友ってね」

「『強敵』と書いて『友』と呼ぶという、というのもありますよ」

 アベルが言うと、ケリオスは頷きながらマサと父親を見て話しを始めた。一番弟子と副長という立場から通じ合うものがあるのかもしれない。

「昨日も今日もなく、意気投合しすぎよ」

 少女は仲良くしてもらいたいとは思っていたが、それ以上に息が合っている二人に呆れるのだった。

「それにしても凄い人だな」

「輪が広がっていますね」

 初めは、港湾や工区の主だった面々と、シュトライゼやベラル達だけだった。

 それに五十一区の人々が加わり、商区や港湾関係者、工の民など様々な人がやって来るようになる。

 元々、わけ隔てなく接する人々の集まりであるので、誰が来ても熱烈な歓迎をしていた。

 いつの間にか広げたシートがロンダサークの外壁のようにステージの周囲にも広がっていく。

「ここには壁はないのだな」

 自分達で用意した弁当を広げている家族もいれば、外の露店や出店から調達した店屋物を広げスタンドに座る者達もいる。

 そしてあの熱戦を見た後では、誰もが気持ちが高揚しているといってもいい。

「命の泉はその中心にあるということですね」

 シュトライゼとベラルの視線の先には少女の姿があった。


「あの、シルバーウィスパーの親方、よろしいですか」

 おずおずと声を掛ける家族がいる。

 親方が顔を上げると港湾で見かけたことがある男だった。

「なんでぇ?」

「よ、よろしければこの子を抱いてもらえますか?」

「俺にか?」

 親方は素っ頓狂な声を上げる。

 聞けば、その男の地区では願掛けに強い者に子を抱いてもらうと、その子も健康で達者に育つというのである。

「まっ、まあいいけどよ」

 はやし立てられながら親方は立ち上がる。

「俺は二番だぞ? それでいいのか?」

 さすがにヴェスターには声を掛けづらかったのだろう。男は何度かヴェスターの方をチラリと見ていたのである。

 親方は男の後ろにいた奥方から恐る恐る子を受け取るとおっかなびっくり子供を抱きかかえるのだった。

「おいおい大丈夫なのかよ」

 マサも立ち上がると、おれもと言いながら親方から赤子を取り上げる。

「ひ、久しぶりなんだからしょうがねぇだろうが」

「もう少し小さい声でしゃべれ、子供がビックリするだろうが」

「ずいぶん慣れてんじゃねぇかよ」

「こちとら孫もあやしているからな」相好を崩しながら親方は子供をあやす。「可愛い子じゃねぇかよ」

「あ、ありがとうございます。工の頭にまで抱いていただけるなんて」

 両親はマサに頭を下げるのだった。

「いいってことよ。おい、ヴェスターの旦那!」

 マサは近くにいたヴェスターに声を掛けると、彼にも赤ちゃんを渡そうとする。

 その成り行きに声を掛けた夫婦も驚くばかりだった。

「どうせなら、優勝したヴェスターの旦那にも抱いてもらわなけりゃいけねぇよな」

「ふん、次に勝つのは俺だぜ」

「確かに、今回は譲ったけれどな」

 ヴェスターはマーサに言われるまま子を何とか抱くことができた。

 ハーナや他の奥方達もそれを覗き込む。

「こんだけ人が来ても笑ってやがる。それにこの三人に抱かれりゃ、将来大物になるぜ」

 マサとコードイックが請け合うのだった。

 それを皮切りに親方をはじめ、工の頭の元を人々が訪れ始める。

 三人に子を抱いてもらう家族もいれば、祝福に訪れ、差し入れを持ってくる者達もいたのである。

 遠巻きにヴェスターを見ている子らも多くいた。マーサがそんな子供達を手招きすると、おずおずとヴェスターの元にやってくる。彼もその子らに応え頭をなでたり握手をしたりしている。

「お館様も人気者ですね」

「子供達には好かれているようだな」

 戸惑いながらヴェスターは子供達に応える。

 なかにはヴェスターに挑戦しようとする子もいた。

 屈託のない子供達に思案気だったヴェスターを見て、親方やマサが助け船を出し子らの相手をするという一幕もあった。

 ホールに来た者達はいつしか列をなしてステージへとやって来るようになったのである。

 さらにはパサドやケリオスに差し入れを持ってくる人々もいた。特にケリオスは女性からサインをねだられたりしている。

 ステージがいつしか社交場となっていくのだった。


 本来なら遠慮しがちである五十一区の面々をステージにまで引っぱり出したのはエアリィだった。シェラやパサドを呼ぶことで彼らもステージにあげたのである。

 奇異な目で見られこともあったが、ベラルやシュトライゼがいることで、公然と異を唱えるものはなかった。そこにヴェスターがいて館の者達と五十一区の人々が仲睦まじくしているのである。

 さらには港湾や工の民もいて普段なら縁もゆかりもない者達が親睦を深めているのであった。多くの人々からすれば不思議な光景だった。

 大会が進むにしたがって風向きは変わって来ていた。

 それを彼らも肌で感じ始めている。

「パサド、おめでとう!」

「頑張ったな、三位だぞ、三位!」

「すまない、みんなに応援してもらったのに勝てなかった」

「なに言ってんだよ。おまえは俺らの誇りだよ」

「本当にか?」

「あったり前だろうが、優勝したヴェスターの旦那から一本取ったのはお前だけなんだぞ」

「みんなが応援してくれたからだ。俺に力をくれた」

 パサドは涙ぐむ。

「お前の頑張りが俺らに力をくれたんだぞ」

 その言葉に全員が頷く。

「そんなことない。俺の方が……」

 あとは言葉にならなかった。

 涙を流し、喜びあいながら彼らは励まし、肩を叩き合うのだった。


「本当に凄いですね」

 シェラはフィリアからイクークの揚げ物とパンを受け取りながら呟く。

「なにを言っていますか、シェラ様だってすごいじゃないですか。織物展で優秀賞ですよ」

「そうだ。そうだ」

 フィリアの言葉に周囲から声が上がり、ステージに居合わせたもの全員がシェラを祝福する。

「大先生、シェラちゃんに何か言っておあげよ」

 やんやの喝さいが起きる。

 はやし立てられ、周囲に強く促されクロッセはのろのろと立ち上がる。

 シェラとは人五人分くらい離れたところに彼はいた。

 近いようで遠い距離だった。

「……えっと……その……」誰が始めたか手拍子が加わっていく。「おめでとう」

 そう言って、すでにシェラに伝えた言葉だと気付き頭を抱えそうになる。

「ありがとう」

 それでもシェラは最上の頬笑みで答えてくれる。

 その笑顔に見とれ何も言えなくなってしまうクロッセだった。

「それで終わりかぁ!」

「もっとないのかぁ!」

 クロッセは周囲の声に顔を真っ赤にしてしどろもどろになってしまう。

 その様子をもどかしげに少女はチラリと見ると、小さく鼻を鳴らしたのだった。

「そういや、あなたの方はどうだったのよ?」

 少女はトーマに話を振る。

「シェラさんとのことですか? あえなく玉砕ですよ」

「それはご愁傷さま」

「でも、シェラさんはこの服をくれたのですよ。似合います?」

「ヴィレッジなんかに見えないね」

 奥方達は口々に言うのだった。

「嬉しいですねぇ」

「あんたもこっちに越してきたらどうだい?」

「それはクロッセ君にお任せしますよ。彼と同じことをやっていては、そこのお姫様に嫌われてしまいますからね」

「何だいエアリィちゃん目当てなのかい今度は?」

「それだったら、お断りよ」

「あらあら、盛大にふられちゃったね」

「二連敗ですか、誰か慰めくれる人はいませんかね」

「じゃあ、こっちにおいでよ」

 工区の奥様方の輪に招かれていくトーマだった。

「で、大先生の方はどうなんだよ? 結婚する気はあんのかよ?」

「あ、ありますよ」

「ほお、相手は誰だよ?」

 勢いで答えたものの、その突っ込みにクロッセはタジタジになり、シェラの方を見ると彼女と目が合う。

 さらに心臓の鼓動が大きくなったような気がした。

「ボクで~す!」

 トーマが立ち上がり手を上げる。

「だ、誰がお前と!」

「あらあら残念ね、三戦全敗ね」

 しょぼくれるトーマに少女は追い打ちをかけるように言うのだった。

「ボクとのあの約束は何だったの?」

「何にもお前となんか約束なんかしていない! いい加減なこと言うな、トーマ!」

 トーマとクロッセの掛け合いにステージは沸き立つのだった。


「あっちは楽しそうですね、兄貴」

「ふん。浮かれたいやつは浮かれさせておけ」

 イクークの塩焼きを頬張りながらスレダスは最上段の席からステージを見降ろしていた。

「今度は五家のお歴々が登場ですよ」

「俺には関係ねぇよ。それに次にあの中心にいるのは俺だ!」

「確かにあの優勝旗はかっこよかったですからね」

 紺色の下地に金色の刺繍によって文字が浮かび上がり、七色の帯が彩りを添えている。その旗は十キロほどの重さがあるという。それと名が刻まれた銀色の盾を片手でそれぞれ持ち上げた優勝者はステージで一番輝いていたといってもいいだろう。

「あいつらに預けているだけだ」

「さすが兄貴っす、そうこなくちゃ」

「だがその前に団体戦で、あのオヤジどもに雪辱だ」

 個人戦での活躍もあり、団体戦で農区のメンバーに抜擢されたスレダスは、イクークを串ごと噛み切りそうな勢いで呟くのだった。



 2.



 団体戦は予定よりもさらに遅れて始まった。

 休憩中にステージへと訪れる下町の民は途切れることなく続いたからである。

 当初は商区も交えて四チームでおこなわれる予定であったが、港湾地区と工の民、農区の三チームで争われることになった。

 元々、商区は急増チームで間に合わせのような者の集まりで、まともに団体戦で戦えるのはヴェスターくらいしかいなかったのである。今回時間がずれこんだため、当初の計画から三チーム総当たり戦に変更し、その中で一番勝ったチームを勝利チームにすることにしたのであった。

 コードイックはヴェスターとの再戦を望んでいたため、この決定には落胆したが、ヴェスター自身が次も大会が開かれた時には必ず出場し再戦することを約束するのだった。それで親方も納得し団体戦がスタートする。

 この時の港湾チームはドリームチームともその後、呼ばれるようになる。シルバーウィスパーの船長であり親方、コードイックとその息子であり副長のケリオスや港湾市場の監督バルドーと五十一区の代表パサドといったアームレスリング上位進出の常連が名を連ねたのである。

 大会が形を変えて翌年以降も開かれることになるが、地区同士での対抗戦となり、港湾でチームが結成されることは無くなったからである。

 工の民も農区もマサやスレダスが善戦したが、圧倒的な力で港湾チームが勝利した。

 コードイックの歓喜の咆哮でロンダサーク史上初めてのアームレスリング大会は幕を閉じるのだった。

 外は夕暮れが迫っており、その残滓を感じながら人々は会場をあとにすることになる。



 行くは 風

 立ちはだかるは 砂の大地

 叫ぶは 我ら

 果てから果てへ

 時よ 忘れるなかれ

 歩は 我ら

 見よ 人の子ら

 触れる砂は熱くたぎり

 感じよ 風の子ら

 地の鼓動を

 光とともに掴め

 星の世界を



 少女はホールの天井を見上げる。

 カクテルライトがまぶしく輝いていて、瞼を閉じるとその残像が様々な色と形になって残った。

 ステージやホールでは撤収の準備が進められている。

 運営委員だけでなく有志で様々な人が手伝ってくれていた。

 少女はステージから今度はホールを見回す。

「あんなに人がいたなんて信じられない」

「終わって見るとあっけないもんだな」

 工の頭が言う。

「こんなに広かったんだよね」

 少女は両手を広げても抱えきれないほどだという。

「そういやあん時も同じようなこと言ってやがったよな」

「そうかもしれません。楽しくて、楽しくて、それが終わってみると、心の中に何か穴が開いたような、隙間が開いてしまったような気がします。ここが人で埋まっていたことが夢だったような感じがして信じられない」

「なに言ってんだよ」

 工の頭は少女の頭を二度三度軽く叩くのだった。

「これで終わりじゃねぇんだぞ」

「そうだ、そうだ」

 この声に親方や周囲の人達が頷く。

「お嬢はこれで終わりのつもりか?」

「えっ?」

「なに変な顔してやがる。次もやるんだろう? おれは負けっぱなしじゃ面白くねぇからな」

「次に勝つのは俺だって」

「うるせぇ、団体戦に勝ったからって調子こいてんじゃねぇぞ!」

「だれが! 俺だって次はヴェスターの旦那に勝ってやるんだからよ」

 親方と工の頭が言い合うのを少女は眩しそうに見つめる。

「次か……」

 少女は思う。

 自分に次はあるのだろうか?

 キャラバンを下ろされロンダサークに残されて気が付けば半年が過ぎている。一日一日が長く遅く感じられた初めの頃に比べると時間の進みが早い。

 不思議な感覚だった。

「この大会は終わったが、宴はまだまだ続くのだからよ」

「そうでしたね。そちらの方がマサさんには楽しみなのではないですか?」

「何だって、楽しみよ」

 マサに促され、少女も手伝いに戻っていくのだった。


 ヴェスターは団体戦が始まると館の使用人達とともにシュトライゼ・グリエの屋敷へと向かっていた。

 大会スタッフや協力者達の慰労も兼ねた打ち上げと祝賀会をおこなう準備のためであった。もっとも現場の指揮はマーサが取り仕切る形で進められ、手の空いた主婦らが料理を手伝ったりしてくれていたのである。ヴェスターは屋敷の鍵を託されだけという見方もあった。

 グリエの家は代々商区へ店を構える大店の家柄であったが、シュトライゼの代になり、店の権利は他店に売り払い自らが立ち上げた商工会の顔役に収まっていた。それでもグリエ邸はそのまま残していて、始まりの地に近い地区にあり五家と並び大きな邸宅であった。広い中庭を持つ下町では数少ない屋敷でもある。

 彼に身内はなくこの広い邸宅にいることは少なく、館を管理する下働き者達だけが日々通うだけだった。

 商家達のサロンとしても使われてきたホールは今回打ち上げをするにはうってつけの場所であったが、屋敷を開放するのは久しぶりであり、人手もないことからシュトライゼはヴェスターに協力を依頼していたのである。

 食材など必要なものは大会会場へ行く前に調達し準備していた。

 それ以外にもベラルや港湾の監督からも差し入れがあり、予算以上に豪華な宴となる。マーサは食材と格闘ながら喜々として準備を進めていく。

 日も暮れた頃に運営を実質的に取り仕切ったフタヒラをはじめ商工会事務局の面々が現れると準備できた料理からテーブルに並べていくのであった。

 会場の設営を担当してくれた工の民が招かれ、さらに農区の代表や織物工房長はじめとした大会協力者も顔を出し、工の頭や港湾監督、親方などといったそうそうたる面子が顔をそろえる。

 長老会ですら滅多に顔を合わせることのない豪華な顔ぶれであったとされている。

 シュトライゼは集まった人々を前にして大会の成功とスタッフへの慰労の言葉を伝える。

「それではこの大会の発起人であり、運営を導き、地区や職種、多くの壁を越えてこのような下町の顔ともいえる面々を集めてくれた最大の功労者に挨拶をしていただきましょう」

 そう言ってシュトライゼはエアリィ・エルラドの名を呼ぶのだった。

 人の中に隠れていた少女は周囲の拍手とともに姿を現す。シュトライゼのいる壇上への道が航路のように開けられる。

 当然、少女は抗議した。

「大会の運営をしたのはシュトライゼさんでしょう。あたしじゃない!」

 抗議する少女の背を誰かが押す。するとまた別の誰かがそれを引き取り前へと押し出していく。

「あなたが企画したことです。それにあなたでなければ、このような面子は集められなかった」

「そうだ。そうだ。シュトライゼの野郎からだったらおれは絶対に出ねぇぞ!」

「工の頭、それは、それで傷つきますね」

「本当のことだろうが」

 マサの突っ込みに笑いの渦が巻き起こる。

「俺も勝手にやってろって言って漁に出てたぜ」

「私も出ることはなかったでしょうね」

 ヴェスターも同意する。

「壁を越えてこのように人が集まったのはあなたがいてくれたからなのですよ。エアリィ・エルラド」

「長老会も五家も出来なかったことをおまえはやったのだよ」

 ベラルが言う。

「工の民の協力も港湾や農区、織物区の助力もなかったことでしょう」

「半分はシュトライゼさんの人脈ですよ」

「わたくしのはあなたのような人望ではありません。切り札ともいえるものをかなり使わせていただきましたから」

「洒落になってねぇぞ!」

「でも本当のことです」織物工房長は真顔で頷く。「グリエにはだいぶ乗せられてしまいまました」

「ご不満でしたか?」

「いいえ、面白かったわ」

「そういうことです。わたくしはエアリィ嬢の考えることが面白いと感じました。そしてそれにのっていただける人々も楽しんでいただけると判っていましたから、こうしてお誘い出来たのですよ」

 シュトライゼが目を細め見つめる。そして周囲からの期待の眼差しが痛かった。

「わかりました」

 少女は諦め顔でため息をつくと壇上へ上がった。

 誰もが少女を注目している。その顔は優しく笑いかけているようにも見えた。

「これを夢物語だという人が多くいました」少女は吐息とともに言った。「でもあたしはできないことはないと知っています。これは確かにあたしがきかっけかもしれませんが、もともとはひとつのオアシスなのです。あたしがいなくてもまとまっていたはずなのです」

「そんなことねぇぞ!」

「誰もが思い描いても、それを実行できるとは限らない」

 マサの声にベラルも頷く。

 それでも少女は続けた。

「どんなに普段がバラバラであってもたどりつく先は一緒なはずです。誰もが笑い誰もが幸せでありたいという気持ちは同じでしょう? あたしが考えたこと以外にも道はあるはずです」

「ですが、初めて進むべき道を示してくれたのはエアリィ、あなたです」

 シュトライゼの言葉に誰もが頷いていたようである。

「これが終わりではありません。もっと道を探したい可能性を見つけたい。始まりにしましょう。さらに前に進むためにともに考えましょう」

 少女はいったん言葉を切る。

「それがあたしの願いです。そして今日はありがとう。あたしも楽しかったです!」

 深々とエアリィ・エルラドは頭を下げるのだった。

 少女が笑顔で顔を上げるとシュトライゼから果汁の入ったグラスを渡される。

「それではみなさん、今日はお疲れさまでした!」

 シュトライゼが音頭をとりグラスを高々と上げるのだった。

 乾杯の声が上がり、そのあとに大きな拍手と歓声が沸き起こる。

 少女はその様子をぼんやりと眺めていた。


 少女は輪の外からそれを見ている。

 壁に寄りかかりグラスを口にしているが、中味は減っていなかった。

 マサとコードイックが楽しそうに酒を酌み交わしている。あの二人なら気が合うだろうと思っていたけれど、すっかり意気投合している姿を見ると驚きでもあった。彼らの周囲には笑いが絶えない。

 宴の光景は強い日射しの中にいるように形が定まらず、輪郭が揺らいでいるようにさえ見えてくる。

 この情景が蜃気楼であるかのように。

「どうした。疲れたかね?」

 いつの間にか傍らにはベラルが立っていた。

 彼もいつも以上に微笑んでいるように見える。

「そうかもしれません」

「お主らしくないな」

「あたしらしくないですよ。あたしらしくないことをしてしまいましたから」

「そうか?」

 意外そうな顔だった。

「あたしらしくないではないですか」

「どこがだろう? お節介なお主らしいやりかたではないか」

「いらぬことに口をはさんでしまっています」

「当人達にもどうにもならぬことはある」

「それにあたしはトレーダーです。オアシスのしきたりもなにも知らない」

「知らずとも出来る。これは根本的なことであるからな。それにここには壁は存在しているだろうか?」

 ベラル師は目の前の光景を指し示す。

「ないと思いたいです」

「そういうことだ。もし壁を生み出しているのだとしたら、それは人が勝手に生みだしてしまったことなのだろうよ」

「どういうことです?」

「今のお主のようなものだよ。自分は異邦人だ、自分は孤独だと思い込み、関係ない人間だと自分を納得させようとしてしまう。今までのお主を思い返してみるがいい。心を開き受け入れた時どうだったかを」

「ああ、そうでしたね」

 五十一区の人々、マサや工の民、シルバーウィスパーの乗組員と港湾の関係者達の姿が思い出される。

「師はすごい。なんでもお見通しだ」

「そんなことはない」ベラルは首を横に振る。「日々、教えられる」

「師でもそうなのですか」

「当たり前だ。未来の指導者よ」

「指導者? だれがです?」

「お主を置いて他におるまい」

「あたしはそのような器ではありません」

 少女は何を言っているのだという目でベラルを見る。

「それでもお主は走り続けるのであろう?」

「後悔したくないから」少女は力強く頷く。「そしてあたしがあたしであり続けるために!」

「誰だって自信を持っているやつはおりはせんよ。それでも前を向いて、未来を見せることができるからこそ、人々は集い、ついていくのだよ」

「あたしのは、ただのわがままですよ」

「そういうことにしておこうかのう」

「ふくみのある言い方ですね、師よ」

 少女の言葉にベラルは微笑むだけだった。

 ヴェスターが少女の名を呼ぶ。

 ベラルを見ると彼は頷き、背中を押した。少女は少し照れたように笑いながらその輪の中に駆けよっていくのだった。

「今に判るさ」

 眩しそうに少女の姿を見つめベラルは言うのだった。



 3.



 シェラはひとり喧騒を離れ中庭にいる。

 火照った身体を休めるためだった。

 今は使われていない噴水の縁に腰を下ろすと真っ暗な空を見つめ、空の噴水から水をすくい上げるようにシェラは左の手を差し上げる。

 その姿は精霊の巫女の祈りの姿だった。

「ねぇ、クロッセ。あの向こうには何があるのかしら?」

 シェラは手の先の天を見上げ、もう一方の手を胸に当て、祈りの姿のまま声を掛ける。

 彼女の後ろ、柱の影からクロッセは姿を現す。彼はしばらく前からその場でシェラの姿を見つめ続けていたのである。

「青い空と星の空かな。エアリィの話だと」

「もし本当にそうだとしたら、どんなふうに見えるのかしら?」

 想像もできないとシェラは小さく笑った。

「そうだね」クロッセは肩をすくめる。「それよりもどうして僕がいると?」

「なんとなく。あなただといいなと」

「それは嬉しいな」

「だって、あなたは……」

 そこでシェラは言葉を飲み込んでしまう。言葉を続けるのがまだ怖かった。

「だいぶ冷え込んできたけれど、寒くない?」

「もう少しここにいたいわ。そうすれば醒めるかもしれない」すべてが現実に戻るかもしれない。

 滅多に口にしないお酒をだいぶ飲まされたせいなのか、シェラは普段よりも陽気に見えた。

 もしかすると、それはクロッセも同じだったかもしれない。

「風が火照った身体に気持ちがいいものだよね」

「ねぇクロッセ、覚えている?」

 シェラはクロッセが井戸を復旧させた時の宴の話をする。

「覚えている。君は今みたいに巫女をしていたよね」

「うん」

 シェラは嬉しそうに笑い、頷いた。

 それはあの頃の笑顔そのままだった。小さなシェラがいる。

「僕にもできることを見つけた時のことだもの、忘れはしない」

「それだけ?」

「それだけって……」

 シェラに見つめられ、クロッセは生唾を飲み込んだ。

「私はあの時、初めて巫女の衣装をまとったのよ」

「あっ、ああ、それも覚えている。初めはシェラだとは気付かないくらいだった」

「薄情な人よね。私は初めてのおめかしだったのに、褒めてももらえなかったわ」

「そ、そんなことは……」

「本当に?」

「……なかったと、思う」

 自信がなかった。

「四年ぶりにあなたと再会した時もそうよね。忘れられていたかと思った」

「わ、忘れてなんかいない。本当だよ!」悲しそうにクロッセを見るシェラに慌てて言うのだった。「あの元気ではつらつとしたシェラをぼくは忘れたことなんかない!」

「あなたの目に、私はどう映っているのかしら?」

 シェラに言われてハッとするクロッセだった。

 咳払いし深呼吸すると彼は話し始めた。

「初めて出会ったシェラは、それは元気で、そうエアリィのように強くて、真っ直ぐだった」

「本当に? 私って、そんなに腕白だった?」

「僕はね、あの時のシェラに元気と前に進む力をもらった。弱虫だった僕に逃げないよう背中を君は押してくれたんだ。そんな強さが僕には憧れだった。だから僕は逃げずに井戸を直すことができた。ウォーカーキャリアの修理と大改装の時、落ち込んでいた僕を諭してくれたのも。そして立ち上がる力をくれたのもシェラがいてくれたからこそだったし、今の僕が立ち止まらずに進んでいられるんだ」

 クロッセはゆっくりとシェラの前に立つ。

「クロッセ……」

「シェラがいてくれるから、そうじゃなければ僕は意気地なしのまま、自分の殻に閉じこもって、変わらないままあそこで終わっていた」

「あなたがやり遂げたことはあなたの力よ?」

「それでもあの時の君がいてくれたから、僕はここにいる」

「少しは力になれたのね」

「少しどころじゃない。僕は……」

 クロッセはシェラを前にして言葉に詰まる。

 この場から逃げ出したくなってきた。

 踏みとどまれたのは、もしかするとあの頃のシェラが力をくれたのかもしれない。背中を押してくれたのかもかもしれないと思った。

「……シェラ……、聞いてほしい」

 ゆっくりと、勇気を振り絞りクロッセは言った。

 シェラは少しの間、視線だけ巡らせると、小さく頷く。

「僕が知っていたシェラは、小さくて、それなのに誰よりもパワフルで明るかった。何も知らなかった僕に家族というものを教えてくれた。勇気や前に進む力をくれた。何もなかった僕の心を小さなシェラは満たしてくれたんだ」

 もしかすると理解していなかっただけで、あれが初恋だったのかもしれない。

「だから僕はここに戻って来た。君がいる下町で僕は自分を見つけようとしたんだ」

「家族……、そうね。私もあなたがいてくれたから五十一区を家族を愛せたわ」

「四年かかったけれど僕の中で、シェラは変わっていなかった」

「私だって成長するのよ?」

「そうなんだ。頭の中では判っていたはずなのに、想像以上に君は変わっていた。本当に気付かないくらい。あの頃の君はいなくなってしまったんじゃないかと思ってしまったくらい何もかも」

「がっかり、した?」

 クロッセは直ぐに力強く首を横に振った。

「でもシェラは成長しただけで、君は君だったんだよ。あの頃のように気が付くとシェラがそばにいてくれたように、変わらず僕を満たしてくれている。誰でもない、シェラがいてくれるから僕は僕であり続けられる」

 何かに頷くようにクロッセは言う。

「シェラは本当に眩しくて……誰よりもきれいで聖霊が僕の前に現れたのならこんな姿なのだろうなと思った」

「初めてクロッセにわたし褒められたような気がするわ」

 顔を赤らめながらもシェラは本当に嬉しそうだった。

「四年前よりも、ずっときれいになっている」

「恋する乙女はもっと成長するのよ」

 照れながら舌を出すシェラだった。

 そんな嬉しそうなシェラをクロッセは真剣なまなざしで見つめ続ける。シェラは少し小首を傾げ彼の言葉を待った。

「僕とは釣り合わないくらい君は綺麗だ」

 シェラはそんな彼の言葉に首を横に振るのだった。

「だけど僕はシェラがいないとダメなんだ。君がいてくれないと僕は前に進めないし空っぽになってしまう」

「ねぇ、クロッセ、それ……」

 シェラは両手で口元を押さえ、クロッセを見つめた。

 彼は頷く。

「シェラ、僕が砂とともに消え去るその日までともにいてほしい!」

 その言葉がシェラの胸の中を満たしていく。

 夜空が輝き、幻の星が降り注いでくるかのように周囲が輝いているようにさえ感じられてしまう。


 時が止まったようにさえ感じられた。

 永遠の沈黙の果てに、クロッセはそれに耐えられずシェラの名を呼ぶ。

「ねえ、本当にいいの?」

「これが僕の君への気持ちだ。君が好きだ。愛している。僕とともに歩んでくれるかい?」

 シェラは立ち上がるとクロッセの口元に人さし指をあてる。

「クロッセ、みんなに聞かれているし、見られているけれどいいのね?」

「えっ?」

 慌てて周囲を見回すと物陰から覗き込んでいる人達の姿があった。

 打ち上げにいた全員がいたのではないだろうか。

「い、いつから?」

 口をパクパクさせクロッセの顔色は赤くなったり青くなったりしている。

 穴があったら入りたい気分だった。

「クロッセが宴を抜け出して、シェラのところに行った時からに決まっているじゃない!」

 問い掛けに応えたのは少女だった。

 シェラがいないのは気付いていた。少女はクロッセが部屋を抜け出すとすぐに誰も外に出ないようにくぎを刺すとソールとともに偵察に出るのだった。

 そして良い雰囲気にだと確認するとソールにみなを呼びに行かせるのだった。

「シェラは気付いていたようね」

「本当かい?」

「途中からなんとなく判っていたわ」

「だったら、教えてくれよ」

 顔が熱く感じられ、嫌な汗が噴き出してくる。

「だって、この機会を逃したらいつ話してくれるか判らなかったし、ここまで言ってくれなかったでしょう?」

「それを知っていたら、恥ずかしくて言えるわけないし……」

「私は、あなたの気持ちが知りたかったの」

 シェラは幸せいっぱいの笑顔で微笑みかけてくると、クロッセは二の句がつげなかった。

「クロッセ、恰好よかったわよ!」

「素晴らしいプロポーズじゃないか! なんて熱烈なんだい」

「やるもんだねぇ」

「姉さんを幸せにしてよ!」

「さすが大先生だぜ!」

 シェラがクロッセに抱きつくと集った全員から祝福の声が上がる。

「これが今日のメインイベントよ!」

 少女が胸を張り高らかに宣言し、二人を指さす。

「さて、シェラ! あなたの答えは?」

「そ、そうだ。君の返事を聞いていなかった」

 クロッセは少女の問い掛けに慌ててシェラを見る。

「私の答えは!」

 シェラはクロッセの首に両腕をまきつけ顔を引き寄せるとキスをする。

 それは情熱的なキスだった。クロッセの頭の中は真っ白になる。

 いつまで続くのかというくらい長く熱いキスが贈られる。

「決まっているわ。私はあなたとともにある。どこまでも一緒よ!」

 それはあの頃と変わらない素晴らしい笑顔だった。

 シェラはそう答えるともう一度、熱烈なキスをクロッセに贈る。

 すでに彼は酸欠でフラフラだった。

 感嘆の声が上がり、万歳の声とともにクロッセとシェラを祝福しに二人の元に人々は祝福にするために集まるのだった。

「これが二人へのあたしからの祝福のプレゼントよ」

 少女が指を鳴らすと夜空へと祝砲が上がる。

 火薬職人が打ち上げた花火が、暗闇の夜空を彩り、赤や黄色、緑といった大輪が花を咲かせるのだった。

「もしも夜の空に星が輝いたら」

「そう、こんな感じかもしれないね」

 シェラの呟きに、揉みくちゃにされながらもクロッセは応えるのだった。

 その日の宴は夜を徹して行われたのは言うまでもない。

 この長かった一日をシェラは生涯忘れることないだろう。

 笑顔とともに永久に。



                     〈第十九話 了〉



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