第六話 オタクにも好かれてしまう件

「ふふふふ、はははっはははは! 最高、最高じゃないか!」


 俺――藤堂充ふじどうみつるは、悪役転生したことを喜んでいた。

 最高だ。最高すぎる。


 こんな、こんな嬉しいサプライズがあるとは……!



 今日は日曜日。学校は休み。


 電車に揺られながら、満面の笑みを浮かべていた。

 ちなみにさっきの台詞は、超小声である。


「ねえ、あの怖そうな人なんか笑ってない?」

「ほんと……犯罪でもしそう」


 外を歩けばこの有様。だが、気にしない。

 あと数駅で、最高の目的地に辿り着くのだから。


 ◇


「にゃんにゃん喫茶どうですかー? ……怖っ」

「ご主人様だにゃ……ん……怖っ」


 駅を降りると、猫耳の女性たちが暖かく出迎えてくれた。

 ここはゲームの世界。

 とはいえ、現実世界と変わりはない。

 

 もしかしたらと思い、前世の趣味であるアニメ、漫画、小説をネットで検索してみたのだ。

 すると、出てくる出てくる知らない名作の数々。


 つまりこの世界では、独自のコンテンツを築きあげているのだ。

 もちろん、前世で見ていた作品は見られなくなってる。そこは悲しい……。


 とはいえ、新しい作品に出会えるのだ。

 これほど嬉しいことはない。


 こんな時、どんな顔をしたらいいのかわからない?


 ――笑えば、いいと思うよ。


「ふっふふふふはははははは!」


「ねえ、あっちいかない? あの人、やばいよ」

「そうだね、怖いからあっちいこ」

 

 周囲のヒソヒソ声など、もはや耳に入らぬ。

 

 探索バトルスタートだ。



「何だこれ……転生したらカラビナでした。だと? 累計発行部数一千万!?」


 アルメイトと呼ばれた大手ショップに入店。

 すると、出てくる出てくる知らないタイトルの数々。

 こんな楽しいこと……あるのか? 思わずよだれが出そうだ。


 興奮しながら手あたり次第、まるで俺は読み上げボットのようになっていると、ラブコメ王道テンプレ、誰かと手がぶつかる。


 しかしそのタイトルは「あんあん、いやんいやん、百合百合物語」だった。

 ロマンチックは皆無である。


「ふぇえ、す、すいま……ふ、藤堂……君!?」

「ん? ……もしかして、水藤未海すいどうみうか?」


 そこにいたのは、同じクラスメイトの女子生徒だった。

 名前は水藤未海すいどうみう

 キャラクター属性は、陰の陰の陰キャラクターだ。

 

 ゲーム内での人気はあまりなかった。その理由として、変わった特性というか、趣味がある。

 それはもうオタクなオタクで、オタクなのだ。


 BL、GL、NL、TL、何でもござれ。

 アニメ、漫画、小説、映画、全てを網羅している限界オタクだ。


「えへ……どうしてここにいるの? えへ……」


 野暮ったい手入れのされていない黒髪ボブカットに、垂れ下がった前髪は、目を追いつくしている。

 黒ぶち眼鏡は標準装備。

 もちろん、目線は合わせてくれない。


 前世のゲームでは熱狂的なファンがいるものの、人気投票では下のほうだ。

 かくいう俺も攻略はしていない。

 確か、藤堂充からいじめられたりしてるときもあった。


 俺は――こんな小動物みたいな彼女に悪いことをするのか。


 しかしふと気づく。


 彼女はこの世界の住民。

 つまり、オタク先輩。

 名作、駄作、そして隠れた名作、何もかも知っているの……では?


 極悪の俺のイメージを払拭するにもちょうど良い。いや、それよりもオタクの友達がほしい。


 この奇跡の出会い、見逃すわけにはいかない。


「実は……前からオタクの趣味があったんだ」


 ジャブとしては上出来だろう。

 彼女の攻略法としても正攻法だ。。

 未攻略とはいえ、ある程度の知識は持っている。


「ええ!? そ、そうなの……。えへ、……何が好き?」


 未海は嬉しそうだった。少し引き笑いが気になるが、これもまた個性。

 可愛げもあるし、何よりも尊敬する先輩。

 俺は数少ない、いや、一つしかない引き出しを取り出す。


 失敗すれば、彼女と仲良くなれない。

 頼む――成功してくれ。


「て、転生したらカラビナが好きで――」

「ええええええ!? 好きなの!? 藤堂くん、テンカラが好きなの!?」


 すると、未海は店内で叫んだ。構わず叫んだ。

 興奮気味に、そしてガブリと食いついた。


 テンカラ? 


「あ、ああ。そうそう」

「いいよね、テンカラ! わ、わたしね、あの『耐荷重1200kg だと!?』っていうシーンが好きで……たまんないんだよね!」

「あ、ああ。わかる、わかるぞ。……ってすまん、まだそこまで見てないんだ」

「そ……そうなの……だ、だだだ、だったら、か、貸そうか? わ、わたし、漫画も、小説も、アニメも、ドラマCDもあって……め、迷惑かな」

「まじか!? いいのか!?」


 最高の提案をされて、俺は思わず未海の手を掴む。


 神、あなたが神か!


 未海は思い切り頬を赤らめる。声にならない声をあげながら、しろどもどろに口を開いた。


「ふ、ふふふふふ、藤堂くん!? てててててて、てが……ふふふ、れてるよ……」

「ああ、ありがとうな。俺のためにそうやって言ってくれて。もちろんいつでもいいから、楽しみに待ってるぜ」

「えへ……わ、わかった……えへ……」


 未海は、嬉しそうにえへえへ笑う。それから俺たちは、アルメイトを見て回った。

 おすすめの作品を手に取り、彼女の言う通りにチェックしながら名作のメモを取る。


 少し恥ずかしそうに、それでいて楽しそうに未海は教えてくれた。

 俺も色々なことを質問できたし、仲良くなれて本当に嬉しい。


「おおー、この子可愛いな。髪の毛が薄い青色で、目元もぱっちりしてて好みだ」

「ふ、藤堂くん、こ、こんな子が好きなんだ……」


 俺が思っている以上に、彼女は真っ直ぐでいい子だった。


「えへ……ふ、藤堂くん……、あ、あ、あ、ありがとう、ば、ばいばい」

「いや、こちらこそありがとうな! めちゃくちゃ楽しかったぞ」


 夜も遅くなったので、俺たちは駅で別れた。

 大量の漫画と小説、親からもらったお小遣いがすぐに吹き飛んでしまったが、最高の買い物が出来た。


 とはいえ、自宅で見ていると何か言われるのかもしれない……悪の化身が突然オタクに……傍から見れば怖いだろう。

 とりあえずそっと家に帰り、奥の棚に隠しておいた。

 夜か、休みの日か、ゆっくりと見よう。


 ◇


「じゃあね、みつにぃ! 今度、デートしようね?」

「ああ、またな夜宵」


 翌朝、部活へ行く妹を見送る。

 今日はさすがにいないよな……と思っていたら、家から外に出た瞬間、ひよのさんが電信柱の横で立っていた。


「おはようございます、充さん」

「あ、はい。おはようございます」


 ちなみに、俺は昨日と出発時間をずらしている。


 一体何時からいるのか、もしかして朝からずっと待機しているのか?

 正直、怖くて聞けません。


「お! なんやまたひよのおるんか」

「おはようございます。何か問題でも?」


 校門で、燐火が壁に背を持たれて俺を待っていた。

 相変わらず二人の仲はよろしくない。困ったもんだ。

 ばちばちしている間に、俺はそそくさと教室へ向かった。


 ドアを開けると、なにやら騒がしい。

 誰かが、何かをした、みたいな会話をしている。

 何かしたっけ?


 不思議な気持ちのまま着席すると、見知らぬ人から声をかけられた。


「……おはよう」


 見たことがない女子生徒だ。いや、でもそんなことありえない。

 なぜなら、俺はこのゲームをやり込んでいた。

 それなのに、知らない女性が……?


 髪の毛が薄い青色で、目元がぱっちりしていて、アニメのキャラクターでいえば俺好み。

 なのに何で覚えていないんだろう。


「あ、あ、あ、あ、あ、ふ、藤堂君、えへ……おはよう」


 その瞬間、気づく。

 その声、その口調、彼女は――水藤未海すいどうみうだ。

 俺は驚きのあまり叫びそうになるが、何とか堪える。

 その変貌ぶりが気になって、小声で訊ねた。


「ど、どうしたんだ? その、格好?」

「えへ……ふ、藤堂君の、こ、好みだよね……だ、だから……その……どうかな」


 まさかだった。いや、まさかすぎる。あの後、帰りに染めたのだろうか?

 髪の毛もばっさり切っている。しかし、思っている以上に可愛い。


 周囲も、誰あのかわいい子? と声を漏らしている。


 ――俺好みだ。


「可愛い……」

「えへ……えへ……嬉しい……」


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