第15話 満たされたヘラVS上手くいかないのカイ

「……あまりの恥ずかしさに逃げてしまったわ……まぁどのみち直ぐに戻らなければならなかったのだけれど……」


 ヘラは、未だ真っ赤に染まった顔を冷まそうと手で仰ぎながら高鳴る心臓を抑えて、人目を気にしながら控え室に戻る。

 顔の熱が収まる頃に控え室の前に着いたのだが……そこにはぼーっとしたルージュの姿があった。


「ルージュ先生」

「は、はいっ! 何でしょうかヘラ様!?」


 ルージュはヘラに話し掛けられた途端に意識をハッキリとさせて、目の前にヘラがいる事に驚く。

 そんなルージュを冷たい目で見たヘラは、釘を刺した。


「記憶改変の真似をしてもバレますからね。別にやらなくてもいいですけど……言えば公爵家を回す事になります。その意味をよく考えてから行動をしてください」

「は、はひっ!!」


 ヘラの軽い殺気に当てられたルージュは、身を震え上がらせて噛み噛みになりながらも返事をする。


 そんなルージュを再び冷たい目で見た後、控え室に入ったヘラの目に映ったのは、ある映像化魔導具には、圧倒的な力で相手を倒したカイの姿だった。

 本人は誇らしそうに、自慢げな顔をしており、そんなカイの姿をヘラは嫌悪の表情で見ていたが、同時に安堵もしていた。


「……私の相手がアレで良かったわね……シン君が相手だったら間違いなく勝ちを譲っていたわ……」


(あのカイとか言うナルシストには、シン君がやられているから、私が仇を取らないといけないし)


 丁度いいわ。とヘラは仇を取る気満々で気合いを入れて、控え室から武舞台へと向かった。









「———いよいよ待ちに待った決勝戦! 更に今期は歴代でも最高の素質を持った生徒同士の対決です! 早速出て来てもらいましょう! まずは、平民ながら歴代最高の魔力値を叩き出し、これまでの戦いは全て30秒以内に決着を付けた期待の新入生———カイ!!」


 司会の女子生徒の言葉と共にカイが意気揚々と登場し、観客席から歓声が上がる。

 普段なら平民には歓声など上がることはないのだが、今までの圧倒的な戦いが功を喫し、歓声を上げられるまでになった。 


「続きましてはこの国の名門、ドラゴンスレイ公爵家の神童にして、圧倒的な美貌と実力を兼ね備えた若き最強———ヘラ・ドラゴンスレイ!!」


 紹介と共にヘラが現れ、観客席は更に盛り上がる。

 お互いに歴代最高の魔力値を叩き出した2人の戦いは誰もが注目しており、それは国の上層部も、他国の上層部ですらも注目していた。


 ヘラが武舞台に上がると、先に上がっていたカイが自身に満ち溢れた姿で待っており、上がって来たヘラに親しげに話し出す。

 しかしヘラは、カイが自分に向ける情欲をしっかりと感じ取っていた。


「見ろヘラよ……観客達が俺達を見ている……」

「そんなの当たり前じゃない。何言っているの?」

「……っ、随分と生意気な態度を取るんだな、ヘラ? 俺よりも弱いくせに?」

「別に貴方なんてどうでも良いわ。ただ……貴方に負けたシン君の仇は取らせてもらうわ」

「…………」


 シンの言葉が出た途端、カイは露骨に顔を顰める。

 カイにとって、シンはこの世界で唯一全く意味の分からないデタラメな強さを持った人間であり、恐怖の対象であった。

 そんな奴と手篭めにしようとしていたヘラに接点があると聞いて、恐怖が再燃し、苦々しい表情に変化してしまったのだ。


「……? 貴方は何を恐れているの?」


 相手の感情が分かるヘラは、勝ったはずなのにシンを恐れるカイの事が意味不明だった。

 しかし、ヘラにその事を冷酷な瞳で見られながら指摘されたカイの怒りは、一瞬にして恐怖を呑み込み全身から魔力が噴き出す。


「……お前には少々教育が必要な様だな……?」

「残念ながらアンタの教育は必要ないわ。それにどうせされるなら……シン君の方が……」


 ヘラの頭の中に好きな少女漫画の俺様系ヒーローの姿がシンに変化する。


『おいヘラ』

『は、はい……♡』

『何度言ったら分かる? もっと身体を使って戦え。逃げ腰になるな』

『こ、これでもちゃんとやっているんです……』

『はぁ……無能なお前に俺様が仕方なく教えてやるよ』

『よ、宜しくお願いします……♡』


 ヘラはシンが先生となって自分に戦闘の教育をする姿を想像して少し頬を赤らめる。

 そんな姿を目の当たりにしたカイは、怒りの限界を迎え、審判に早く始める様に怒鳴る。


「……早く試合を開始しろ」

「へ、ヘラ様は……?」

「私も問題ないわ。とっとと終わらせましょう」


 審判に訊かれ、直様表情を元に戻したヘラは、嫌悪の瞳でカイを睨む。

 そんなお互いのお互いへの敵意を感じ取った審判は、このままでは自身も巻き込まれると全身を竦ませ、急いで開始の合図をする。


「し、試合———開始!!」


 その言葉と同時に———2人は地面が陥没する程に踏み込んで、お互いにぶつかり合う。

 派手な爆発音が入りに鳴り響き、近くにいた審判は更に2人がぶつかり合う風圧で吹き飛ばされる。


「中々やるな……!」

「……」


 先程の怒りの表情は何処に行ったのか、余裕そうな笑みを浮かべた情緒不安定なカイがヘラに声を掛けるが、ヘラはスッと目を細め、敵意マックスで無言で身体強化を施してカイの顔面に拳を振るう。


「確かに速い。だが……まだまだだな」

「……っ」


 カイはヘラの拳を受け止めると、その鳩尾に膝蹴りを放った。

 しかしヘラは直ぐに地面を蹴って身体を宙に放ると、全身に白銀の魔力を纏い、空中を踏み締めるとカイを投げ飛ばす。

 カイはヘラのあまりの怪力に逃げ出すことが出来ず、試験での失敗を生かして武舞台に張られた結界に派手な音を立てて衝突する。


「ぐはっ……!」

「……はぁ……この程度で私より強いと豪語したわけ? これならシン君の方が強いじゃない」


 ヘラは、白銀の魔力を纏ったまま、自らの攻撃になす術なく吹き飛ばされたカイに視線を向けて落胆の溜息を吐く。

 そんなヘラの態度にカイは自分の中で何かが切れる音が聞こえた。


「———今まで手加減して戦って来たが……もうやめだ……! 今からお前を半殺しにする……! お前を手篭めにするのはその後でいいだろう……」


 カイはそう言葉を溢すと、全身から4色の魔力を噴き出させると———声高らかに叫ぶ。



「来い———フェニックス、アクアナイト、ゲイル、タイタン……!!」



 その瞬間に4色の魔力が一斉に光り輝き、段々とその姿へと変化する。

 そして……四体の超越級精霊が現れた。


 その瞬間に観客達が響めく。

 歴代でも超越級精霊を4体同時に契約できる人間など存在しなかったからだ。


「どうだヘラ? これで俺の実力が分かったか? まぁもう許さないがな」


 カイは獰猛な笑みを浮かべてそう宣う。

 しかし———既に神級精霊であるゼウスを見たヘラにとっては全く脅威にすら感じなかった。

 

(シン君を倒した奴だからどれほど強いかと思えば……武術の実力はシン君の方が圧倒的に上ね。精霊の力はそれなりに強いらしいけど……私ほどじゃないわ)


 カイがこれ以上自分の武術について行けないと判断して、精霊同時の戦いに切り替えた事を感じ取ったヘラは、全身から白銀の魔力を放出する。

 その魔力は天にも昇り、空を白銀の魔力が覆う。


「はぁ……アンタが可哀想だから、これからはアンタの好きな土俵で戦ってあげる」


 ヘラそう言うと修練場に響き渡る力強くも美しい声で言葉を紡いだ。




「来なさい———バハムート!!」




 瞬間———先程のカイよりも圧倒的な光が会場中を包み込んだ。

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