第43話 Sin-sの楽屋
楽屋に入るとすぐに、【強欲】担当でありSin-sプロデューサーでもある#name#が声をかけてきた。スマホを片手に、面白そうな、探るような、そんな顔をしている。
「あ! 来た来た、毒虫ちゃん! 学校おつかれ! どうだった?」
#name#は胸まで届く柔らかな黒髪をハーフツインテールにした美少女だけど、表情が、なんていうかめちゃくちゃ俗っぽい。
「どうもー。学校どうって言っても、予想通り、クラスメイトがやたら群がってきてめんどくさかったです」
「アハ! さっきのツイート通りだ。マキ論が急に辞めちゃったのは残念だけど、毒虫ちゃんもいい感じに【憤怒】してるね」
「これがまあ、素みたいなので。物好きがいれば、こんなのでもアイドルが出来るっていうのは、前任者さんが見せてくれてるし」
「まあね。マキ論と戴天が抜けて、アッキもよくわからない事件に巻き込まれた感じで帰ってきて……毒虫ちゃんとアッキがSin-s続けてくれって言ってきたときは、さすがにもう無理でしょって思ったよ。でも毒虫ちゃん見てると、まだSin-sは可能性があるかもって思えるよ」
戴天の名前をあげるとき、#name#はちょっとだけ遠い目をした。
最初は友だち同士だった戴天と#name#の二人でSin-sの企画を立てたんだって聞いたのは、アッキちゃんと一緒にSin-s継続の直談判に行ったときだった。戴天が突然やめたのは、#name#としても寂しさがあるのかもしれない。
「まあ、話題になってる今が、チャンスなのは本当じゃない? 悪名は無名に勝るってやつ。ね、毒虫ちゃんって新【憤怒】担当に立候補したってホント? 自分で売り込みにきたの?」
#name#の後ろから、明るいプラチナの髪にピンクのインナーカラーの頭がひょこっと突き出された。
【色欲】担当の
今日は太くてゆるいみつあみに、大きめリボンを巻いたアレンジ。
完璧メイクの下の肌がどうなのかは正確には分からないけど、多分、皮膚の炎症はだいたい治ってるんだろうっていうのはすっきりした二重の
――桃娘の顔に大きなアトができていないのは、正直ほっとする。あたしのせいで負った傷だから。
「そうです、立候補。Sin-sのファンとして、活動がストップするのはイヤだったから。恥ずかしいけど、愚痴アカウントを見せてどれだけ【憤怒】かプレゼンしました」
「それがすごいよね〜、あ、タメ語でいいから。先輩後輩とか面倒だし、年上扱いも好きじゃないから。ね、#name#!」
「うんうん、メンバー内で『ですます』しなくてもいいよ。強要はしないけどね。毒虫ちゃんのやりやすいようにでいいよ」
桃娘の言葉に答えて、#name#も同意する。ちゃんとあたしを気遣いながら。
いい場所を作っていけそうだなって、素直に思う。
「ウチも売り込みっていえば売り込みなんだけどね。ライブ会場にメンバー募集があってさ、それまでいたグループの運営が無理すぎて、どの枠空いてます? なんでもやります! なんて連絡した。【嫉妬】の菜々緒と一緒にだけどね。連れションみたいな感じ」
「【色欲】にぴったりだよって言われたときは複雑そうな顔してたけどね」
#name#が相変わらず俗っぽい笑顔のまま、桃娘の脇腹をひじでつつく。
桃娘は体をよじらせながら、平行眉をしかめさせる。
「それはそうでしょ。実際ヤバいファンついたし……ウチの立ち回りも慣れてなかったかもしれないけど」
「いや、ストーキングした犯罪者が悪いだけでしょ。そんな風にとらえてると、病みますよ」
あたしがきっぱりと言い放つと、二人は目をぱちぱちしたあと声を合わせて「やっぱり毒虫ちゃんは【憤怒】だねえ」なんて感心したように言った。
「そういえば、あとのメンバーはどうやって決まったんですか?」
二人の間を割って楽屋の奥にすすんで、リュックをパイプ椅子に置きながらたずねてみる。
あとのメンバー、なんて言ってみたけど、気になっているのはアッキちゃんの加入の流れだけだ。
「敬語いらないのに。えーと売り込み組はウチと菜々緒で、あとは……」
桃娘が言いかけたときに、楽屋のドアが開く音がした。いささか乱暴に。
「おはよー。あ、新しい子だあ!」
「毒虫ちゃんよろ」
入ってきたのは【嫉妬】担当菜々緒と【暴食】担当カナエだ。
暴風雨に晒されても微動だにしないという噂の鉄壁の前髪を持つ菜々緒は、いかにも清純派アイドルって感じの見た目だ。これも噂だけどキープ用のスプレーは二週間で使い切るらしい。ストレートのロングヘアで、顔の両サイドの一房が顎のラインで切り揃えられている。姫カットというやつ。
この、ちょっと時代錯誤感すらある鉄壁アイドルスタイルは菜々緒のこだわりらしい。話し方も仕草もかわいくって、Sin-sの中では一番アイドルっぽさがある。それが【嫉妬】を冠すると途端に別の文脈が生まれるから不思議……というか、#name#の
「なあにじっと見てんの? 菜々緒の可愛さにビビった?」
「カナエやめてよ! 毒虫ちゃん? でいいんだよね? 毒虫ちゃんは元々ファンだしアッキ推しなんだから、ナナのことなんか眼中ないでしょ」
「分からないよ〜。だって近くで見る菜々緒の可愛さって、失神級だし」
と目の前で突然イチャイチャしだした二人の様子を見るに、メンバー間恋愛は禁止されていないみたいだ。
【暴食】のカナエは【暴食】なんか嘘でしょってくらい細くて、背も高くて、モデルみたいな感じ。堀の深い顔立ちに、肩までの長さの暗い茶髪を大きくカールさせているのが大人っぽい。
「はいはいイチャイチャは外でやってください。ねえ、ちょうど他の子の加入理由を話してたところなんだよ。ウチと菜々緒は元は別のグループにいて、ライブハウスのチラシを見て#name#に連絡したってとこまで話したよ」
二人の世界に入りそうになったカナエと菜々緒の間に割って入って、桃娘が言った。
カフェのコーヒーをテイクアウトして手に持っていた二人は、桃娘が割って入ってきたことでそれをこぼしそうになった。言葉にはしないまでも、顔で不満を表わした。でも桃娘は知らん顔だ。それが逆に、Sin-sの関係って悪くないんだなって感じがした。
「あたしは#name#の友達の友達だよ。友達の紹介が酷いんだ、
「あはは! あれは倫欠だったね。でも乗ってきてくれたじゃん」
唇のはしを歪めるおかしな笑顔で#name#が言う。つくづく、黙っていれば美人、って感じの子だ。
「まあ、実際、
真面目なことを言った照れ隠しなのか本気なのかは分からないけど、そう答えるとカナエは菜々緒を腰に手を回して、楽屋の奥に進んでいく。
エスコートするみたいに、パイプ椅子を引いて座らせる。二人がこんなに仲が良いとは知らなかったけど、営業百合にならないから、表に出していなかったのだろうか。まあ、二人とも男女問わずガチ恋系ファン多いしな……。
「で……アッキちゃんはどういう経緯で?」
いよいよってところで、あたしはちょっと緊張しながら#name#にたずねた。
リュックを椅子に置いたまま、あたしは所在なく立っている。カナエと菜々緒は隣同士で座って、桃娘は一番入り口から遠い席に移動すると鏡を取り出してメイクをチェックし始める。
#name#はあたしリュックがある椅子の隣の隣の椅子を引くと、座った。そして目で、あたしにも座るようにうながした。
リュックを膝に抱えて、あたしもパイプ椅子に着席する。きゅっという床の音が楽屋に響いた。
「アッキは、戴天が連れてきたの。【傲慢】が最後に残ったところにね、ナンパしてきた。毒虫ちゃんとアッキが親友同士なのはわかってるから言うけど、当時アッキがバイトしてたガールズバーのブログに、写真が載ってたんだって。それで何度か通ってピンときたって、戴天がスカウトして連れてきた」
#name#が声をひそめたのは、アッキちゃん個人の履歴を、Sin-s内でも共有していないからかもしれない。アッキちゃんが自分から、メンバーに語りそうにないからだ。とはいえガールズバーとまでわざわざ言う必要ないのにあたしに言うあたり、根っこが下衆っぽい。#name#がそういうやつだって言うのはまあ、十二分に理解した。
あたしはそっけなく「なるほど」とだけ答えた。
と、その時、スカートのポケットの中のスマホが振動した。数秒の後に、会議用の長いテーブルの上に放られていた#name#のスマホも振動する。
あたし達は目を見合わせてから、お互いのスマホを確認した。
「アッキちゃんからのメッセージだ」
「私のもだ」
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