第211話 愛情と情愛(6)

 静南しずなの両手から地面に鎖が垂れていた。目前にいるかすみを締め上げるには、一歩という距離は絶好であった。


(この距離なら霞は避けることはできないはず。瞬間移動しても私の鎖からは逃れられない)


 静南の背中から鎖が何本も伸びるとあみのようになり、霞を覆っていった。もはや一歩も退くことができない霞が、鎖の網に捕らわれることは誰の目にも明らかであった。


「霞、お前の負けだ」


 静南が叫んだそのとき、霞が姿を消した。


「瞬間移動も無駄だ。鎖の力で私もついて行く。逃げられはしない」


 鎖は霞とともに消えるはずであったが、静南の背中から動くことはなかった。


「どこだ。霞はどこに消えた。逃げられるはずはない‥‥‥!?」


 鎖の力で霞を探す静南の顔が固まった。鎖は静南の背中から動くことはなかった。


「私は逃げないよ」


 耳元で霞が囁くと、静南を優しく抱きしめた。背後から感じる凄まじく大きなオーラに静南は動くことができなかった。


 鎖が霞と静南を捕らえ絡みついていく。二人の少女が鎖に縛られ重なり合っていった。


(くっ! まさか、霞はこの時を待っていたの。私が逃げられなくなる距離を狙っていたというの。捕らわれたのは私‥‥‥)


 霞の身体が緑色のオーラを放つと、風が集まり渦を作った。霞の背中から白い大きな翼が現れ、背の鎖を引き千切った。


 渦の中心にいる霞が空高く跳びあがる。二人は鎖に縛られたままグイグイと上昇していった。学校、山、川、田さえ見渡せるほど高く上がったところで、霞は静南を下に向け、そのまま急降下した。


「鎖よ、動け」


 静南が足掻き、最後の抵抗をするが、強烈に渦巻く風と霞のオーラに縛られ、鎖の力は封じられていた。


「手も足も出ない……」


 静南は霞に上から押さえつけられたままグラウンドに、叩きつけられた。怒涛どとうのような地響きのあと、校舎の半分は跡形もなく吹き飛んだ。衝撃波があたりに走るなか、みなもは、水のオーラを張り、シーナや実菜穂たちを護っていた。


 嵐のような衝撃が静まると、視界が開けて、霞が立っている姿が見えた。


 二人を縛っていた鎖が解けていた。

 

 静南は最後の力を振り絞り、空の方に身体を向けた。もはや身体は機能せず、瞳も色を感じなくなっていた。

 薄れゆく意識のなか、霞の姿がぼやけて見えた。


(やはり、本物の巫女には敵わなかったか。もう、ここまでか。真那子まなこ、ごめんなさい。真那子こそ幸せになって欲しかった。私が巫女になることで、真那子には普通の女の子になって欲しかった‥‥‥)


 静南の瞳から涙が溢れると泣きボクロを伝い地面に落ちた。それと同時に鎖が静南の身体を包んでいく。


(霞が勝った!)


 シーナが霞の背中を満足そうに見ていた。霞は翼を仕舞い込むと、肩を震わせた。


「シーナごめんなさい。やっぱり、私はできないよ」 


 霞は振り向き、涙を流した瞳でシーナを見ると、右手に風の闘気を纏わせた。手刀で足元の鎖を断ち切り、静南を抱き上げた。


「霞、何するつもりよ。まさか」


 シーナが霞の信じられない行動に、声を上げた。


「風の神様にも少しは治療する力があったよね。だったら、この子を助ける」


 霞は静南を抱きしめると、身体から緑色の光を放ち、自分のオーラを注ぎ込んでいた。


「霞、無駄よ。その子は、自分の術で縛られている。しかも、御霊みたまはもうすぐ消えようとしている。わたしの力でも助からない。このオスマシが、今か今かと待ち望んでいるくらいなんだから」


 霞を説得するシーナに、死神しがみが冷めた瞳を向けていた。


「私は、真那子さんと約束をした。このまま死んだら、本当に闇に落ちてしまう。私は、絶対助けるよ」


 霞は静南を抱きしめ、自分のオーラを分け与え続けた。だが、鎖は止まることなく徐々に静南の身体を包んでいった。


(なぜ真那子は、霞のもとに現れたの? どうして私の所に来てくれなかったの? 私は真那子に会いたいのに。どうして、言葉をかけてくれないの? どうして、私には真那子が見えないの?)


 微かに感じる霞の温もりのなか、静南は幼い子供のように泣いていた。


 霞が自分のオーラを惜しみなく分け与えているが、鎖は静南を包んでいった。


(どんなに癒しても回復しないよ。私の力じゃ駄目なの?)


 鎖に取り込まれる静南を前に、霞は震えながら泣いていた。


(霞、風の力は破壊と再生。破壊とは、一度全てを無にすることを意味するのよ。それは、すなわち死。そこから再生をするしかないの。破壊の途中で、助ける力をもつ柱もいるけど。それは‥‥‥)


 泣き震える霞を見つめながら、シーナも同じように震えていた。神霊同体ともいえるシンクロであった。


 消えゆく静南の御霊を前に、霞は最後のオーラを注ぎ込もうとしていた。

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