第201話 巫女と見習(6)

志希名しきなさん。もし、僕が話すことに間違いがあるのならそのときは、ご指摘をお願いします」


 秋人あきとの言葉に志希名は黙ったままであった。秋人は、それを了解の沈黙だと受け取った。


「僕が一番初めに疑問に思ったのは、ナナガシラに封印ふういんがされたことです。実菜穂みなほたちが入ることができたということは、封印されたのはそのあと。つまり、昨日あたりでしょうか」

「そのことか。そういえば、お前はここに来る前から、理由が分からないって言ってたな。何が疑問なんだ」


 隼斗はやと胡坐あぐらをかいて、ジックリ話を聞く姿勢をとった。


「はい。ナナガシラですが、あっ、一応、市町村名は七頭村しちとうむらです。ここが廃村はいそんになったのは昭和の時代です。つまり、そのときにはすでに人が途絶えていたのです。僕たちはここに来て、れんさんの話から封印したのは人が受けたのろいを外に広げないためだと思っていましたが、その理由だとおかしくないですか?」

「つまり、封印するなら廃村になったときにするべきだと」

「そうです。さすが、隼斗さんですね。呪に対してなら、それがベストなタイミングのはずです」

「当時できない理由が何かあったとか?」


 秋人のあからさまなめ言葉に、隼斗は秋人の方に向き、舌を出した。

 

勿論もちろんあります。そもそも、ナナガシラを封印することができないからです。というより、してはならないからです」

「ああーっ。どいうこと」

「ナナガシラに人は途絶えました。ですが、神様はまだ存在しているのではないでしょうか。実菜穂たちが入ったのは、その神様と何か接触をする必要があったから。でもそこはこの際、無視します。問題は、ナナガシラにいる神様です。この神様にはそれぞれやしろがあって、社には鳥居とりいがあるでしょう。鳥居から内側は氏神うじがみの聖域といわれています。いかなる魔物、神様でもそれをおかすことはできません。これは、神様のなかでの不文律ふぶんりつです。山の神様のしもべである漣さんが、この神社で出された料理にはじめは手を付けなかったのは、それが理由じゃないですか」


 秋人が漣に確認した。漣はうなずいた。


「うん、そう。ここの鳥居に入ることができるのは、鉄鎖てっさの神に許された者だけ。この場での料理を口にすることは、私の場合、鉄鎖の神の僕になることを意味する。それに、私でもここでは勝手な行動はできない。他の神の巫女みこも同じだ。僕や巫女が他の神の聖域を荒らすことは、ひいては神同士の争いへと繋がるからな」


 漣が説明すると、秋人は頷いた。


「これが廃村になっても封印できなかった理由です。鉄鎖の神様の巫女が、ナナガシラを封印すれば、ナナガシラに存在する神様の聖域を荒らすことになります。そうなれば当然、神様同士の争いを起こす火種となるはずです。鉄鎖の神様といえど、簡単にはできないのではないでしょうか」

「うーん、秋人、待て。廃村になったときに封印しなかったという理由がそうだとして、いま封印されている説明にはなってないぞ」


 隼斗は湯呑ゆのみに注がれたお茶を一口飲んだ。茶柱が一本プカリと立っているのを眺め、秋人の言葉を待った。


「はい。本題はこれからです。隼斗さんも僕も間違っていましたが、封印をしたのは誰でしたか?」 

「ああ、静南しずなっていう人だろ」

「そうです。僕も、隼斗さんも封印をしたのは、巫女だと思っていました。でも、志希名さんは巫女ではない静南さんだと教えてくれました。巫女である真那子まなこさんが封印をしたのならまだ分かります。では、なぜ静南さんがしたのでしょうか?」

「あーっ、それは巫女がやれば問題になるから……いや、違うな」


(静南って奴が何者か知らないが、巫女ではない。でも封印はできる……待てよ。巫女であろうとなかろうと、封印することがまずいのだろ。なぜやったかって? あーっ、思考がスタートに戻ってしまった)


 隼斗が湯呑を見つめ考え込んでいた。秋人は考え込む隼斗を見てクスリと笑った。


「隼斗さんは、さっきの僕と同じですね。答と疑問が堂々巡どうどうめぐりしている。行きつくところは、そもそもなぜ封印をしたのが静南さんなのか分からない。というところでしょうか」

「ああ、そうだ。見えそうで見えない感じだ」

「はい。さっきまで僕も同じでした。封印したのが巫女ではない静南さんである理由。それは真那子さんがこの場に存在しないからです」

「何言ってるんだ、お前。話が飛んだぞ。まさか、真那子って巫女は想像上の人というオチか」


 隼斗が前のめりになり、持っていた湯呑をひっくり返しそうになった。


「いいえ、真那子さんはこの神社の巫女として存在しています。持っていたハンカチのおかげなのですが、僕は、参道を通るときに代々の巫女たちがこの社を護っているのを見ることができました。おそらく先代の巫女がその役を終えれば、次の巫女が引き継ぐ。一人、一人が一命を繋ぎ巫女としての役目を果たしてきた。この神社では、巫女が絶えることが無かったのではないでしょうか。静南さんは巫女としての力を持っている。なのに、巫女ではない。それはつまり……」

「正式な巫女がいるってことか。でも、その巫女はこの神社にいない」

「そうです。志希名さんが言ってました。氏神の巫女は一人しか存在しない。だとすれば、真那子さんは生きて存在している。それなら、何処にいるのか。その答は、れんさんが教えてくれました」


 秋人が礼を含めた眼で漣を見ると、漣は「わたしが?」と驚いて自分を指さしていた。


「漣が教えてくれたっていつだよ」


 答にたどり着けないでモヤモヤしている隼斗は、敢えて答を聞かず、漣のことでヒントをもらおうとした。


「隼斗さん、思い出してください。ナナガシラからここに来るまでに、休憩した場所があったでしょう。あのとき漣さんが寄り道しなければ、僕は答にたどり着けませんでした」

「ああ、思い出した。漣が百年前のことを話していた場所だな。みずうみが消えたってやつか。それがどうした」

「そう、そこです。その場所こそが、封印したのが巫女ではない静南さんである理由。志希名さん、もう一度おたずねします。真那子まなこさんは湖があった場所にいるのではないですか」


 秋人が気迫のこもった声を放つと、志希名は避けることなく秋人に答えた。


「そうじゃ。真那子はそこにおる」


(おいおい。じゃあ、漣が言っていた湖が消えたっていうのは本当のことか。あの場所には人影などなかった。湖は消えて、残ったのは更地さらち……どういうことだ?) 


 志希名の答えを聞いて、隼斗と漣はお互いを見て理解できているのか確認した。漣の顔が少し晴れやかになっているのを見ると、隼斗は秋人の方を見た。秋人は、隼斗に頷いてみせた。


「隼斗さん、大丈夫です。漣さんに確認するまで、僕もまだ確証はありませんから」


(漣は何に納得したんだ?)


 秋人の言葉に隼斗は聞こえぬほどの音で舌打ちをした。

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