第191話 秋人と隼斗(5)

 隼斗はやとが鎖をカチャカチャといじっている。


「おい、これは何の冗談だ」

「僕じゃないです。この封印ふういんがそうしたんじゃないですか。一種の防衛反応ぼうえいはんのうでしょ」


 あきと人がタブレットを操作している。


「お前、こんな時になに遊んでるんだよ。あれは何だ。日本にゴリラが野生でいるのか」


 秋人の肩を揺さぶると、隼斗はベレッタを再び構えた。


「あれは、ゴリラじゃないです。あった! これは……ヤバイやつだ」


 秋人がタブレットを隼斗に見せた。


猿鬼さるおにです。かなり凶暴で、強い鬼神きじんですよ」

「なにーーーーー! って、お前、頭の方は大丈夫か」


 秋人を哀れの表情で眺めると、隼斗がタブレットに目を落とした。


 猿鬼は能登のとの伝説にある怪物である。かなり凶暴な性格で、悪事を重ねたことから神様に退治されたという話がある。猿が鬼神となった話もある。


「おい、ここは能登じゃないぞ」

「そんなこと分かっていますよ。ここに来た時から、至る所に異様な気を感じていました。その一つがこいつです。この村は呪われた地。魑魅魍魎ちみもうりょうが集まってきても、おかしくありません」

「それがどうしていま現れたんだよ。この鎖何とかならないのか」


 タブレットを秋人に突き返すと、隼斗が鎖を取り払おうと足を振って、カチャカチャ鳴らした。


「知りませんよ、そんなこと。だけど、さっきの銃声じゅうせいが怪物を呼び寄せる引き金になったことは確かなようです。もう、その銃は撃たないでください。他にも僕たちを襲おうとしている者がいるみたいです」


 秋人がタブレットをバックパックに仕舞い込んだ。隼斗はコンバットナイフを手にしていた。


「お前、どうする気だ」

「まともにやって、勝てない相手です。素直すなお退散たいさんした方が身のためです」

「相手の素性すじょうが分からないのなら、道理だな」


 秋人と隼斗はお互いを見て頷いた。


「三つだ」

「三つですね」


「さん、にー」


 二人が声を上げてタイミングを合わせた。


「イチ!」


 秋人は右に、隼斗は左に一気に駆け出した。


 キーーーーーーーーーーーーーーーン!


 金属がかなでる音が響いた。


 作用反作用、逆方向ベクトル。同じ力が正反対の方向に働けばどうなるか? 二人はいまそれを体験した。


 秋人と隼斗は、一ミリも動くことなく、その場に顔から地面に倒れ込んだ。

 

「あっ……うぐっ」


 二人が地面に打ちつけ胸やひざを押えながら藻掻もがいている。猿鬼が首をかしげて二人を眺めていた。


 猿鬼のことは、いまやお構いなしに二人はガバッと起き上がると、お互い顔を合わせた。


「おまえ」 「あなた」

「ぜっ た い!」

「バカだろう!」 「アホでしょう!」


 隼斗と秋人が鼻先を突き合わすほど顔を近づけ、ゼイゼイと睨み合っている。


「逃げるなら、山頂側さんちょうがわに逃げないと道に迷うでしょうが。さわに逃げたら、動けなくなる可能性もあるんですよ」

「そんなこたあ、知ってるよ。俺はこのあたりの地形は把握しているんだ。沢に逃げても問題ねえよ」

「この状態でも。ですか?」


 ジャラリと秋人が鎖を揺らした。隼斗が舌打ちをして、秋人を睨んだ。


 ドカッ!

 

 地面を叩く音とともに、飛び跳ねた土が凄まじい勢いで、言い合いをしている二人を直撃した。


「いったああ」


 声を上げると、秋人と隼斗が猿鬼に注目した。


 地面を見れば、野球ボールの大きさの石が地面にめり込んでいた。猿鬼が威嚇いかくのために、投げたのだ。地面の破壊具合から、直撃すれば命が無いことは想像できた。その証拠に飛び散った土が皮膚を切り割き、二人はほほや腕から血をにじませていた。


「おいおい、なんて馬鹿力だ。飛び散った土が、散弾のようになってるじゃないか」

「そりゃあ、神様が退治するくらいですから強力でしょう」


 秋人が猿鬼をジッと見ている。


(どしてだろう。一気に力でねじ伏せることが出来るはずなのに、近寄ってこない。警戒しているのか? この人が持っている銃を? いや、違う。何かを恐れている)


 秋人の気配を感じて、猿鬼がギラギラとした眼を向けた。狂気に満ちた眼は、いまにも猛獣もうじゅうの如く突進してくるのではと思わせた。


「くっそ。どうするか」


 隼斗がバックポケットに手を突っ込んで考え込んでいた。手にある感触は小型の手榴弾てりゅうだんだ。


獣相手けものあいてならともかく、マジで化け物相手にこいつが効くか分からねえ)


 手榴弾を掴んでいた手を戻した。


「なあ、お前。一応聞くが、何か手立てはあるか」


 隼斗の言葉に、秋人は血が滴る手を口に当て考えていた。


『攻撃できないときは、地の利を使うの。門を盾にするの』


(またあの声。門? そうか)


「あなた、猿鬼を思いっきりあおってください。ものすごい岩でも投げるよう仕向けてください」

「あぁぁぁぁー。お前、何言ってるんだ。岩なんか投げられたら、今度こそ俺達ただじゃ済まないぞ」

「考えがあります。猿鬼は何かの事情で近づけません。必ず何か投げて攻撃します。次は威嚇いかくじゃなく仕留めてくるはずです。そしたら避けてください」

「避けろって。それに事情って何だよ」

「分かりません」


 自信満々できっぱりと返事する秋人の眼を見て、隼斗はため息をついた。


「分かったよ。煽りゃあ、いいんだろ。こいつ使うけど文句はねえな」


 隼斗が再びベレッタを構えると、猿鬼の足元目掛けて撃った。


 銃声が山に轟き、足元の地を貫く銃弾を見た猿鬼は怒り、両手で岩を持ち上げると驚くべき程の速度で二人めがけて投げ飛ばした。


「来た!」


 秋人と隼斗は呼吸を合わせて、向かってくる岩を睨んでいた。

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