第189話 秋人と隼斗(3)

 秋人あきとの首にはコンバットナイフが押さえつけられていた。数ミリ引けば、命は無い状態である。


「動くな。イエスかノーかで答えろ。早瀬霞はやせかすみを知っているか」


 秋人は手を上げたまま身動き一つせず、ジッとしていた。


(男の声は、若い。大人というよりは、まだ僕と同じくらいか、少し年上な印象だ。気配が全くつかめなかった。でも、これは間違いなく人だ。それ以上の力は感じられない)


「答えろ」


 男が突きつけているナイフが皮膚ひふを切りさく寸前まで引かれる。あと一ミリでも引けば、秋人は絶命することは確かだった。その状態でも秋人は震えることなく、ジッとしていた。


(何だ。全く動じていない。脅しだと思っているのか。違う。ビビっていれば、身体は震えるはず。イキガッている奴ならば、反撃しようと動くはず。だが、こいつはどちらでもない。あくまで冷静に構えている。怖がっている様子もない……こいつ、俺を観察している!)


 男の手がグッと押さえ込んだ。秋人はそのまま地面に押さえつけられた。


 地にほほを押し付けられた秋人は、男の腕から鼓動を感じ取っていた。


(間違いない。この男は人だ。この男が言っている早瀬霞というのは、実菜穂と一緒に動画を観ていた子だ。わざわざ、ここまでその子を追いかけてきたのだとすれば、目的は僕と同じ。仮に早瀬霞に敵意があったとしても、村には入れない。人である以上、入れないはずだ。そうなれば、答えは)


「イエス」


 無駄な言葉を吐くことなく、秋人が答えた。首に押さえつけられていたナイフがサッと離された。


「いい加減なこと言ってないか」

「ノー」

「……」

 

 秋人が即答すると男は一瞬、沈黙した。


「早瀬霞と何処で知り合った」

「……」


 今度は秋人が沈黙した。


「答えられないのか」

「ノー」


 秋人が即答する。


「ああーっ、分かった。もういい。俺が間違っていた。イエス、ノー以外の言葉で答えてくれてもいい」


 半分あきれた声で男が早口で言うと、秋人は手を上げて反撃する意志が無いことを示した。


「知っていることを話す。だけど、このままだと苦しくて話せない。立って話をしたい」


 秋人の動じることが無い声に、男は考え込んでいた。


「分かった。だが、少しでも妙な動きをすれば容赦ようしゃはしない。手を上げたままゆっくりと起きろ」


 男は秋人の死角に立ち、ジッと秋人の動きを見ていた。秋人は手を上げたままゆっくりと立ち上がっていく。


「じゃあ、話すよ」

「話せ」

「僕が知っている早瀬霞は、ショートヘアーがよく似合って、素直で優しい瞳をしている。引っ込み思案なところがあるけれど、でも、その雰囲気は風のように爽やかな女の子」


 秋人は手を上げたまま前を見ていると、男がゆっくりと視界に入ってきた。戦闘映画などでよく見るクティカルベストを身に着けた隼斗はやとである。背が秋人よりも低く、髪は女の子のショートと同じくらいのボリュームだ。顔は幼く見えるので、本当に少年のようであった。だが、その幼い顔つきの瞳はからは鋭い光を放っている。見た目に対しての威圧感は凄まじく、秋人はそのギャップに驚いた。


「どこで、早瀬霞と知り合った」

「神社」

「どこの神社だ」

日御乃神社ひみのじんじゃ


 秋人が質問に端的たんてきに答えるのだが、それがかえって隼斗を苛つかせた。


「お前なあ」

「会いたいですか?」


 隼斗が質問を変えようとした瞬間、秋人が言葉をはさんだ。


「お前、なんて言った?」

「早瀬霞に会いたいですか?」


 この瞬間、秋人がこの場の主導権しゅどうけんを握った。絶対にありえないことだが、霞のことを聞かれ、隼斗は気持ちで後れを取った。


「答えてください。イエスですか、ノーですか」

「……」


 秋人が隼斗の仕草しぐさを観察する。隼斗に隙はないが、心の中に迷いがあるのが見えた。


(この人、とりあえず僕を生かすつもりだ。情報が少なく、これ以上は時間を費やしたくないのだろう。手慣れているのは確かだ。それでも、自分を抑えるトリガーがあるようだ。それが早瀬霞だとすれば、納得できる)


 秋人自身、ここまで詳しく人を観察できることを不思議に思った。


「僕が知っている早瀬霞とあなたが探している早瀬霞は、同じですね。イエスですかノーですか」


 秋人が隼斗から視線を逸らさずに質問した。他人がこの状況を見れば、隼斗の方が圧倒的に有利であり、秋人の言葉に従っているのが不思議に見えるに違いない。だが、隼斗にとって秋人は、得体の知れない力を持っている男に見えていた。なにより情報が欲しいなかで、秋人は少なくとも自分が知らない何かを得ていることは確信できた。


(こいつ、子供だろう。たんに虚勢きょせいを張っているのかと思ったけど、そうじゃない。確実に俺の中を見通している。霞ほどではないが、似た眼つきをしている。何者だ?)


 隼斗がナイフをベストに仕舞い込むと、軽く手を上げ攻撃の意志が無いことを示した。


「イエスだ。警戒が過ぎたようだ。さっきのことは謝る。お前が早瀬霞の居場所を知っているのなら聞かせてほしい」

「分かりました。居場所の想像はつきます。このナナガシラと呼ばれる村の中にいるはずです。だけど、いまは会えません」

「どういうことだ」


 隼斗の鋭い眼差まなざしが、ナナガシラに注がれていた。 


 

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