第183話 巫女と鬼(9)

 山の鬼門に霞はたどり着いた。シーナと入っていくと、鬱蒼うっそうとした森林を思わせる空間が広がっていた。


「ほ~、山の地は鬼門の中まで山だよ」


 シーナが目の上に手を当てながら、遠くを見渡すような仕草をしている。


(なるほどね~)


「霞、さっきのあなたの言葉、わたし、信じるよ。じゃあ、ここは霞に任せるから。ここの鬼は土の神の御霊を持っている。ただの鬼じゃないよ。まあ、霞の力なら、一捻ひとひねりで終わるよ」


 シーナが二コリと笑いフッと飛びあがると、そのまま風とともに姿を消した。

 

 サーっと木の葉を揺らし風が過ぎ去っていった。


 霞はあたりを見渡していく。


(鬼が見当たらない。どこかに隠れている?)


 霞が色で辺りをもう一度見渡していく。鬱蒼としていた空間では同じ色に見えていたが、風の神の眼では、色の違いを感じることができた。


(……あっ! なにこれ)


 霞が色で見たのは明らかに異様な姿である。空間の半分ほどを占める身体からだのような映像が、色で浮かび上がったのだ。そう、鬼がいるのだ。巨大な鬼だ。小高い丘のように感じていたのは、鬼が座っている姿だった。通常の神の眼で見ても擬態ぎたいしていて、気を張って探さねば気がつかない。色で見ることで、ハッキリと捉えられた。


 霞は首のはやぶさあざに手をかざした。緑色の光を浴びると、再び前開きのエプロンとグリーンのミニスカート姿になった。可愛らしいウェイトレスの巫女だ。


 霞の眼はすでに鬼の存在を確認していた。


(はっきりと分かった。この地形の半分は鬼そのもの。隠れているというか、同化しているようなあ)


 霞が小高い丘を見上げた瞬間、地響きとともに丘が盛り上がっていった。


 霞は飛び上がり、そのままスッと上昇して鬼の頭の部分を追っていった。


 緑の木々と擬態していた鬼が巨体の姿を現した。緑の身体が土色に変化していく。


「すばしっこい巫女がいたか。わざわざ、この鬼門にくるとは潰されに来たか。他の鬼はどうか知らんが、この山の地は落ちん」


 低いうなり声が辺りに響く。鬼が少し体を動かすだけで、辺りには地響きと風が巻き起こった。


「どうしてあなたが、土の神様の御霊を持ってるの?」


 霞が風を避けながら、鬼の目の前に迫っていった。


「それはなあ。土の神は人に味方したからよ。天上神が、それを許さなかった。。その神を護る人も邪魔な存在なのだあ。分かったか、人の子よ。だからお前もここで潰れろ」

「なによ。それ、意味が分からないよ」


 霞が大声で叫んだ瞬間に、鬼は目障りな蚊でも潰すように両のてのひらを合わせた。


 ドッドーン!


 岩や土砂が降り注ぐような重い響きが空間を覆った。



(霞! いま助けに……)


 風に紛れていたシーナが思わず声を上げそうになった。息を飲み、鬼の手をシーナは睨んでいた。シーナの眼が一瞬、怒りの色を帯びるが、すぐに鎮まっていった。


(シーナ、私は大丈夫。私は風の神、級長乃神しなのかみの巫女なんだから。見ていて。シーナに恥はかかせない)


 霞の声がシーナの心に風の如く流れてきた。


 力強く両手を合わせている鬼の顔が強張っていく。鬼の手の中で、霞が猛烈な風を巻き起こしていた。岩のように硬い巨大な掌を風が削り取っていく。全てを薙倒なぎたおし、全てを破壊はかいする風の力。霞はいまその力を纏っていた。


 バーーーーーーーーーーーン!


 鬼の掌を破壊した霞が姿を現した。


「山の鬼門の鬼。級長乃神のもとに伝えます。いますぐ土の神の御霊を返してください。さもなくば、その身体、砕きます」


 霞が鬼の顔の前に立っている。鬼は吹き飛ばされた掌を眺めると、怒りの表情で霞を睨んだ。


「人が何をほざくか。この地の人はすでに呪いで息絶えた。まだ、人に味方し、天上神に逆らうものがいるのかあ」


 低い唸り声が、空気を震わせ衝撃波となった。霞はそれを全く受け付けずに流していく。


「人に味方をする神がどうして許せないのか、分からないよ。それなら、私は御霊を取り戻す。人を護る風の神の名に懸けて」


 霞の眼が緑色に輝くと、辺りの空気が霞に向かい集まっていった。鬼は巨体ながら素早い動きで、霞を踏みつけようとした。逃げ場がないほど大きな足が上から霞を襲う。脚が頭上間近に迫ってきたところで、霞が集まってきた空気を一気に解放すると、巨大な鬼はまるで風船が飛び上がるように上空に放り投げられていった。


 シーナは「痛そう」という顔をして見ている。


 巨体であることのデメリット。それは、投げ飛ばされたダーメージが大きいということだ。巨体であればあるほど衝撃が生み出すエネルギーは大きくなる。当然、それだけの打撃を受けることになる。


 空間を歪めるほどの地響きが起きた。まさに山崩れである。だが、破壊を示す神の攻撃はこれで収まらなかった。霞は、グングンと上昇するとクルリと体制を変え、頭から急降下していく。気流の白い帯を纏い鬼の頭まで降下すると、勢いに乗ったまま回転を加えて、かかとを振り下ろした。


龍星撃りゅうせいげき


 霞が放った踵が巨体の鬼を粉砕していった。


 鬼の身体は見事なほどに粉々に砕け散った。あとには、鬼の御霊と土の神の金色の御霊の欠片だけが残っていた。


ハァーハァー、荒く息をする霞のもとにシーナが現れた。


「驚いたよ。潰されたとき、わたし飛び出すところだった」


 シーナの眼を見て霞は笑った。その眼だけでシーナが自分をどう思っていてくれたのか分かった。


「大丈夫だよ。私は風の神の巫女だから。シーナの前でカッコ悪いところは見せられないよ」


 霞が前開きエプロン姿で頭をかいている。シーナもその姿に笑顔になった。


「それにしても、最後の龍星撃ってなによ。そんな名前の技なんてないよ」

「ははは、何となく。カッコ悪いかな」

「まあ、可愛いから許す。その技もありだよね。それじゃあ、鬼門を封じるよ」


 シーナが緑のオーラを流して鬼門を封じた。霞は、シーナの美しくも可愛い姿を瞳に映していた。


(私は、シーナの巫女なれて良かった。シーナはやっぱり可愛い)


 クルリと振り返って笑うシーナのもとに霞は歩いて行った。

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