第164話 鶴と烏(9)
雪神が
雪神がフッと笑った。というのも、夕帰魅は、雪神より
「夕帰魅、私はなにも怒ってはないですよ。そんな顔しないでよ」
「はい」
おどけた口ぶりの雪神に返事をすると、夕帰魅の表情が少し緩んだ。だけど、まだ不満げな色は残っており、何か言いたそうな目で雪神をチラリと見た。
全てお見通しである雪神は、その表情に吹き出しそうになるのを必死で堪えながら、静かな表情を整えた。
「夕帰魅、何か言いたいことがあるの?」
雪神は夕帰魅にとって
「雪神様はなぜあの者に
「ああ、そのことですか」
雪神が、かまととぶった態度で返事をした。
「それは、私が必要だと思ったからです。
夕帰魅は、雪神の言葉を自分に納得させようと下を見つめ、押し寄せる感情に耐えていた。
(夕帰魅、分かっていますよ。あなたが、ナナガシラの沼の地の人を助けようとする
雪神は『さて、どうしたものか』と笑みを浮かべた。
「そう言っても、夕帰魅は納得できないでしょう」
雪神が言い聞かすように答えると、夕帰魅は顔を上げ、恐れ多いと首をふった。
「実のとこ、漣に力を与えたのには、もう一つ理由があります。漣は、私に礼を伝えました」
「礼ですか」
「はい。私はその礼を受けました」
「あの者は、雪神様になんと言ったのです」
「漣が私に伝えました。『夕帰魅を助けていただき、ありがとうございます』と」
雪神の言葉を聞くと、夕帰魅はカッと目を開いた。
「なぜ、あの者がそのようなことを」
「ここに来るまでに、冬の神に夕帰魅の話を聞いたようです」
夕帰魅のなかに怒りとも悔しさとも言えぬ感情が、一気に押し寄せてきた。いまからでも後を追い、漣を
「なぜ、あの者はそのようなことを・・・・・・同情ですか」
夕帰魅の目が怒りで震えていた。情けを掛けられたくない相手だけに、いっそ己の身を引き裂きたいとさえ思えた。
「どうでしょう。全くないとは言えないかもしれません。でも、果たしてそれだけでしょうか。夕帰魅も知っているでしょう。
雪神の声に夕帰魅の目が少し柔らかくなった。
「同情だけで、果たして神命にない言動をとるのでしょうか。私の神命であれば、夕帰魅は確実に
雪神の瞳が銀色に輝くと、夕帰魅は引き込まれるように見上げていた。
「山の神の
雪神を見上げていた夕帰魅は、素早く下に顔を向けた。見えているはずの華が霞んで見えなくなっていた。長く感じたことがなかった温かく、切ない気持ちが夕帰魅の中で狂おしいほど渦巻いていた。
「夕帰魅。あなたにお使いをお願いします。この札をユウナミの神のもとに届けてくれますか」
雪神は
「事は大事になります。くれぐれも気をつけて。それと、これは神命でもなければ頼みでもありません。お使いです。これも、人を助けることになります。私が動くのは、人を助けるためではありません。
雪神が妹を慰めるように言うと、夕帰魅は立ち上がり、鶴の姿になった。
クォーン
美しい声を上げたのち、札を咥え、雪神に頭を下げると美しく羽ばたき飛びたっていった。
雪神は、優しい瞳で飛び立った鶴を見送った。
(そう、私は水面の神の為に動きます。たとえ、水面の神がアマテの神を討てと言ったとしても
再び白い着物姿となった雪神は、漣が向かった欅のもとへと歩き始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます