第159話 鶴と烏(4)

 れん夕帰魅ゆきみから目を離さずにゆっくりと立ち上がった。


「どうやら、ならず者とはいかなかったな」


 夕帰魅は笑顔のまま漣を見ていた。


(この夕帰魅という女。いったい何を考えているのか分からないが、歓迎かんげいされているって感じじゃないよな。ここに来るまでも、こいつはずっと私の気を探っていた。正面からくれば可愛いものを、見た目とは裏腹に陰険いんけんだなあ。それならいっそう)


 漣が山伏装束やまぶししょうぞくを整えながら、さりげなく刀の柄の握りを確かめていた。


 漣の臨戦態勢りんせんたいせいだった。


「他にはもう試すことはないのかい?こっちはさあ、神命しんめいを受けて来ているんだ。こんなところで遊んでいる暇ないんだよ。それとも、これがの歓迎なのかい」


 漣の言葉に夕帰魅の目が鋭くなった。


「物の怪のくせに」


 夕帰魅が素早く両腕を振り上げて下ろすと、そのまま一歩後ろに跳んだ。

 その動作に反応して漣も後ろに跳んだ。漣がいた場所には、四本の雪と同じ純白の羽が突き立っていた。

 

(なるほど。やる気満々てことか。それなら遠慮はしないよ)


 漣のなかにメラメラと闘争心とうそうしんに火がついた。目を大きく開くと、右手を左肩に掛けそのまま振り下ろした。一本の黒い羽が白い空間を突き抜け、夕帰魅の胸めがけて飛んでいく。今度は夕帰魅がカッと目を見開き、高く跳びあがって黒い羽を避けると、すぐに腕を振り上げ粉雪を舞い上げた。


 視界を封じると同時に雪にまぎらせ、白い羽を何本も漣に向けて放った。


(ふん。見え見えだっつうの)


 漣が身体を半捻はんひねりして黒い羽を放つと、雪の上には白い羽と黒い羽が交互に突き刺さっていた。


「いったいどういうつもりか知らないけど。これが雪神様の歓迎でなければ、お前の単独行動ってとこか」


 夕帰魅の羽を撃ち落とした漣が、挑戦的な笑みを見せた。漣の言葉に夕帰魅がキッと感情を高めた目を向ける。大人しそうな容姿だけに、その表情は目の奥に残るような美しさと凶暴さを持った光を放っていた。


「お前のような物の怪が雪神様の名を軽々しく語るな」


 夕帰魅が地面をゆびさすと、雪の中から鋭い氷柱つららが漣を目掛け突き上げてきた。


「わっ、ちょっ、まっ!」


 黒い翼をバサリと現すと、漣は次々襲いかかってくる氷柱を空に舞い上がりかわしていった。


「そう言うお前だって、そのたぐいだろうが」


 漣が刀を抜き氷柱を切り折っていく。


「黙れ。私は雪神様のしもべだ」

「そうかい。だったら、私も山神様の僕なんだよ」


 漣が羽団扇はねうちわを取り出し、天に向け掲げた。

 地面からは上昇気流が起こり、雪が舞い上げられていった。


かすみの受け売りだけど、試してみるか)


 舞い上がる雪のなか、夕帰魅が飛ばされまいと地に足をつけていたが、耐えられずに打ち上げられた。雪に紛れちゅうに上げられた夕帰魅めがけ、漣は上から刀を振り下ろした。


 キーン!


 漣の刀を夕帰魅が受け止めた。夕帰魅の両手には大きく湾曲した短剣が握られていた。ショーテルだ。


 二人の体制は漣が上で夕帰魅が地を背に受けている状態である。漣が翼をばたつかせ、力で押していくと、夕帰魅の身体は徐々に地へと近づけられていった。


 ザッ!


 押してくる漣に対抗すべく、夕帰魅の口元が締まった瞬間、背から大きな翼が現れた。白地に黒色の縁取ふちどりがある翼だ。


「正体を現したな。夕帰魅ちゃん」


 宙に止まったまま、お互い歯を食いしばり睨みあっていると、一陣いちじんの風が舞い散っている雪を吹き飛ばした。

 

「二人ともおやめなさい」


 優しくも諫める声と共に御霊みたまを突き抜けるような冷風を浴び、漣と夕帰魅の熱くなっていた頭は冷めていった。

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