第148話 メモと記憶(4)

 みなもがゆっくりと歩いてくる。みなもが歩いていくと、周りの暑く乾いた空気が涼やかで潤いのある空気に変わっていった。


「みなも、里子さとこさんが連鎖を切ろうとしたというのは、のろいを絶とうとしたってこと」

 

 実菜穂がみなもの前に「里子」、「罪」、「呪い」と書いていく。さっきまでは「優と里子のことだけを纏めよ」と言っていたが、みなも自身が乗り出して言葉をはさんできたのは、よほど腹に据えかねたもが見えたのだろうと実菜穂は感じていた。


 みなもの想いを感じているのは、この中で実菜穂だけである。陽向、霞はおろか、火の神やシーナでさえ感じてはいないことであった。表情もオーラも普段と変わらないが、ほんの少しだけ悲しみの想いが辺りの潤いの中に溶け込んでの中へとみ込んでいくのが実菜穂には分かった。みなもの巫女である実菜穂だけが感じることができた想いである。

 

 想いを感じたという目の実菜穂に、みなもが答えた。


「呪いはこの地の人への罰であって、里子が切ろうとしたのは、一言でいえばこの地の人が背負ったつみそのものじゃ」



(そうだ。ビルの中でキナが言っていた。「私では叶わなかった村人の受け継ぎし罪を晴らしてくれたなら」と。罪とは、地上神と共に天上神と戦ったこと。そんなことで・・・・・・)


「みなも、どうやって里子さんは罪を断ち切ろうとしたの?」

「簡単なことじゃ。罪を背負わせたその元を絶つのじゃ」

「うん?・・・・・・それって、つまりこの地を治める天上神を討つってこと!」

「そうじゃ。このさい襲い来る魑魅魍魎、その他神々の問題は置いておいて、一点突破の七つ目の頭である天上神を討つつもりであったのじゃ。里子はよほど強い力を持っておったのじゃろう」


 みなもは、写真と霞のメモを見つめていたが、その瞳をれんに向けた。



 漣が頷いた。


「そうです。里子は歴代の巫女の中でも力が強い巫女だった。山の神の巫女として務めを果たしてきた里子の力は、七つの歳を超えてからも強くなっていった。本当なら里子に代わる巫女が生まれているはずだが、既に呪いはこの地に深く根づき、巫女という存在を許すことはなかった。そのなかで、里子がこの世に生まれてきたこと自体、奇跡だとも言えた。だからこそ、この地の人は里子をあがめた。神に代わる巫女に縋った。だが、里子の身体は力と引き換えに生まれつき丈夫ではなかった。それでも里子は、呪いを一身に受け懸命に尽くした」

「もしかして、里子さんの成長が他の生徒より遅いのは、少しでも衰弱を止めるためですか」


 陽向が写真の里子を見つめていた。実菜穂と霞は、言われて気がついたが、里子の顔つきは幼さを残したというよりは、幼いままという言葉がピッタリのように思えた。


「そう。この写真の里子は、持つ力に対して身体を酷使するには耐えられない状態になっていた」

「それで、一気にケリをつけようとした・・・・・・・」


 実菜穂が地面を見ながら考え込んだ。


 実菜穂たちが共有して記憶にある光景。サナ、キナ、卯の神の光景が蘇ってきた。記憶をつなぐなかで、キナから里子までの途切れた村の歴史が実菜穂の頭にむずかゆ隙間すきまを作っていた。


(もしかしたら、キナはこのことを知っていたのかもしれない。私に託したことは、偶然ではないのだとしたら。いやいや、待て待て。優さんと里子さんにいまは集中しないと)


「漣ちゃん、私にはちょっと見えないことが二つあるよ。もし、知っているのなら教えて。一つは、巫女が途切れたのはいつからなのか。二つ目はどうして里子さんは、一点突破の手段を考えついたのか。この二つを教えてください」


(もし、私の予想が当たっているのなら、記憶は補完できる。何かが一本につながる。写真で気になっていた何かが)


 漣は陽向と実菜穂を見て答えた。


「土の神の御神体を取り戻しているのなら、会っているだろう。里子が生まれる以前にも巫女は生まれていた。だが、天上神が手を回し、守護するはずの地上神の御霊と共に巫女となる前に葬られた。一人は田の神の巫女となるはずだったユカリ。そしてもう一人は、川の神の巫女となるはずだったスズナだ」


 実菜穂と陽向は雷撃を受けたような顔をして互いを見た。二人の反応を見たあと、漣は話を続けた。


「やはり会っていたんだ。その二人は、本当なら巫女となり村を護るはずだった。だが、巫女を恐れた天上神は、地上神を仕留めるとともに巫女を途絶えさせようとした。里子が生まれるときには、既に沼、野、土、川、田の神の御霊は天上神のもとに奪われた。残るは山の神。天上神が里子の存在を知り、手を回そうとしたとき、山の神が、里子を護るために盾になった。山の神はしもべである我ら烏天狗に全てを預け、御霊と引き換えに里子を護ったのだ」


 霞が指を折りながら何やら考え込んでいる。


「あのう。漣ちゃん、実菜穂さんの質問途中で、ごめん。理解できないんだけど」


 霞が「非常に申し訳ない」という顔をしている。その表情を見て、実菜穂と陽向はクスリと笑った。


「霞ちゃん、気にしなくていいよ。私もたぶん同じこと聞こうとしてるから」

「そう、私もだよ。あの一夜の出来事を経験した私たちなら、思いつくこと」


 実菜穂と陽向の言葉に霞は緊張していた頬を緩めると、漣にたずねた。


「沼と川と田の神様と巫女については分かりました。だけど、野と土の神様と巫女はいつ討たれたのですか」

「そうか、三人とも卯の神に会っているんだったな。それなら、巫女の名を知っているだろう。この地の呪いを止めるために、野の神は一人の巫女を誕生させた。野の神の力を受け継いだ強い巫女だった。だが、その心はあまりにも寛容すぎた。天上神が招き入れた物の怪を許したため、裏切り者として巫女の力を閉ざされ、村人により隠された。そこで、野の神は己の御霊の一部を分け与え、より強力な巫女を誕生させた。すべては、この村の人の罪を晴らす為に・・・・・・。その巫女の名は、キナ」


(やっぱりそうか!)


「じゃあ、キナの前に生まれた巫女は、サナですね」


 実菜穂がすかさず聞くと、漣は頷いた。


 三人の記憶の隙間が少しずつ埋まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る