第46話 神と巫女(1)

 実菜穂が廊下に倒れている。時間は一、二分といったところだろうか、意識を無くしていた。


『実菜穂、大丈夫か』


 声の方を振り返るとみなもが立っている。


「あれ、みなもどうしたの?私、何かしたかな」

『いや、まだ何もしておらぬ。入口で弾き飛ばされたのじゃ。お主はまだ気を失のうておる』

「あーっ」


 飛ばされた瞬間の記憶はないが、それまでの状況をはっきりと思い出すことができた。


「みなも、ひょっとして私、拒否られたの?」

『ああ、そうじゃな。かなり警戒しておる。神とはいえ御霊がないのじゃ。あちらも怖かろう』

「そうかあ。そこまで気が回らなかったな。さて、どうしたものか。こじ開けるわけにはいかないよね」

『そうじゃが、時が限られておるでな。そうも言っておれぬ。まだお主は武具を持っておらなんだな。用心にこしたことはない。お主の手にはくろがねの弓がある。いまのお主で使える最高の武具じゃ』


 実菜穂の手には重く光りを放つ鉄で作られた弓が握られていた。この「くろがねの弓」は鍛冶の神により作られた武具である。その威力は魔はおろか、神の身体をも貫くとされる。言ってみれば、神をも仕留めることができる武具だ。みなもがユウナミの神を護る桃珊瑚売命とこのみことと戦ったときにもこの弓は使われた。


「これ?あっ、みなも、私、弓なんて使ったことないんだよ。簡単に扱えるとは思えないよ」

『大丈夫じゃ。お主は儂の巫女じゃ。儂が使えるものは、お主にも使えるでな。忘れるでない。儂はお主と一緒じゃ』


 みなもが実菜穂の頬を撫でた。頬に手の温もりを感じるのと同時に意識が回復した。




「あいたたーっ。どれくらい気を失ったのかな。陽向ちゃんと霞ちゃんが来ていないようだから、それほど時間は経っていないはず。みなもが起こしてくれなければ、きっとまだ寝てたな」


 強打した背中をさすりながら立ち上がろうとしたとき、左手に握られている物に気がついた。みなもから与えられた弓である。


「これが鉄の弓か。重みは感じるけど見た目ほどじゃない」


 実菜穂が握っているのは黒赤色の重い光を放っている和弓であった。弓を立てれば胸ほどの高さである。色は重そうな印象を与えるが、持つと意外にも軽く、取り扱いも苦にはならなかった。実菜穂は弓を上下左右に振り回し、構えをとって感触を確かめていた。調子にのって軽々と振り回していると、手を滑らせて弓を落としてしまった。


 グゥワッシャーン!!!!!!!!!!


 弓が床に倒れた瞬間、轟音が響きわたった。


「えーーーーーーっ!うそっ」


 慌てて拾い上げて、誰もいないことは分かっていながらも辺りを見渡してしまった。落とした場所を見ると、カーペットは衝撃で剥がれている部分があった。


(なになに?これ、もしかしてすごく重いの?私、なんで持ててるの)


 実菜穂は自分でも訳が分からず、落とさないようにしっかりと持つと改めて弓を眺めた。


「そうかあ、鉄の弓だもの。重くて当然だよ。巫女だから扱えるのかな。あれ、そういえば弓はあるけど矢が無いぞ。これじゃ、使い物ならないよね」


 自分が矢を持っていないことを確認すると、弓を持ちあげてつるを引いて構えを取った。いままで弓など使ったことがないのに、身体が自然に動いていた。人の力では引ききることができない弦も易々と胸元まで伸ばしていく。ゆっくりとした美しい動きで構えをとり、遠くの壁に狙いが定めるのと同時に、一本の矢が銀色の光りを放ち現れた。


「わっ!」


 驚いた実菜穂は弦を放してしまった。矢はそのまままっすぐに飛んでいくと廊下の壁をぶち抜けて外へと飛び出していった。



(えーーーーーーー!!!!!!)


 壁にあいた穴までダッシュしていき、ぶち抜かれた穴をのぞき込んで矢の行き先を確かめた。神の眼をもって見つめる先に矢はしっかりと捉えられていた。


「この壁コンクリートだよ。あの矢は突き抜けていったよ。行き先がはっきりと見える。光りとなって消えたみたい。良かった。誰にも当たってない。みなもが言っていたとおり、扱うことはできる。これもみなもの力なんだ」


 持っている弓を見つめその威力に動揺している心を、深く息をして落ち着けていった。


(この武具は容易くは使えない。こんなの誰に使えというのだろう。この場にはふさわしくないかもしれない)


 再びフロアに入るためにドアの前へと歩いていった。

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