第18話 巨大ドラゴン


 ドラクル村の東隣の村、そのそばにある森。そこでは貴族風の服装をした男が、ブツブツと呟いていた。


「困りますね、吸血鬼と人間の共生などされては。私の望みとは合致しません。ギルドは不干渉と命じてきましたが私の信義に反する」


 彼は地面に巨大な魔法陣を描き、そこに手をそえている。


「出でよ我が眷属。風の奏者たるドラゴンよ」


 魔法陣がバチバチと輝いて、巨大な翼を持った全長10mを超えるドラゴンが出現した。全身は緑色で鱗は鉄のように輝いている。


 その名はウィンドラゴニア。出没すれば人は天変地異と同じような対応を強いられる、怖ろしいドラゴンであった。


「ドラアァァァァァァ!」

「よしよし、人間の村を襲ってください。おっと人を殺してはなりませんよ。無駄な血を流したくはないのです」


 男は紳士的な笑いを浮かべた。


 対してドラゴンは鬱陶しそうに吠えて不服な態度を見せる。男はニコニコと笑い続けていた。


「後で私が全て吸血する予定なので、風で吹き飛ばすなどで殺してはダメですよ?」


 男は優しそうな笑みを浮かべる。その口元には鋭利な犬歯を覗かせていた。





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「…………」

「アリエス、もうやめておけよ」

「…………うるさい」


 村の広場では俺とアリエスが相対して戦っていた。


 彼女はすごく暗い顔をしながら剣を構えて俺に仕掛けてくる。足をひっかけて転ばせた。


「…………」


 彼女は起き上がろうともせずに黙ったまま転がっている。村人たちももう誰も見ていなかった。


 俺が以前に告げたことが効き過ぎたようだ。かといって吸血鬼である俺が慰めの言葉をかけるのも違うしなぁ……どうしたものか。


「た、大変です! 村長!」


 悩んでいると元村長が全力で走ってきた。相変わらず杖を振り回しているが、本当にそれ飾りなの? 転ばぬ先の杖みたいな?


「おわっ!? いたた……なんじゃこの伸びた草のツルは……」


 しかも転んでるし……転ばぬ先ですらない。ちなみに元村長がつまずいたツルだけでなく、広場の一部に妙に伸びた雑草が生え始めていた。


 聖魔法の光のせいだ。あの光は太陽の力を凝縮したものらしく、植物の成長を促進しているようだ。


 この広場はアリエスの聖魔法の光を浴びたせいで、植物が異常な速度で成長しているのだ。この広場は基本的に土、だが俺とアリエスがいつも戦っている半径4mくらいの円が芝生になっていた。


 彼女の類まれなる強力な聖魔法の余波を受けたようだ。たぶんそこらの並みの人間の聖魔法では、出力不足で大した成長促進は期待できなさそう。


 元村長は元気に立ち上がると俺の元へと走ってきた。


「村長大変です! 隣村の者が逃げ出してきました!」

「逃げ出してきた? どういうことだ?」

「そ、それが……ドラゴンに襲われたと」

「ほう? じゃあ少し話を聞くとするか」


 ドラゴン。ファンタジー世界では王道的な魔物だが、この世界にもしっかりと存在している。強さは個体によってピンキリだ。


 元村長に案内されて村の入り口につくと、数人の男が息を切らせて休んでいた。彼らは俺を見るとビクリと怯えだす。


「吸血鬼……! 噂は本当だったのか……!」


 領主軍を撃退したことで、俺の想定通りに噂が広まっているようだ。吸血鬼の住む村なんて悪評ではあるが、知られていないよりは幾分マシだ。


 例えば商品を売るにしても、最初に眼中に入れてもらわないと話にならない。そもそも買われる選択肢が出てこないから。


「そうだ、俺は吸血鬼だな。それで何でお前たちは逃げてきたんだ?」

「……じ、実は村がウィンドラゴニアに襲われました。そしてドラゴンは村にずっと居座って……な、なんとか退治したいのですが、領主様に要請しても無視で……。あわよくば吸血鬼様にお願いできないかと……」


 つまりはダメ元で俺を頼ってきたと。


 やはり噂を広めて正解だったな。俺の存在を知らないと出てこない選択肢だったのだから。


「ウィンドラゴニアねぇ……えーっと」


 俺は懐から日記を取り出してペラペラとページをめくっていく。お、見つけた。


「なんて書いてるの?」


 いつの間にか現れたイーリが訪ねてくる。また騒ぎを聞きつけて出て来たな……。


「ウィンドラゴニアは強力な風を操るドラゴン。人の間では街を滅ぼした災害として、伝説にもなっている存在らしい」


 他にも色々と書いてあるが言わなくてもいいだろう些事だし。


「そんなの何で急に出てきたの?」

「ドラゴンだから他所から大移動してきたとかじゃないのか? 話を戻そう。お前たちはこのウィンドラゴニアを俺に退治して欲しいわけだな?」


 隣村から逃げてきた男たちに告げると、彼らはペコペコと頭を下げてきた。


「そ、その通りです……どうかお願いします……。このままだと村に住めなくて……」

「受けてもいいが条件がある」

「じょ、条件……!? まさか血を捧げろと……!?」

「鬼、鬼畜、冷血鬼」

「イーリうるさい。欲しがってるのは血じゃない」


 俺の目的は金を稼ぐことだ。そのためには外と商売をしなければならない。


 だが現状ではこの村は領地のおたずね者なので、どこも取引をしてくれないのだ。


「お前たちが俺達の村の物を他所で売って来い。それが条件だ」


 幸いにも我が村にはハチミツがある。隣村を通して売れば金になるはずだ、甘味は偉大。


「そ、それだけですか? 血は?」

「不要だ、じゃあさっさと案内しろ」

「え? い、今すぐですか? 相手は国が軍を出すレベルの魔物です。念入りな準備とか……」

「いらん、それより早く倒さないと困るんだよ。万が一この村に近づかれるとな」


 養蜂場がダメージ受けるのは絶対許せないからな。俺の魂の娯楽を傷つける奴は、さっさと潰しておくに限る……!


 そうして俺は男に案内されて道を走っている最中だ。彼らは馬に乗っているが、俺は乗馬できないというか自分で走った方が速いのでランニングしている。ついでにイーリを背負っている。


「速くしろ。遅いぞ」 

「な、なんで馬より速いんですか……?」

「愛馬リュウト。少し遅く走る」

「だから誰が愛馬だ、誰が」


 そうしてしばらく走っていると村が見え始める。そこの中心の広場で大きなドラゴンが立って吠えていた。


「あれがウィンドラゴニアか、でかいな」


 姿が見えたので立ち止まってイーリを降ろして呟く。伝説になったと言うだけはあるようだ。


「へ、へい! 伝説のドラゴンで、翼の一振りで竜巻を起こす怪物です! 更に鱗は鉄をも通さぬ硬度で、炎まで吐く天災! ここは迂闊に手を出さずに不意打ちで急所を……」

「お前たちはここにいろ。ちょっと行ってくる」

「ちょっ!? なんで正面から行くんでさぁ!?」


 俺はウィンドラゴニアに正面から突っ込んでいく。


 奴も俺に気づいて吠えて炎のブレスを発射してきた。服が燃えると困るので走りながら軽く横に避けてウィンドラゴニアに肉薄した。そのままの勢いでドラゴンの首に手刀をいれる。


 するとハムでも切るかのように、ウィンドラゴニアの首がスッパリと切断された。ドラゴンの大きな首が地面にズシンと落ちて、首無しになった身体も倒れて行く。


「逃がさん! 血よ、凝固せよ!」


 俺は即座にドラゴンの首無し胴体の出血部の血を固めた。どうやら成功したようだ。


「う、嘘だろ。天災レベルの魔物が一撃って……」


 俺を案内した村人が茫然と首無しウィンドラゴニアを見ている。だが俺としては予定通りだ。


「なんで血を固めたの?」


 イーリがとてとてと近づいてきたので、俺はニヤリと笑みを浮かべた。


「実は日記に書いてあったんだが、こいつの血や肉は美味しいらしい。なので腐らないように血を出さずに、血魔法で体内に循環させている」


 俺の想定では血が循環していれば疑似的に生きている状態になるはずだ。血が動く時に熱も発するし何とか……ならなくて腐る可能性もあるが、その時は諦めることにする。


「便利」

「これからしばらくはドラゴンステーキだ!」

「こないだのニンニク使う?」

「使う!」


 ちなみに日記にはウィンドラゴニアは弱いわりに美味と書いてあった。強い吸血鬼からしたらあいつは大きなトカゲくらいのノリだったようだ。


 いやあ楽しみだなぁ! しばらくは美味しい肉が食えそうだ!


 ところで……さっきから上空を飛んでる鳥、たぶんあれも使い魔だよなぁ。とりあえず石投げとこ。





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 ドラクル村の遥か上空を鳥が飛んでいた。その目を通じて村の様子を見ているものがいる。


「へぇ……よいですね。美しい村です。何より危機に晒されながら生きる人間が美しい……やはり人は危機を前にして輝き、その血は宝石のようになる。。さて次は私が直々に……ぐっ!?」


 吸血鬼は顔をしかめて小さな悲鳴をあげる。


 鳥が投げられた石に落とされたことで、目を通じていた吸血鬼も僅かに驚いたのだ。後にまた愉悦そうに笑いだす。


「ふふふ、まさか我が使い魔に気づき、目視ギリギリの場所に石を投げつけるとは。やはり私が直々は危険なようですね、念のために同胞を呼びますか。後は銀の聖女殿に邪魔されないように……おっとこれは利用できそうだ」


 吸血鬼はアリエスが書いた村の報告書を見ながら笑っていた。



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心臓の代わりに血魔法で動かすことで、肉を保全するために血を循環させられます。

なので首を綺麗に切断して他には外傷を与えず、血管を保護する必要があったんですね。


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