第13話 領主の軍が攻めてきた


 太陽が真上に昇る頃、村の広場。


 俺は毎日の日課であるアリエスとの決闘を行っていた。


 周りには村人の大多数が集まって農作業の休憩を行いながら、俺達の戦いを見物している。もう完全に娯楽としか思われていない。


「やあっ! 聖水かけ!」

「馬鹿! 服が濡れるだろ!?」


 アリエスは小さなガラス瓶にいれていた水を、俺に向けて振りかけてきたのだ!


 聖水でもダメージはないけど服が濡れると渇くまで冷たいんだよ! 


「心配するところが違うでしょ! 吸血鬼なら聖水は弱点のはずなのに! 昨日頑張って井戸の水から作ったのに!」


 悲鳴をあげながら俺から距離を取るアリエス。それを見て村人たちが歓声をあげた。


「今日のアリエスちゃんの策は聖水か。昨日は銀の食器で、一昨日は聖別した布だっけ。どれも通用してないけど」

「頑張れアリエスちゃんー! 俺は見てたぞ! 井戸の水で聖水作りつつ、身体を洗ってるところを!」

「お前それ覗きじゃねぇか!? 村長! こいつ処すべきです!」


 村人たちは口々に好き放題述べまくる。もし村に酒があったら間違いなく飲んだくれてただろうなぁ。酒を製造できれば売れるから、この村でも試してみるべきか……。


「ちょっと!? あなた、戦いに集中してるの!?」

「あ、ごめん。今日の一発ネタが終わったみたいだから考え事してた」

「ね、ネタ!? 私の秘策がネタ扱い……! 許さない!」


 アリエスは銀剣を構えて突っ込んできたので、俺はいつものごとく彼女の足を引っかける。彼女は勢いよく地面にこけて突っ伏した。


「今日の勝ちも吸血鬼様かぁ。さてそろそろ農作業に戻るべ」

「んだんだ。ところでアリエスちゃん、スカートはやめたほうがいいべよー! 見えてるべー!」


 村人たちはよっこらせと立ち上がって広場から立ち去っていく。そして俺とアリエス、そしてイーリだけが残された。


 アリエスはペタンと地面に座り込んで立とうとしない。


「おい大丈夫か? 立てるか?」

「う、うるさい! 何で勝てないのよぉ! 私は吸血鬼に負けないと誓ったのに! 強くなったはずなのに、子供みたいに弄ばれて……!」


 少し涙目になっているアリエス。


 俺が言うのも何だが、俺の身体がチート過ぎるのが理由ではある。でもそれを言ったところで彼女は納得しないだろう。


「それになによ! なんで吸血鬼なのに人の血を吸わないのよ!」

「吸ってるぞ、この注射器で」

「それがおかしいのよ! 普通は噛んで人を吸い殺すでしょ! 何で村人に慕われてるのよ!」


 俺は村人と良好な関係を築いている。なにせ毎日森に入って獣を狩って配っているのだから。


 彼らからしたら毎日焼肉が食べれてすごく嬉しいだろう。なお俺としてはもっと塩が欲しい……塩が貴重で味付けが薄味過ぎて……。俺も血をもらっているので共生関係だ。


 俺の取ってきた肉で村人が血をつくり、それを俺が採血して飲む。まさにアブラムシとアリのような双利共生……いや例えが悪いな。


「よいことじゃないか。人を殺してないんだから」

「それはそうなんだけど……!」


 いかん、ストレスが溜まって癇癪を起こしているっぽい。仕方ない……少しだけ助言してやろう。


「アリエス、実は内緒だったのだがお前には明確な弱点が……」

「そ、村長! 大変です村長!」


 アリエスに助言しようとした瞬間、元村長が杖を振り回して必死に走ってきた。いや元気だなあんた、その杖は飾りか?


「どうした? 血相を変えて」

「こ、この村に恐ろしい数、千近くの軍勢が向かってきていると! きっと吸血鬼様を討伐しに来たのです!」

「軍勢? 吸血鬼狩りが群れてきたのか?」


 アリエスに視線を向けると彼女は首を横に振った。


「そんなわけないでしょ。吸血鬼狩りを大勢雇う金なんて、ここの領主が持っているわけないわ。そもそも私がここを討伐するって吸血鬼狩りギルドに報告してる。その上で派遣してくるわけがない」

「じゃあ普通の兵士の軍ってことか。ここの領主は馬鹿なのか?」


 吸血鬼討伐に有象無象の軍勢を率いる。それは色々な意味で愚者のやることだ。


 ぶっちゃけるとコスパが最悪すぎる。吸血鬼は強力な存在だが弱点をつければ勝てるので、兵の数はそこまで重要ではないのだ。


 弱い吸血鬼なら兵士百人もいれば十分勝てる。強い吸血鬼なら千人の兵士を派遣するより、討伐に慣れている吸血鬼狩りに依頼した方が安上がり。大勢の兵士を雇う金や食費などが勿体ないにもほどがある。


「……ここの領主は吸血鬼狩りギルドに寄付してないのよ。だから吸血鬼狩りを派遣するならすごく大金がかかる。それならと大勢の兵士を出したんだと思う」

「あー……流石は金にがめつい組織だ」

「う、うるさい! 吸血鬼が暴れるせいでしょ! 貴方たちが人間を襲うからその対策として必要なのよ!」


 少し目を逸らしながら叫ぶアリエス。自分の所属団体ががめつい自覚はあるらしい。


 千人の兵士が村にやってくるならば、おもてなしをしなければならないか。


「私が軍の兵士に口利きしてもいいわよ」

「アリエスが俺に優しく……何が目的だ?」

「私ですら勝てない貴方よ。千人揃えたところで勝てるとは思えない。兵士たちを下手に死なせる必要はないわ。貴方だってそれは望んでないでしょ? 私はこれでも上位の吸血鬼狩りだから、たぶん話を聞いてくれるはず」

「吸血鬼の村に吸血鬼狩りがいるのおかしいし、偽物と疑われないか?」

「大丈夫よ。この吸血鬼狩りギルド公認の命令書があるわ」


 アリエスは懐から書状を取り出した。なんか印鑑みたいなのがキラキラ光っていてマニキュアみたいだ。


「どう? これは偽造不可能な聖印が押されているの! 吸血鬼なら触っただけで浄化されるほどの! 貴方だってただでは済まないかもね! 触れるものなら触ってみなさい!」

「ふーん、特に浄化されないけどな」

「……特級吸血鬼でも触るとタダではすまないはずなのに」

 

 アリエスは呆れながら呟く。彼女は忘れがちだか優秀な吸血鬼狩りだ。


 発動する聖魔法は並みどころか、上位の吸血鬼にも痛手を与えられるレベルなのだから。そんな彼女の言葉ならば確かに軍も引き下がるかもしれない。本人曰く絶対に偽造されない書状もあるし。


「アリエス優しい」

「イーリさん、そんなのじゃないわよ!」


 だが……。


「悪いな、今回の戦いはむしろ望むところなんだ」

「の、望むところって?」

「そうだ。この戦いで圧勝することで、この村の自立を周囲に喧伝できる。そうすれば他の吸血鬼たちにも噂が広まって、ここに集まって来るかもしれないしな」


 俺の宣言に対してアリエスは目を細めた。その表情には怒りがこもっていて、銀剣を鞘から取り出して力強く握った。


「……そのためにならいくら殺してもいいってこと? やっぱり貴方は血も涙もない吸血鬼……!」

「違うな、誰も皆殺すとは言ってない」

「え?」

「圧倒的な力で敵軍を蹂躙して壊滅させる、だが虐殺の予定はない。ようは軍を脅して撤退させるだけだ。そもそも千人も殺したら、村の人まで俺を怖がってしまうだろ。俺が目指すのは吸血鬼と人間の共生であって、脅して統治することではない」


 アリエスは俺の言葉に茫然としている。敵軍の大半は何も知らない領民だ、一度目で殺されるのは理不尽だろう。初回は優しくしてやるつもりだ、二度目以降は自己責任にするが。


 俺はアリエスに背を向けて歩き出す。


「待って。私も行く」


 その後ろをイーリがついてきた。

 

「危ないからお前も村にいろ」

「私は見届けたい。リュートが、人非ざる者が人と交われるかを」

「…………はあ、勝手にしろ」



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とうとう攻めてきた領主軍!

彼らは対吸血鬼対策も準備して万全の構え! 数も多くて負ける気せーへん地元やし!

次回、領主軍壊滅! 

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