21 サバロ防衛戦:防戦開始
もし一つの村に限った集団なら、余所者や異物の存在にはすぐ気が付いただろうが、避難民の一団は、二つの農村の民が混ざったものだった。
フード付きの外套を脱ぎ捨てた悪魔の周囲で、悪魔の魔法が炸裂し、彼とともに歩いてきた避難民たちが木っ端のように吹き飛んだ。
直後。悪魔はその力と敏捷さによって、手掛かり足掛かりも少ない街壁を飛ぶような勢いで駆け上がり、門塔の上によじ登る。そして、射撃の準備に入っていた大砲をチョップでへし折ると、その場にいた砲手を爆発の魔法で微塵に吹き飛ばした。
同時に、ルウィスが覗いていた双眼鏡の中でも変化が起きた。
輿に乗っていた悪魔は確かにログスの姿をしていたのに、色を失って輪郭を蕩けさせ、灰色の粘土の塊のようになったのだ。
オーガどもは輿を投げ捨て、地を揺るがして猛進。
そして他の魔物兵たちも、速度を上げてそれに続いた。
「向こうは偽物か!?」
「坊ちゃま、お下がりください!」
「はっはあ!
さあ行け、俺の兵隊ども! 一人でも多く殺せ!!」
嘲るような、悪魔の雄叫びが、嫌に大きく響いた。
* * *
『悪魔』が街壁北門塔を沈黙させ、飛行する魔物たちが門塔上空を飛び抜けて、一分後。
アルテミシアは調合室を間借りしている、近くの診療所へ向かうところだった。
「……もしかしてこれ全部、私の客?」
レベッカとアルテミシアは街角で魔物に囲まれていた。
街壁上からの魔法射撃を掻い潜り、街に降下した魔物たちが、レベッカを取り囲んだのだ。
全身武装したゴブリン。人間に似た形だが、青い肌と赤い目をした剣士。
そしてそれを運んできた、背中に翼を持つ鳥頭の騎士たち。
おおよそ二十匹ほどだ。
――前回の戦いで、児嶋はレベッカさんを警戒してる……手下を使って動きを封じる気か!
敵には、捜し物のチートがあるのだ。
アルテミシアだけでなくレベッカの居場所も、この広い街の中からピンポイントに特定できる道理だった。
この魔物たちは決死の降下で、全てに先んじてレベッカの動きを封じに来た。そうすれば雄一は自由に暴れられる。
周囲の市民が魔物の姿を見て、悲鳴を上げながら逃げ散っていった。
「お姉ちゃん……」
「下がってて、ミーシャ!
私は大丈夫だから……悪魔と戦える人のところへ逃げなさい!」
外見的には修復されたが、本来の力を失った大斧を頭上でぶるんと一振りし、レベッカは構える。
魔物たちは、アルテミシアなど眼中に無い。
逃げ去る市民にも、目もくれない。
レベッカとの戦いが彼らの仕事で、それしか考えていないという様子だ。
寸の間、躊躇い、アルテミシアは踵を返した。
ここに居ても何もできない。レベッカの邪魔になるだけだ。
追ってくる者は居なかった。
――ひとまず、街中心の城館か!? あそこなら児嶋と戦えるような強い騎士も居るか!?
騒がしくなり始めた街の中を、アルテミシアは駆け抜けた。
魔法が炸裂する音がして、街の上空を翼人の魔物が飛ぶ。異状を察した人々が通りにまろびでて、どこへ行けば良いかも分からぬままにうろついていた。
「うわああああ!」
「悲鳴!?」
そして突如、死人が出た。
腹部を割かれた男が、断末魔の悲鳴と共に石畳の上に倒れた。
鮮血が石畳を染める。
そこに数匹のゴブリンが飛びかかり、抑え付けて、一斉にねじくれた刃物を突き立て滅多刺しにする。
無惨な死を目の当たりにして、周囲の人々に悲鳴が連鎖した。
――こんなところまで魔物が入り込んでる! 門はもう破られたのか!?
蜘蛛の子を散らすように人々は逃げ出し、ゴブリンは各々、手近な背中に飛びかかる。
そして剣を。
「ギッ」
断末魔の悲鳴を上げたのはゴブリンの方だった。
石畳を割るような重量級の踏み込みと共に、峰の部分がギザギザになった奇妙な大剣が一閃。
ゴブリンは防具ごと胴部両断された。
「無事かい、アルテミシアちゃん!」
赤と緑に鮮やかに塗り分けられた奇抜な重装鎧。
ジムインストラクターみたいな爽やか筋肉お兄さんが、白い歯を光らせて親指を立てた。
冒険者ギルドでアルテミシアの話を聞いて、協力を申し出た冒険者の一人だ。
「あなたは……」
「ロランだ! 覚えといてくれ!」
「ロランさん、わたしは無事なんですけど、街の皆さんの方が」
「大丈夫だ」
アルテミシアがロランと話していたほんの僅かな時間に、ゴブリンの兵士は全員仕留められていた。
ある者は炎の弾丸に貫かれて消し炭になり、ある者は白銀色のナックルで頭蓋を割られ、ある者は小さなダーツが肩に刺さるなり喉をかきむしって昏倒した。
黒い三角帽子を被り、杖を構えた美女が。
丸太のような腕をした、髭もじゃの格闘家が。
全ての指の間にダーツを挟んだ、ピエロ衣装の小人が。
躍り出た。皆、ギルドに居た冒険者たちだ。
「北門から魔物どもが入り込んでて、騎士団は市民を避難させてる!
俺らの仕事は、その間の遊撃と足止めだ!」
「そっ、それ、わたしの所に大集合してていいんです?」
「いいんだ!」
後続の敵は無し、と思った瞬間。
「居やがったぁ……!」
そいつは空から降ってきた。
街上空を飛び交う魔物のうち一匹から、人影が飛び降り、砲弾のように着地した。
普通なら足が砕けるか、打ち所が悪ければ死ぬだろうが、それは何ら痛痒を覚えていない様子だった。
「ほらな。仕事が向こうから飛び込んできた」
「で、ですね……」
貴公子の風貌に、下卑たチンパンジースマイルを浮かべた男が、そこに居た。
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