第一章
一之一
「なあ、
直接
大きな口を上下左右目一杯にまで広げ、息をふわあぁと深く吸い込んだ直後、赤い顔をした猿のような若い男が、
蒼頡の屋敷内にある、二十畳程の大広間。
中庭が一望できるその中央の一角で、男は全身をだらりと脱力させ、左半身を
左ひじをつき、左手で自身の頭を支え、右膝を天井に向けていた。
「……噂じゃあ、
幽鴳から少し離れた位置に立っていた式神の
叩きつけるようにして左の手の平を自身の顔面にばちりと持っていくと、人差し指と親指で
幽鴳の発する体臭と、酒の匂いの混じり合った独特の
「おいっ、幽鴳。朝からお前……一体
みろ。狡のやつ鼻が利きやがるもんだから、あ~……あの
お
飲んでもいねえってのに。こっちが悪酔いしちまったみてえだぜ……まったく」
畳の上で
うんざりした表情を浮かべる陸吾の隣で、白い
目の前にいる酒臭い男を無邪気な
「ふむ……。
そなたの言う通り、
口調は、ひときわ
「へえ、へえ。承知でさあ」
狡の行動や陸吾の言葉などは一切気にも
「このまま向かっちまったら、俺らの方が殿様より先に
なんの儀式かは知らねえが、いつ帰ってくるかわからねえ
幽鴳がそう言い終わる直前、旅の
「
幽鴳様のお考え、一理あります。
「いえ……。
駿府で、江戸殿を待ちましょう」
蒼頡が、きっぱりと言った。
「待つって……そんな
陸吾が訊ねると、蒼頡は
「ええ。事は一刻を争います。
だからこそ、
江戸殿の夢の中に出てきた私が、特定の地────“
蒼頡が陸吾に向かって、穏やかに言った。
今まで寝そべっていた幽鴳が、面倒くさそうにのそりと起き上がり、再び大きな
「ふあぁ……。へえ、へえ。わかりやしたよお……。
蒼頡様がそう言うんなら、俺ぁ一切、文句なんざ言いやせんぜえ……。
……そうと決まりゃあ、やるべきことは
とっとと
幽鴳がそう言ってだらだらと歩き始めると、
「────おい、蒼頡っ。ちょっと待て!」
と、中庭から怒声が飛んできた。
狡が突如、中庭から嫌悪感を
その場にいた
「なんで
その言葉を聞いた瞬間、幽鴳が足をぴたりと止め、中庭にいる狡の姿をぎろりと
顔は依然として赤く、両目は
「……なんだあ? おい。この、
「良心だと!」
狡が、弾けるように吠えた。
「笑わせやがる。てめえの腹の底なんか手に取るようにわかるぜっ。なんの得にもならねえこんな面倒事に、首なんか突っ込むような
どうせ、駿府にあるうまい
狡が
図星であった。
目をほんの少しだけきょろきょろと動かし、耳を赤く染め上げ、じわじわと込み上げてくる羞恥心を必死に抑えながら、幽鴳は言葉を探した。
二人のどちらかが次の暴言を発する前に、
「狡。幽鴳も大いに関係があります。そなた達がいなくてはいけません」
と、蒼頡が二人を
狡が蒼頡に向かって咬み付くように何かを言いかけた、その時。
ばさり、と大きな鳥が羽ばたく音が、中庭から聞こえた。
五人の男が同時に宙を仰ぎ見ると、
そのままゆっくりと地上に近づいてくると、女は蒼頡達の目の前に、
式神の
与次郎の心臓が、とく、と跳ね上がった。
「わたくしも、
鴣鷲が、蒼頡に向かって頭を下げた。
「わたくしも、蒼頡様達とともに駿府へ向かいます。
きっと、お役に立てます」
鴣鷲がそう続けると、蒼頡は少し間を置いた後、鴣鷲に向かって爽やかな笑顔を向けた。
「鴣鷲、有難う。
しかし、心配無用です。
そなたにはこの屋敷で、
さらりと風が吹き、沈黙が流れた。鴣鷲の美しい瞳が、ゆらゆらと揺れた。
少しの沈黙を破り、やがて鴣鷲が、小さく口を開いた。
「……承知いたしました。
しかしもし……万が一にも、
鴣鷲のこの力強い言葉に、蒼頡は深く頷いた。
「────では、参りましょうか。……さあ、狡も幽鴳も、睨み合っていないで。駿府へ出発いたしますぞ。
にこにこと穏やかな笑顔を浮かべたまま、蒼頡が与次郎達に向かって声を掛けた。
そうして、蒼頡、狡、陸吾、幽鴳、与次郎の五人は、山奥の屋敷を飛び出し、家康が
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