5-5
レオンは、トンネルを走行中。エーデルまでの距離はだいたい二百キロだ。浮上式バイクだと飛ばせば一時間弱でついてしまうだろう。
見える景色は延々と続くトンネルの直線。
いま、パウロはどうなってしまったのだろうか。今さらだが、ライアンに訊いておくべきだった。
地上にグレイブが現れたと聞いたのは、地下都市から戻ってきてからだった。ラガトにギガセンテの情報を送って、そのお返しに凶報が送られてきたのだ。聞いたときはまだ、被害情報がわかっていなくて、死者がどのくらい出たのかも不明だと言っていた。
なんど、彼女のことを思考から切り離そうとしただろうか。何度頭から振りはらおうとしても彼女の笑顔は消えたりしない。一時的に消せても、死神のようにまた舞い戻ってくる。
もし彼女が死んでしまっていたら、今の自分の行いは何のために……。
やめよう。いっちょ前に人間みたいに悩んだりするな。オレは、レフォルヒューマンだ。人間ではない。兵器だ。
昔の記憶がよみがえったらどうなるだろうと思っていたが、とんだお荷物だった。彼女を守りたい衝動は、時に利点を効かせるが、彼女がもう死んでいたらという不安がよぎれば一気に効力を失う。
トンネルの先の方は、暗闇がずっと続いているように見える。変らない景色にときに進んでいるのか不安にすらなる。
不安に駆られるな。
レオンは、さらにスピードを上げた。正面からグレイブが突っ込んできてもすぐに止まれないくらい。躍起になってしまっていた。
体が汗ばんで、スーツ内に湿気がこもって気持ちが悪い。不快だ。どう責任をとってくれる。記憶が戻らなければただの兵器でいられた。戦場で機械獣を狩る。それ以外を考える必要がなかった。何にも悩まず飄々としていられた。
自分があの時の選択で、手放してしまった光景が頭に何度も浮かんでしまう。
これが焦燥というものなのか。もう二度と手に入れられないのに、掴みたくて手を伸ばしてしまう。
トンネルの先の方に、赤い光が見えてきた。それがグレイブのものなのだとレオンは、すぐに気が付いた。レオンはブレーキをかける。身体が前に投げ出されないように姿勢を低く腰を引く。急減速した勢いを機尾を滑らせて真横に滑らせて相殺。バイクを降りるとレオンは、バイクの影に隠れた。すぐに機銃の嵐が襲来する。
弾丸は装甲盤にはじかれて火花を散らしながら、あたりに転がる。
レオンは、レヴィンスから貰ったL31を使うべきか迷った。弾は一〇発。これから、フォーグルやトリムアイズと接敵することを考えるとなるべく温存したい。だが、グレイブに接近されすぎても、成す術がない。群れで集って集中攻撃をされたのではたまったものではない。
せめて数だけでも知りたい。いったい何体いる。
レオンは銃撃が収まったすきに、バイクから顔をのぞかせた。すぐに主眼カメラが赤く染まったのを見て顔をひっこめる。一瞬しか見られなかった。でも、わかった。向かってきているのは四機だ。全部機銃持ちだろう。それなら、接近される前に仕掛けたい。近づかれて、囲まれてしまったらおしまいだ。
いちど銃撃が止んでもう一度顔を出す。主眼カメラがとらえた映像から、サポートAIが距離を解析。接触までの時間を割り出す。
接触まで四十秒。
それまでにどうにか対処しないといけない。弾数に限りがある銃以外での攻撃で、候補があがるのは、キニスゲイア使用による反重力モードでの殲滅だ。一分以内にモードを解除しないとスーツが大破するが、十五秒以内の使用であれば、スーツは持ちこたえてくれるし、数回の使用が可能だ。だが、使うたびにスーツが消耗するのは変わらない。乱用はできない。
だが、それ以上に大きな問題がある。
キニスゲイアの使用権限があるのは、原則インスペクターだ。安易に使用させないためという理由がある。単独任務なら、判断を誤って使用してもそのレフォルヒューマンが死ぬだけですむが、集団での任務だとそうはいかない。勝手な判断で全滅という可能性もある。
軍にとってレフォルヒューマンは重大な戦力だ。すぐに代えが効くものでもない。だから、使用するには、インスペクターの判断が必要になるのだ。
だがしかし。レオンには、短時間でハンスを説得して、十五秒という短時間での殲滅ができる適切なタイミングを伝えてキニスゲイアを発動させるという自信がなかった。
接触まで残り三十秒。
迷っている時間はない。せめて、接触するまでに数を減らそう。レオンはL31を構えた。すぐに敵の弾道予測線が視界を塗りつぶす。だが、塗りつぶされるそのわずかな時間で、レオンは照準を合わせて発砲をした。からんと薬莢が落ちる。
対物ライフル同等の十二・五ミリ口径の弾丸が先頭を走るグレイブの頭を貫く。その機械獣は視界を失い転倒。破片が周囲にまき散らされ、それを避けようと他三匹が進路を大きくずらす。
その瞬間にも敵方の弾丸が襲来する。レオンは、次の攻撃のタイミングを図るも、弾丸の嵐はやまない。
接触まで残り二十秒。
弾丸が止まない。しかも上、左右の三方向を完全にマークされていた。どこから顔を出されても、すぐに蜂の巣に出来るように三機が別々に弾幕を張っている。
もう、腹をくくるしかないか。一か八か、接触するのを待って、奇襲的に一機を葬ることは出来る。だが、他二機まで対応できるかまでは未知数だ。
接触まで残り十秒。来るタイミングを待つ。
レオンは固唾をのみ込んだ。いつでも切りつけられるようにフォトンブレードの柄を握り締めた。
しかしその時、思いもよらぬことが起こった。パーティクルユニットが高速回転を始める。キニスゲイアが管脈に熱を伝えながら全身にまわっているのを感じた。
——まさか、ハンスが……。
そんなことは、どうでもいい。この突如沸いた好機を逃すわけにはいかない。レオンは、左側に体を移動させる。そこの真上は、弾幕が貼られていないわずかな隙間だった。
レオンは意を決して飛び上がる。
真横の弾幕を飛びこえると、すぐに体を縮こまらせ高速回転運動をする。滞空時間の縮小だ。
しゃがんだ状態での着地。その瞬間、地面を踏みしめる。
ため込まれた力を一気に解放して急加速。すぐに飛び上がると壁面に足をつける。
弾幕も追ってはくるが、すぐには追いつけない。
レオンは、弧を描くように壁を走る。高くなった視点からグレイブの位置を確認した。手前に一機。反対の壁側に一機。そして線路の真ん中を遅れて向かってくるのが一機。
レオンは、壁を蹴る。手前側にいるグレイブの前方左側に飛び掛かった。そこは、グレイブの影に入るので他二機から死角になる位置だ。
着地した瞬間、フォトンブレードを水平に振り払った。胸から刃を入れ、胴体を上下に真っ二にする。
次は壁側の個体に狙いを定める。
死角から飛び出すと、体を限界まで低くして、一気に急加速する。二倍以上に跳ね上がった速度は左からくる弾幕の追従を許さない。狙いを定めたグレイブからも弾丸が飛来する。僅かに進路をずらして対応。弾道予測線が自分にかかるものだけをフォトンブレードで防いで、前に進む。間近までせまった瞬間、レオンは機銃をまず切り飛ばし、ついで頭を堕とした。
そのころには、遅れてやってきた機体が弾丸を吐きながら停止。亡骸となった仲間の身体ごと、撃ち抜こうとしてくる。
レオンは後ろ回し蹴りでグレイブの身体を蹴り飛ばした。さっきまでグレイブだったものは、低空飛行で弾丸を浴びながら最後のグレイブに激突し、そのまま仲間に圧し掛かる。最後の一匹の機銃はあらぬ方を向き、弾丸を吐き続けている。
レオンがとどめを刺そうと向かいだす。その瞬間。
ちょうど、パーティクルユニットの回転が収まる。全身に周っていたキニスゲイアは収集されていく。すでに十五秒が経過してしまっていたのだ。
だが、それでも勝負はついていた。仲間同士の衝突で残った一匹は横倒しの状態だ。うまい具合に仲間の身体が胴体だけを抑えているので、どけようにも脚が届いていない。
もう必要ないと思い、反重力モードを解除したのだろう。
レオンは歩行で残った一匹に近づく。機械の犬は、もがきながら吠えるようなしぐさを見せる。何度も足をかいて、顎の開閉を繰り返すもそこにあるのは空気だけだ。
レオンは、フォトンブレードをグレイブの喉元に突き立てた。そのまま搔き乱すようにコアを破る。
最後の一匹も身動き一つ取らなくなった。鎮まり返った薄暗闇を歩いて、レオンはバイクへ戻る。
もうこの時には核心に変わっていた。
いま、インスペクターの席にいるのはハンスではない。クレハだ。一回も通信してこないのは、外されたのに黙って交代したことへの後ろめたさだろうか。
気づかないふりをしてやるべきかどうか。
レオンは、ため息をついた。そんなことはどっちでもいい。なにはともあれ無事でよかった。
バイクに跨ると、エーデルへと再び走りだした。
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