4‐10

 レオンが無謀な攻撃に向かうのをレヴィンスは少し離れた位置から見ていた。自分たちが大きな脅威に対し、あたりを滞空して見ていることしかできないのに対し、レオンは、高い位置からするすると降りてきては、すぐに攻撃できるポジションをとった。

 レオンはミサイルを二発発射した。ジェームの搭載できる上限だ。ミサイルは二発ともギガセンテに着弾する。そこから炎が吹きあがった。ギガセンテが迎撃しようとミサイルを発射しようとしていたのだ。そのおかげで発射口のすぐそばで待機していたミサイルに誘爆し、内部の破壊が始まる。ギガセンテの装甲が大きく吹き飛び、炎が沸き上がった。

 レオンの攻撃で、ミサイルの着弾した体節の半分が抉られ内部の構造がはっきりと見えるようになった。ミサイル数十発分の弾薬庫。ミサイルは全て誘爆したか空洞だけが残っている。 

 その空間を覆うように金属管が張り巡らされているみたいだった。その金属管も爆風で吹き飛んで、中からシアンの液体を垂らしている。

 あからさまに動きを鈍くするギガセンテ。レヴィンスは拳を握り喜びを嚙み締めた。

 レオンがやってくれたのだ。もう、自分たちが目の前の脅威に怯える必要がない。これだけの攻撃をうけたら、さすがのギガセンテでも引き返すだろう。

 レヴィンスはレオンの機体に通信を送ろうとした。しかし、スピーカーからレオンの返事は返ってこない。レヴィンスはあたりを見回した。近くを飛んでいる機体にレオンの機体はない。

 どこに行ったと下の方を見下ろした。

 一機だけ白煙を上げゆっくりと低いところを飛行しているジェームがあった。機尾に書いてある番号は三十一。レオンが乗っているジェームだ。おそらく誘爆に巻き込まれてスラスターが故障したのだろう。ゆっくりと惰性で飛行している。

 ——よかった。生きてた。

 しかし、ギガセンテはそれを逃さなかった。ギガセンテの数十個ある体節の一つを半壊させたところで、残りはまだ生きている。さらに、さっきの攻撃でギガセンテはレオン・ファーベルクという人間を自らにとっての危険因子だと判別したに違いない。しかも、レオンは機体が堕ちないようにするだけで精一杯だ。 

 逃すわけないのだ。

 ギガセンテの別の体節からハッチが開く。最もレオンに近い体節の側面。開いた穴からミサイルが飛び出した。

 逃げることはできない。ミサイルは容赦なくレオンのジェームを貫通。そして——。

 貫いたミサイルは大爆発を起こし、機体を真っ二つにした。コックピットを含む機首がはじけ飛んで先端から砂に突き刺さった。

「レオン‼」

 レヴィンスは叫んでいた。急いで高度を下げて不時着の準備に取り掛かる。しかし、ギガセンテの背中から何かが打ちあがった。

 飛行型機械獣、フォーグル。フォーグルはあたりを飛びまわり、如何なるものもギガセンテに近づけようとしない。その隙にギガセンテは長い胴体を折り返して去っていく。フォーグルを放ったのは、追撃をさせないための殿しんがりとしてか。

 そのとき、スピーカーから管制官の声が聞こえてくる。

『第七部隊、応答せよ。誰でもいい。戦況報告を頼む』

「ギガセンテは、退避している最中だ」

『そうか、何機が残った』

「そんなことはどうでも良い。仲間が墜されたんだ。すぐに救急用のヘリを頼む」

『わかった。送ろう。仲間の状態は確認できているのか?』

「まだだ。いまはフォーグルが近くにいて近づけない。息があるのかないのかすらもわからない」

『わかった。応援のジェームも送ろう。攻撃手段のない機体は、その場から離れて様子を見るように』

 通信は切られた。もちろんレヴィンスは、指示に従うつもりはない。フォーグルがいるのにも関わらず、地表すれすれまで降下して、垂直着陸する。

 キャノピーを開けて、飛び降りる。

 フォーグルがそれに気が付いて接近してくる。レオンを確実に殺そうとしているようだ。

 しかし、突如、フォーグルとレオンを隔てるように弾幕が貼られた。上空を一機のジェームが越えていく。しかし、フォーグルへ攻撃したのは、その一機だけではなかった。生き残った三機が続いてフォーグルを遠ざけようと向かっていったのだ。追跡して機銃によって攻撃をする。

 レヴィンスはその隙にレオンの機体に近づく。レオンの機体はコックピットだけを残して砂に突き刺さっている。機体の後部は全て消し飛んでいて、断面からコックピットの中が伺えた。しかし、中に入れるほどの隙間はない。

 レヴィンスは、残った機器類の隙間に体をねじ込んで腕を懸命に伸ばす。座席に座ったまま身動きをとらないレオンの首に手を当てた。炎を浴びたのか、肌は湿り、ただれていた。だが、ことん、ことん、とわずかな振動が指先に伝わる。

——まだ生きている!

「おい、レオン。ぜったい死ぬなよ! クレハを残して逝くな!」

 レヴィンスは、大声で呼びかけた。本人が自分の声を認識してなくてもいい。脳にわずかに届いて、死ぬまでの時間がわずかに伸びれば……。何度も何度も声が枯れてもレヴィンスは呼びかけをやめなかった。

 やがて増援のジェーム二機が頭上を通過し、遠く離れたギガセンテを追っていった。それから数分遅れて救命ヘリが接近してくる。

 砂地は不安定でヘリが降りることが出来ないので、みなロープをつたって降りてくる。その中にはレフォルヒューマンが一人いた。どうやら、グレイブを警戒して一人だけ帯同させたのだろう。

 それがよかった。

 レフォルヒューマンのフォトンブレードのおかげで障壁となった機器類を切断され、救出するのに十分な隙間が開けたのだ。だが、レオンをジェームに縛り付けていたのはそれだけではなかった。

 レフォルヒューマンの男が座席からレオンを引っ張りだそうとするが、レオンの身体は微々ほど動かない。

「駄目だ。脚が抜けねえ」

 着地の衝撃だったのだろう。機体の底が大きく盛り上がっていたのだ。押し上げられた金属板が、足元の隙間を埋め、レオンの脚をフロント機器類との間に挟み込んでいる。引っ張り出すのは不可能だ。上に被さる機器類をフォトンブレードで切り取ることもできるが、レオンの脚がつぶれていたら、結局は切らざるをえない。それにいまは、一秒でも時間が惜しい。

「せめての幸運は、こいつの意識がなかったことだな」

 レフォルヒューマンの男がフォトンブレードをフロント機器類に差し入れる。間違いなく、そこにレオンの脚があるであろう所を横切るように光の刃が動いていく。白い煙があがった。異臭がした。金属が焼き焦げ化学繊維が焼き焦げ、そして肉が焦げ、異様さが上塗りされていく。

 自分の知っている世界が崩壊していくような感覚だった。

 レヴィンスは初めて戦場がどういったものなのか知った気がした。周りで仲間が死んだことなど、序の口だったのだ。親友が……、いつも近くにいることが当たり前だった人が、もう二度と以前のようには戻れない状態になることと比べれば。

 レヴィンスは、両膝を折って砂地に付けた。

 レオンが引っ張り出されて白いケースに入れられるのをただ茫然と眺めていた。そのケースが、コールドスリープ装置だったのだと知ったのは、グランツェの基地に送還されてからのことである。

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