妬みのG
とらむらさき
第一章 変化する大学生活
第1話 コンパ
俺、
親元を離れたことで、のびのびと大学生活を満喫するつもりでいたが、世の中はそんなに甘くはなかった。
顔を合わせれば挨拶をして、軽く話す程度の男子と男友達が二人できた程度で、俺の大学生活は、学校とアパートを往復するだけの毎日だった。
女の子と仲良くなって、講義が終わった後に遊んだりして一緒に帰る。
大学に行けば、そんなことが日常になると本気で思っていた高校時代の自分を殴ってやりたい。
そんな俺も大学二年生になり、二〇歳を迎えると、月に一度程度なら、コンパや飲み会にも誘われるようになった。
そして、今回、講義でよく顔を合わせることが多く、何度か話したことのある名も知らない男子から、「幹事を任されているんだけど、男子の人数が足りなくて困っているから参加して欲しい」と誘われた俺は、嬉しさを隠すように見栄を張って、渋々と参加することを了承したのだった。
コンパの会場は、居酒屋の座敷が用意されており、俺が端のほうの席に座ると、両隣に仲の良い二人の男友達が座る。
こいつらは、俺が誘われた時に居合わせていたため、ついでに誘われたこともあって、俺のそばを離れない。
会場となっている座敷に続々と男女が入ってくると、空いている席へと座っていく。
座敷が大学生で埋め尽くされると、幹事の男子が挨拶をして、コンパは始まるが、ほぼ飲み会だ。
俺の両隣に座る男友達の隣には、それぞれ女の子が座っていた。
彼らは、隣に座る女の子と自己紹介をしたり、おしゃべりを始めて盛り上がっていく。
ここで、俺はあることに気付いた。
俺の両隣に座るこいつらが、隣の女の子と会話を弾ませているのはかまわない。
だが、こいつらの真ん中にいる俺には話す女の子どころか、話す相手が誰もいないじゃないか!
俺は意気消沈して向かい側を見つめると、大人しそうなショートカットの可愛い女の子がイケイケな感じの男に質問攻めにあって、愛想笑いを浮かべながら返事をしていた。
しかし、彼女の隣に座る友人らしきロングの髪を束ねたボーイッシュな感じのする女の子が、彼女を助けるように、その男を牽制しているので、絡まれて困っているほどのことではなさそうだ。
それよりも、こいつらだ!
俺のことなど忘れて、両隣で楽しそうに女の子と話しをしている。
なんで、わざわざ、俺の隣に座ったんだ! 嫌がらせか!?
この状況では、コンパが終わるまで永遠と孤立状態が続いてしまう。
今日は、終わった……。
俺は苛立ちを誤魔化すように、目の前にあるビール瓶を取ると、手酌で飲み続けた。
ほろ酔いになった頃に幹事の男子がそばに来る。
「野山君だったよね。今日は無理強いしたのに、参加してくれてありがとう。楽しんでる?」
「ああ、楽しんでるよ! 片っ端から飲み干したこの成果を見ろ!」
俺は飲み干して空になった数本のビール瓶を指差した。
「……野山君? 何を言ってるの? それは楽しんでるとは言わないよ」
「いいんだよ。こいつは飲んでるほうが楽しいんだから」
「そうそう。こいつは男子校出身だから、女子と話して緊張するよりも飲んでるほうが楽しいんだよ」
両隣に座る男友達が口を挟んで、勝手なことを言い出す。
彼は俺と二人を見ると、眉をひそめる。
「君たちが両隣に座っているから、野山君が孤立してしまっているようにしか見えないんだけど」
な、なんていい人だ!
この状況に気付いて、気に留めてくれる彼に、俺は感動する。
「そんなことはないよ。こいつが心細いと思って、俺たちは、あえて隣に座ってやってるんだから」
「そうそう。それに、女子と話したことのない奴の隣に座った子が孤立しないように、俺たちがガードしてあげてんだよ」
酒が入っているせいもあるのだろうが、こいつら、本当に言いたい放題だな。
うー、こいつらをぶん殴りたい。
しかし、そんなことをしたら、俺のことを気に留めてくれた彼の幹事としての体面をつぶしてしまうから、ここは我慢だ。
「キャッ!」
「ちょっと、あんた!
「あー。少しふざけただけだろ!」
向かい側の席で揉め事が起きたようだ。
大人しそうな可愛い女の子が涙目を浮かべて、胸を隠すように腕を組み、その両隣では、イケイケの男と彼女の友人らしき女の子が立ちあがって、睨み合っていた。
「彩矢の胸を触っておいて、どこが少しふざけたことなのよ!」
「お前と違って胸が大きいから、重いと思って持ち上げてやっただけだろ! 親切だよ、し・ん・せ・つ!」
「ふざけんじゃないわよ! あんた、喧嘩売ってんの!?」
「
「良くないわよ! こういうクズにはガツンとやってやんないと、何度でも同じことを繰り返してくるわよ!」
「あー。誰がクズだ!? ああ、そういうことか」
「はあ? どういうことよ!?」
「お前、俺に胸を揉まれたかったんだろ!? そういうことは早く言えよ。胸だけじゃなく、俺のことが忘れられなくなるくらい可愛がってやるよ。ほら、早くホテルに行こうぜ!」
ブチッ。
沙友里という子の額に青筋が立ち、ブチ切れるような音が聞こえた気がする。
「だーかーらー、ふざけんじゃないって言ってんのよ!」
彼女は叫ぶと同時に片足を高く上げると、シュッと空気を切るように回し、男へ向けて振りおろす。
ドカッ!
彼女の上段蹴りが男の頭をとらえ、よろけた彼は、壁に身体を打ち付けた。
「うわー。あのキレとバランス、あの子、経験者どころか上段者だ」
「野山君、見ただけで分かるの?」
思わず口にしてしまった俺を、幹事の男子が不思議そうに見つめてくる。
「えーと、男子校にいたから何となく」
「……それって、どんな男子校なの?」
幹事の男子学は、俺に向かって首を傾げる。
「まあ、そのことは置いといて、あの子の蹴りは美しいんだよ」
実家が道場もやっているとバレたら、皆に怖い人だと思われると思い込んでいた俺は、彼女の蹴りを褒めることで誤魔化した。
実際に、奇麗な蹴りであったのは事実なので、嘘は言っていない。
「ちょ、ちょ、ちょっとー! そこー! う、美しいって、何を言い出してんのよ!」
彼女は顔を真っ赤にして、戸惑うようにこちらを指差す。
その隣では、彩矢という子が彼女を見て、クスクスと笑っている。
褒めているのに、怒られている気がする。
この騒ぎを注目していた皆も笑いだす。
すると、彼女は俺をキッと睨みつけてきた。
だから、俺は褒めただけなのに……。
「このアマー、よくもやってくれたな! もう、許さねーぞ!」
イケイケの男が復活すると、啖呵を切った。
「別にあんたなんかに許されたいとは、思わないわよ!」
沙友里という子も負けていない。
「あれ、止めなくていいの?」
俺は今にも乱闘を始めそうな二人を指差して、幹事の男子に尋ねた。
「僕、こういうのは苦手なんだけどな」
「でも、止めないとお店にも迷惑を掛けると思うけど」
「うっ、そうだね。止めてくる」
彼は重い腰を上げると、二人の間に入った。
「
「あー。
イケイケの男が笹島で、幹事の男子は遠崎っていうのか。
いい人だと感動しておきながら、彼の名前を知らなかった自分が恥ずかしい。
笹島が遠崎に近付いて行くと、見た目がチャラ男の二人が立ちあがり、両側から彼の肩に腕をのせた。
「いや、君は、というか君たちは、他の飲み会とかでも問題を起こしている常習犯だから、今回、呼んでないはずだよ。それなのに、勝手に参加しているだけじゃないか」
遠崎は怯えるように顔を強張らせていたが、言いたいことをはっきりと言った。
「いやー、遠崎君、その態度はよろしくないよ」
ボゴッ。
「グハッ、ゲホゲホ」
隣にいたチャラ男の一人が遠崎の腹に拳をめり込ませると、彼は腹を押さえて呻き、うずくまってしまった。
「あーあ、言わんこっちゃない」
笹島が彼を憐れむように言うと、三人で笑い始める。
見ていて胸糞が悪くなってくる。
「ちょっと、あんたたち! 何してんのよ! 遠崎君、大丈夫?」
沙友里という子が彼に寄って背中をさすると、彩矢という子も彼のそばに寄り、心配そうに見つめる。
「おい、そんな軟弱野郎は放っておいて、お前たちは俺たちと二次会に行くぞ! たっぷりと可愛がってやるから覚悟しろよ! アハハハハ」
笹島が大声で笑うと、チャラ男の二人が遠崎に寄り添う二人の手を掴んで強引に引っ張る。
「キャァァァー!」
「ちょっと、痛いじゃない! いやー、放しなさいよ!」
女の子二人が連れ去られそうになっているのに、この場にいる男どもは誰も立ちあがらない。
それどころか、「警察を呼んだほうがいいんじゃないの?」と口にして相談する女の子たちに向かって、「警察なんて呼んだら、俺たちまで巻き込まれるだろう!」とうろたえる始末だ。
「おい、野山。しらけたし、俺たちも帰ろうぜ」
「そうそう。俺たちには何もできないんだし、巻き込まれないうちに逃げたほうがいいよ」
どうしようもない男どもばかりだと思っていた俺の両隣には、それを越えるクズがいた。
俺は、どうしてこいつらと友達になってしまったんだ……。
ズーンと頭の上から重しを載せられた気分になる。
俺は友達だった二人を払いのけ、遠崎に寄り添う。
「あ、あの子たちは?」
「連れて行かれた。警察を呼ぶか?」
「いや、今なら取り返せるよ。相手は三人なんだし、ここにはそれなりの人数もそろっているから大丈夫だよ」
「いやー、それが、……あいつら、笹島って奴に逆らう気がないみたいだぞ」
俺は遠崎に肩を貸して立たせながら、ヒヨっている男どもを親指で指差した。
彼が男どもに視線を向けると、皆が視線を合わせないように逸らしてしまう。
「ちょっと、あんたたち男なんでしょ? 情けなくない?」
一人の女の子が呆れるように口を開いた。
「いつもは男女差別だとかハラスメントだとか言うくせに、こういう時だけ、男なんだからとか言ってくるなよ!」
男どもの一人が反発するが、余計に情けない。
女の子たちが呆れるように、揃って溜息を吐いた。
「し、仕方ないだろ! あいつらって、昔から格闘技の
男どもの中から、笹島たちのことを知る奴が現れて言い訳をすると、女の子たちは難しい表情を浮かべる。
これでは
「あいつらがどこに行ったか、分かる奴はいる?」
俺が口を開くと、皆の視線がこちらに集中する。
「えっ? 野山君、一人で行く気? 大丈夫?」
遠崎が心配そうな顔で俺を見る。
「えーと、男子校にいたから大丈夫。それに、本気でやれば、あいつらよりも沙友里っていう子のほうが強いはずだ。あの無駄のない美しい蹴りが証拠だ」
「「「「「……」」」」」
皆は呆然として、俺を見つめてくる。
なんだか、恥ずかしくなってくる。
「とにかく、手遅れにならないうちに二人を取り戻したいから、分かる奴は、あいつらがどこに行くのか教えてくれ!」
「今、あいつらに無理やり連れて行かれそうになった経験のある子と連絡を取ったから、あいつらが連れて行きそうな場所へ、私が道案内をするよ」
一人の女の子が手を挙げると、俺を先導するように手招きをしながら座敷を出て行く。
「野山君、僕も行くよ」
遠崎もついてくると、数人の男女も追いかけてくる。
座敷を出る時に、友達だった二人を気に留めたが、彼らはすでにいなかった。
あいつら、本当にクズ過ぎる……。
そして、俺は、彼らと友達だったことを恥じるのだった。
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