失せもの1

 モンスとシルワは、片田舎の村に住む、ごくありふれた老夫婦だ。

 日の出と共に起きて畑仕事や裁縫などの作業に勤しみ、日が暮れれば床に着く、そんな生活を数十年続けてきた。

 かつて、夫婦の間には息子が一人いた。しかし、成人する少し前に、息子はやまいによって、この世を去った。元から仲の良い夫婦であったが、大切な一人息子を亡くしてからは寂しさを埋めるかの如く、互いに寄り添って生きてきた。


 ある日、妻のシルワは家の近くの森へ入った。彼女にとって、森は自分の庭のようなものだった。

 シルワは、味も良くかぐわしい匂いの茸が毎年生える、自分だけが知る秘密の場所へ向かった。

 あの茸は高く売れるけれど、夫の好物でもあるから沢山採らないと──シルワは落ち葉を踏みしめて森の中を歩きながら、夫の喜びそうな献立を考えていた。

 「秘密の場所」の茸は今年も豊作だった。

 もう少し経つと寒くなる。収穫した茸の半分は売って、夫に冬の服を新調してやろう……そんなことを思いながら歩いていたシルワの靴先に、何か柔らかいものが当たった。

 動物の死体でも落ちているのだろうか──シルワは、屈んで足元を見た。

 落ち葉に埋もれていたのは、倒れたまま身じろぎひとつしない、見知らぬ青年だった。それも、一糸まとわぬ姿の。

 陶器を思わせる白い肌と背中まで伸びた栗色の髪、そして、その整った相貌には美しいという言葉が相応しいと言えた。

 死んでいるのか、と一瞬ぎょっとしたシルワだったが、恐る恐る触れてみた青年の身体には体温があり、よく見れば静かに呼吸しているのが分かって、とりあえず安堵した。

 このまま放っておく訳にもいかないと思った彼女は、夫のモンスを呼びに、急いで家まで戻った。

 モンスとシルワは、他の村人たちにも手伝ってもらいながら、青年を自分たちの家へと運んだ。

 衣服も、他の持ち物も何もない状態から、青年が何者なのか推測することは叶わなかった。

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