怨嗟の鬼VS文学賞

 その後、俺は昼ご飯を食べながらさっきのストーリーを揚羽に話した。どのような反応が返ってくるか少し不安ではあったが、揚羽はこれ以上無いくらい目を輝かせながら聞いていた。感想は勿論「めちゃめちゃ良いと思います!」とのこと。だろうな、そんな顔してつまらないとか言われたら、それこそ人が信じられなくなるよ。








 そこから先は早かった。正直設定をここまで細かく決めたことがなかったので、執筆があまり進まなかったりするかもしれないと怖かった部分もあった。しかしそんな心配は杞憂に終わり、逆に方針が詳細に決まっていたために、驚くほど速く執筆することができた。








 結局この小説を書き始めてから期間にして一ヶ月半程度で一冊の小説が完成した。期間でいうと、今までの作品に比べても大差は無いように思えるが、圧倒的に内容のクオリティが上がっている自信がある。作っている最中に何度か自分で読んだり揚羽に読んでもらったりしていたが、何度も二人で満足げな笑みを浮かべ合った覚えがあるほどだ。








 「できたな―――」




 「できましたね―――」








原稿が書き込まれているパソコンを二人で見つめながら感嘆の息を吐いていた。








 「―――これホントにどこにも出さないんですか?」




 「当たり前だろ、完成したのは嬉しいけど、流石にまだ未来のこと忘れてないからな」




 「えぇ、もったいない」








口をつぐませて揚羽が残念がる。ただ、少し思うところもあった。この作品を世に出した位で、そんな大それた未来になるのだろうか、と。正直に言うと、俺は未来の不安を加味してでも、この作品を世に出したくなっていた。当然賞を取れなきゃ世に出すこともほぼ無く、あっても部活の展示くらいなもんなんだろうけど。それでもこの小説で勝負したい自分がいた。確かに、完成した今でも内容的にまだ少し抵抗はある。それでも作品全体を見て、見た目が一番良かったからこそ、に賞に応募してみたくなっていた。








 「あのさ、いってもこの小説を文学賞に出すくらいなら犯罪者にはならないよな」




 「お」揚羽が目を見開いた。




 「実際、既にバタフライエフェクトで未来変わってる可能性もあるしな」




 「おぉ」揚羽が前のめりになる。




 「出しちゃうか、文学賞」




 「おおー!」








揚羽がテンションのあまりバランスを崩し、頭から地面に衝突した。結局俺は欲望に負けて、二、三個のコンクールに作品を投稿し、揚羽と腹ごしらえに出かけた。きっと大丈夫だ。今はそれよりあの小説の行く末を見届けたいんだ。








 この作品に、俺たちは「怨嗟の鬼えんさ  おに」という名を付けた。ましろの怨念などが”鬼”という言葉で分かりやすく強調されていて、個人的にお気に入りだ。この題名は揚羽もお気に入りのようで、覚えたての言葉を使いたがる子どものように”怨嗟”という言葉を普段の会話の中に混ぜようと頑張っていた。かっこいいのは分かるけど、絶対使いづらいだろそれ―――。
















 文学賞というものは、一般的には半年くらいの時間をかけて審査される。そのせいか、結果が出る頃には応募したことさえ忘れていることもあるのだが、俺は今回も例外なくすっかり忘れているのだった。しかし揚羽は、その間共に何作も作り上げながらも、きちんと発表の日を覚えていてくれた。それだけの期間が空いたり、その間に新たな小説を書いたりしたら失念しそうなものだが、やはり揚羽は記憶力が良いのだろうな。それとも俺が忘れっぽい人間だから、とかなのかもしれない。








 俺たちは”怨嗟の鬼”を三つくらいの文学賞に応募していた。同じ作品を何個も応募して良いのか、と思われるかもしれないが、それも文学賞の種類によって様々である。俺たちは丁度完成した時期に、そんな感じの応募要項の文学賞がいくつかあったので、とりあえず全部応募しておいたのだ。だが何個も応募したところで、正直選ばれる可能性はそんな高くないと思う。そんな甘くないということはなんとなく理解している。








 揚羽が一つ目の結果発表のサイトまで開いてくれて準備万端の状態にしてくれた。二人で目を見合わせながら、慎重にクリックしページを進めていく。そしてとうとう受賞作品が掲載されているページまでたどり着いた。その瞬間揚羽がマウスのホイールを一気に下に送る。俺が「なんだなんだびっくりしたな」と言うと、揚羽は「最優秀賞は最後に取っときたいじゃないですか、下から見ましょ、下から」と焦りを隠せない指先をマウスから放さずに、震えた声でそう言った。確かにそれはそうだな、ナイス配慮、揚羽。でもこのタイミングで急に動くのは怖いからやめてくれ。心臓に悪いから。






 今まではどうせ無理だろうと思っていたからか、こんなに受賞作品の発表で緊張することはなかった。しかし今回はひと味もふた味も違って、心拍数がおさまる気配はなかった。再び目を見合わせて、ゆっくりホイールを上に送っていく。様々なジャンル、様々な色のした題名とペンネームが並んでいく。上に送れば送るほど、身体中の毛穴が開いていく気がする。しかしここで止まるのも、またそれはそれで気持ちが悪い。チラリと隣を見ると、今まで見たこと無いほど目を見開いた揚羽がそこにはいた。そうだよな、お前も緊張するよな。








 部屋に二人分の心拍数とホイールの音しか聞こえない時間は、歓喜の声無しで幕を閉じた。最後の方は息さえ止まっていたからか、最優秀賞まで見終わった俺たちはまず深呼吸することとなる。そしてその後二人で天を見つめていた。








 「うん―――まあ―――そんな甘くはないわな―――」








分かっていたけれど。悔しさと脱力感でどうにかなりそうだ。








 「いや、まだ、まだですよ。まだ二つ残ってます。時期的に大きい文学賞ばかりだったので、残りの二つも胸膨らませて待ちましょ」








俺を元気づけようとしてくれている揚羽も、人一倍がっかりしているようで、普段では信じられないほど狼狽している。一緒に作ったとはいえ、俺の受賞をこんなに願ってくれるのはまっすぐに嬉しいものだな。
















 一つ目の文学賞を逃してから二つ目の発表までの期間は、文字通り何もできなかった。二人とも魂が抜けたかのように生活し、ただ日にちが経つのを待つだけの生き物になっていた。








 「今日だな」




 「今日ですね」








起きた瞬間にこの二人にしかできない以心伝心をみせる。ふらふら立ったかと思ったら「けーたい、けーたい」と右手にスマホを持ちながら左手でスマホを探している揚羽を見て心配になった俺は「とりあえず、飯行こう」とやんわり彼を外に連れ出した。ここまでくると、もう俺よりも揚羽の方が受賞を祈っているのではないかとさえ思えてしまう。俺は今まで何回か応募して落ちてきているから慣れているだけなのだろうか。そう思わせるくらいあたふたしてみせる揚羽はもう俺の弟みたいになっている。目が半開きな弟を見て、俺は密かに微笑みながら喫茶店へと向かった。

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