未来人の思惑

 しばらく彼の発言が信じられなかった。自分で言うのもなんだが、今までの人生ではわりとまともに生きてきたつもりだ。決して高尚なものではないにしても、罪を犯すような予兆はなかったように思える。いや、あるはずないと言い切れる。いろんな方向に目を向け現実を見ないようにしていると、揚羽が無慈悲にも詳細を語り始める。





 「僕も正直有栖川さんが何をしてあれほど大事になったのか正確には知らないんですけど、とにかく日陰者の僕らにとっては、あなたは国の上層部連中を打倒するヒーローなんです」


 「なんだ―――どういうことだ―――?つまり俺は総理大臣にでも楯突くつもりなのか?」


 「そうですね、それに近いのかもしれないです。どうやら政治のトップらへんにマークされて、逮捕状すら出てましたから」





その後も色々問い詰めたが、どうやら大量に人を殺したりしている訳ではないらしい。そういうニュースを目にする度に、己の正義感からいらだちが収まらなくなる性分だと自覚しているからこそ、その事実には少し安心した。しかし、残念ながらそれ以上の情報は得られなかった。というよりも、本人が知らなすぎた。それだけ崇拝しているのならもっと詳しく調べておけよ、とは思ったけど本当に知らなそうだから仕方ない。





 ただ、俺には若干の安心感もあった。先ほど話題に出た”バタフライエフェクト”を覚えているだろうか。安心感の正体はそれだ。実際目の前にいる少年の言っていることが全て正しいとして、この時間軸の俺はその事実を知ってしまっている。要するに、揚羽が心配していたことが起こる可能性の方が大きいと考えることもできるんだ。しかも俺はこれから犯罪者となりそうなフラグを、片っ端から折ることだってできる。揚羽には悪いが、国を挙げて追われるような人間にはなりたくない。





 「言っていることが二転三転しているようで悪いけど―――そういうことなら俺は揚羽の望む未来に向かってやれそうにないよ」





やっぱりか、と隠しきれない残念さから複雑な表情をしている揚羽を横目に俺は続ける。





 「正直、そこまで尊敬してくれてるってことは、俺が高名な作家か何かになってると思ったんだ。それが蓋を開けてみたら指名手配犯だなんて―――とにかく、俺はその未来を変えられるように動く。ごめんよ」





そういうと揚羽は何かを諦めたように落ち着いた声でこういった。





 「まぁ、なんとなくそうなる予感もしてました。内心分かっていた上で、話したのもあるんです」









 そこから、彼の過去の話が始まった。





 「僕の毎日はお世辞にも楽しいものではありませんでした。学校では、うちが貧乏で周りより持っているものが少ないからという理由だけでいじめられ、家でも僕は立場がありませんでした。母は僕にかかっている生活費や養育費などが厄介だったようで、ずっと忌み嫌っていたのでしょう。父は仕事ばかりで、僕と話したことなんてほぼありませんでした。まあ、暴力や罵詈雑言がないだけ、母よりましでしたけどね」





思いも寄らず重たい話が始まってしまった。彼が未来人を自称していたからか、勝手に夢見がちな内面を想像してしまっていた。その反省は、彼の話を親身になって聞いてあげることで表すことにした。俺が神妙な顔で耳を傾けていると、彼がまた話を続ける。





 「そんな環境で過ごしていると、気付いたときにはもう限界が来てて、いつの間にか不登校になってました。当然家にも居づらいので、半分家出状態でした」


 「その結果、心のよりどころが未来の俺になったということか―――」


 「察しが良いですね、その通りです。誰も助けてくれない環境にいた僕の目には、大きな敵に反旗を翻しているあなたがとんでもなくかっこよく写りました」





事情は痛いほどに理解した。話している感じ、彼はとても賢いことがわかる。きっと学校に通っていたときは、高い成績を取っていたに違いない。だからこそ余計に自分の境遇を客観的にみることができたのだろう。そして、絶望したのだろう。そんな暗闇にいる中で、同じく国の闇に立ち向かっている若者がいれば、支持してしまう気持ちも分かるかもしれない。





 「でもそれを聞くと、余計にわからないな。なぜ俺が揚羽のヒーローになる道を無くすような選択をしてくれたんだ?俺の頼みとはいえ、苦しかっただろうに」そう聞くと、揚羽は深く深呼吸をしてから答えた。





 「この時代であなたに会ったとき、分かったんです。有栖川照也さんという男は、大犯罪者であっても、悪人ではないって。こっちに来てからあなたを探すためにさっきの大学に行ったら、文化祭で有栖川照也の小説を見つけました。本当にあの”有栖川照也”なのか確かめるためにその小説を読んで、僕は衝撃を受けました。そこには悪の匂いがしなかったから。その瞬間悟りました。あの悪は”作られた悪”なんだって。そこで内心考えていたんです。あっちの時間軸で助けてもらったんだから、こっちの時間軸では僕が有栖川さんを助ける側になりたいなって」





そう語る彼の目は、たいそう満足そうにも見えた。きっと、悪のヒーローな俺も見たかったんだろう。さっきの反応からみて、それも本音だと思う。でも今の発言も間違いなく本音な気がする。





 「わかった。ならまた俺は揚羽のヒーローになるよ」





気付いたら口が先走っていた。案の定、揚羽はぽかんとしている。





 「いや、犯罪者になるのは変わらず嫌なんだけどさ。でもこの時間軸でも揚羽を救うことができるはずだと思うんだ。例えば、俺が揚羽の目の前で夢を叶えたりとかさ。とにかく―――揚羽がまた尊敬してくれるようなすごいやつになってみせるってのはどうよ」





なんだ、そういうことか、とも言いたげな表情だった。でも俺が言い切った瞬間彼も夢追い人のような表情で、





 「わかりました。期待してますし、応援してます。なんならずっと近くでお手伝いしますよ」と言った。「それは悪いよ」と俺が言うと、


 「有栖川さん、忘れちゃいましたか?僕、この時代に居場所ないんですよ。戸籍も本物の僕が持ってるだろうし、まだ未成年だし―――つまり一人で生きていけないんです。だから―――これから末永くよろしくお願いしますね」





どうやら俺には、性別も年齢も想像していたものの逆をいっている伴侶ができたらしい。当の揚羽においては計画通り、といった顔をしてやがるし。初めからこれが作戦だったとしたら、俺はこの少年に対する警戒度レベルを一つあげ、年下だと思わない方が良さそうだ。そうでもしないと、いつか寝首を掻かれそうな気がする。

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