第23話 シン米沢牛の秘密
(22)シン米沢牛の秘密
武は一日の仕事を終えて、牛舎の横の事務所へ夕食を食べに行った。
猫のムハンマドも食事の時間を知っているのか、ちゃっかり武のところへやってくる。
米沢戦争の開始によって事務所のレイアウトは変更されていて、大人数が食事できる食堂ができている。食堂に行くとクマさんが食事をしていたので、話しかけた。
「クマさん、隣に座っていいかな?」
「いいぞ。少しは慣れたか?」とクマさんは言った。
「一日中カートで食事を運び続けたから疲れた。食料の備蓄がどれくらいあるか知らないけど、あれだけの人数を長期間収容所に入れておくのは無理だよね。」
「そりゃそうだ。今、担当官が米沢派のスパイかどうかを尋問しているから、スパイでないことが明らかになった人は順次解放されるはずだ。早ければ、明日の朝から解放されるんじゃないかな。」とクマさんは言った。
「それにしても、米沢派のスパイをあぶりだすのに1,000人も連行する必要があったの?」
「まあな。でも、シン米沢牛の情報を守るためには1,000人連行してもスパイを探す必要があったんだ。あの情報が外部に出るととんでもないことになる。」
「連行された人が死ぬかもしれないのに?」
「人の命よりも、か・・・。そうかもしれないな。」とクマさんは言った。
「え?シン米沢牛の情報が?美味しい牛を育てるノウハウじゃないの?」
「お前は誤解しているんだな。米沢派のスパイが狙っている情報はそれじゃない。」
「どういうこと?」
「ここだと、あれだな・・・。教えてやるから、食事が終わったら隣の部屋に来い。」クマさんはそう言うと隣の部屋に去っていった。
武は夕食を急いで食べて隣の部屋に向かった。
「クマさん、お待たせ。」と武はクマさんに言った。
「よう、来たか。さっきの続きだ。シン米沢牛は米沢牛を遺伝子操作して作った個体、ということは知っているか?」
「それはムハンマドから聞いた。」
「正確に言うと、シン米沢牛は最高級米沢牛のクローンなんだ。専門用語では体細胞クローン家畜というらしい。」
※体細胞クローン家畜とは、成熟個体の体細胞から取り出した核を、核を取り除いた未受精卵に移植して作成された個体のことです。
「体細胞クローン?」
「要は、最高級米沢牛のコピーだ。俺に技術的なことは分からないけどな。」
「クローンということは、シン米沢牛と米沢牛は同じなの?」
「そうだ。米沢市の畜産農家が黒毛和牛を育てても、最高級品の米沢牛に育つかどうか分からない。飼育環境や個体差があるからな。逆に言うと、最高の個体を最高の飼育環境で育てたら、最高の黒毛和牛ができあがる。」
「競走馬と同じような感じかな?」
「お前良く知ってるなー。」
「そうかな?」
「シン米沢牛は競走馬に近いと思う。有名なサラブレッドの種付け料は高いだろ。それは最高級の個体を手に入れるためだ。生まれてきた最高級の個体(馬)を最高の厩舎(きゅうしゃ)で育てれば、速い競走馬を作れる。」とクマさんは言った。
「米沢牛は品質にぶれがあるけど、シン米沢牛は最高級の米沢牛だけを作り続けられるということか。だから、牛舎は人じゃなくてロボットが管理してるのか。100点量産マシーンみたいだ。」
「そうだな。シン米沢牛は100点満点の最高級品質しかない。だから、米沢牛よりも格上なんだ。」
「でも、これはあくまで黒毛和牛の品質の話だよね。人の命よりも重要というのは?」と武はクマさんに聞いた。
「シン米沢牛は体細胞クローン技術を牛に使ったものだ。牛のクローンが作れるんだったら、他も作れると思わないか?」
クマさんはついに核心に触れた。
「人のクローンとか?」
「そういうことだ。米沢派が狙っている情報は、ただの黒毛和牛の情報じゃない。アイツらは人間のクローンを作ろうとしてるんだ。」
人間のクローン・・・
既に小学生の倫理観の範疇を超えている。
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