第20話 ベンチプレス100kgはどれくらい凄いのか
(19)ベンチプレス100kgはどれくらい凄いのか
武がシン米沢牛に舌鼓を打っていると、クマさんが奥の部屋からもう一皿持ってやってきた。
「これもちゃんと食え!」
クマさんはそう言って手に持ったサラダを武に渡した。
「野菜かー。母さんもいつも同じこと言う。クマさんは母さんみたいだね。」
「バランス良く食べないと、健康的な肉体が作れない。俺なんか、肉と野菜をバランスよく食べてるから、これだけの肉体を維持していられる。」とクマさんは言った。
「へー。肉と野菜をバランスよく食べると、クマさんみたいになるんだ。」
武はそう言ったものの、本当にクマさんのようになりたいとは思っていない。
「俺なんか100kgのベンチプレスなんか屁でもないぞ。肉と野菜をバランスよく食べているからな。」
「小学生にはベンチプレス100kgがどれくらい凄いのか分からないよ。どれくらい凄いことなの?」と武は聞いた。
「そうだなー。ベンチプレスの100kgは学校のテストで100点採るくらい凄いことだ。お前は学校のテストで100点とったことあるか?」
クマさんは脳筋らしい例えを出した。ただ、武にはあまりピンとこない。
「テストで100点採ったことあるよ。僕の父さんは高校の先生だから『勉強しろ』ってうるさいんだ。」
「そうか。お前頭いいんだな。じゃあ、例えを変えよう。ベンチプレスの100kgは、運動会の50メートル走で1位になるくらいの凄さだ。」
「去年の運動会で50メートル走は1番だったよ。だって一緒に走るのは4人だけだから、1位になるのはそんなに難しくない。」
「そうか・・・。」
クマさんはベンチプレスの100kgの凄さを武に分からせるために脳筋をフル回転させている。
「じゃあ、巨人の長嶋茂雄は知ってるか?」とクマさんは言った。
「もちろん知ってる。」
「ベンチプレスの100kgは長嶋茂雄にサイン貰うくらい凄い。」
「それは凄いなー。ベンチプレスの100kgは長嶋茂雄なのか・・・」
クマさんは武にベンチプレス100kgの凄さを伝えられて満足そうだ。
「じゃあ、クマさんは長嶋茂雄にサイン貰ったのか?」と武が言った。
クマさんの目論見は崩れたようだ。
「例えだよ。俺は長嶋茂雄にサイン貰ったことない。ベンチプレス100kgの凄さを伝えるための比喩表現だ。」
「なーんだ。」
「ベンチプレス100kgの話は止めよう・・・。とにかく、バランスのいい食事が重要なんだ。最近は炭水化物を抜いたりする奴もいるけど、持続力が落ちるから俺は勧めない。プロテインだけじゃ生きていけないぞ!」
「分かったよ。野菜食べるよ。それとさ、僕の肉を少しムハンマドにあげてもいいかな?父さんに手紙を届ける代わりに、シン米沢牛を食べさせるって約束したんだ。」
正確には猫は『何か食わせろ』としか言っていないが、武はシン米沢牛を食べさせてあげようと思った。
「猫のくせにシン米沢牛か・・・。まあ、人の命が掛かっているから仕方ないだろう。」
「よかったー。」
「ところで、そろそろ猫が帰ってくるころじゃないか?お前の父ちゃん無事だといいな。」
「そうだね・・・。」
武とクマさんが話をしていると、猫のムハンマドが帰ってきた。
猫は息を切らして牧場に入ってくると、武のところにやってきた。
「お前の父ちゃんの高校に行ったんだけど、ちょうど授業中でさ。授業中に教室に入るのもどうかと思って休み時間まで待ってたんだ。」
「それで?」
「そうしたら、授業中に米沢派の警察官がやってきてお前の父ちゃんは連れていかれた。」と猫は言った。
「何だって?父さんが捕まった?どこに連れて行かれたんだ?」と武は大声で叫んだ。
クマさんは猫と話している武を怪訝な顔で見ている。クマさんは武が猫語を理解できることを知らないからだ。
「俺が猫語を理解できるのは、クマさんに話していいのか?」武は猫に小声で聞いた。
「別にいいぞ。警察署長も、タバコ屋のおばさんが話せるのを知ってるし。」
どうやら、武が猫と話せることは秘密にしなくてもいいらしい。
「クマさん、びっくりしたと思うけど、実は僕は猫と話ができるんだ。」と武は言った。
「え?お前話せるの?この界隈で猫語が分かるのは、タバコ屋のおばさんとパン屋のおじさんだけだろ。お前が3人目かー。」
「らしいね。僕も気づいたら話せるようになってた。」
「はー、凄いな。ベンチプレス100kgより凄いぞ!俺はてっきり、タバコ屋のおばさんが猫にお願いしたと思ってた。」とクマさんは言った。
クマさんに褒められて、武は猫語が分かることを誇らしく思えるようになった。
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