05「ありがとうございます!」


 浮遊していた黄色い車体。『便利屋ハンドマンにお任せください』という文字が描かれた僕の車は、後輪の排出口から蒸気を放出して頭から落ちて行った。

 レンガ調の道路の脇に敷き詰められた錆びた廃材、旧世代の人類が残した使われなくなった蒸気飛行船。それらのスクラップに車体の腹を擦りながら車を走らせ続ける。


「追って――来ないよな……」


 街中に流れる独裁者ダストの政治放送。「我がシティは安全です」「蒸気機甲骸スチームボットがアナタの生活を守ります」「圧政抵抗組織から住民を守るのは、我が治安維持部隊です。ご期待ください」といった、ダスト本人による放送が街中の至る所から聴こえてくる。

 

「期待してまっせ、ダストのとっつぁん」


 そう言って僕はハンドルを引き戻し、操作盤に設置された複数のボタンを押し込む。すると、乗っていた浮遊蒸気型自動車が自動運転モードに切り替わった。

 ハンドルから手を離し、僕は背もたれに寄りかかって目をつぶる。

 アンクルシティの独裁者である、ダスト・アンクル。彼が目指している、『平和なアンクルシティ』という理想郷は、あと数十年経ったとしてもやってこない。そう思えたのは、五番街の外れにあるスラムが存在し続けるからだ。

 貧困層は年を追う毎に増加している。僕が働く、『便利屋ハンドマン』に自動車整備の依頼がやってこないのも、景気が悪いからだ。


「客が来ないな。誰か乗ってこねえかな」


 等と言いながら僕は窓のフチに肘を置き、運転するのでもないのに左手をハンドルに乗せる。視線を前に向けながら道路を数分ほど走っていると、車体の数十メートル後方からサイレンが鳴った。

 ルームミラーに目を凝らす。すると、サイレンを鳴らす正体が治安維持部隊の乗るホバーバイクによるものだと分かった。


「クソったれ。やっぱり気付いてやがったのか」


 汚い言葉を吐き捨て、操作盤のパネルを何度か押し込む。自動運転を手動運転に切り替え、燃費の事など一切考えずに車体を急発進させた。

 サイレンと共に、「そこのイエローキャブを運転している、大人びた青年。すぐに止まりなさい」と、治安維持部隊の人間兵士がスピーカーで警告してくる。それでも僕は車を停めなかった。


「嫌ですう。絶対に停めませえん」

「これは最後の警告です。車両を道路の脇に停めて、ハンドルから手を離しなさい」


 僕の車に追い付いたホバーバイク。その後、兵士の女性は、「頭のイカれた青年を追跡中。五番街に居る全治安維持部隊へ告ぐ。対象はイエローキャブを運転している黒髪の青年だ」「大人びた口調で女性をからかってくる美青年よ」等と言って、僕の車を追い続けてきた。


「このまま店に帰るわけにもいかない。ちょっと遊んでやるか」


 そう言って僕はハンドルを押し込み、レンガ調の地面すれすれまで自動車を低空飛行させる。ネオンのガス灯が輝く狭い路地裏に視線を送り、ハンドルを限界まで操作して車体を路地の壁を這うように走らせた。

 ラ・ク○ラチャやゴッ○ファーザーといったリズムに合わせてクラクションを鳴らし、路地裏を突っ走る。そのホーンの音に気づいてくれたらしく、路地で店を構えていた住民たちは、僕の逃走を期待するかのように歓声を上げ始めた。


「僕ならこのまま逃げ切れる」


 等と言葉を吐き捨てて路地裏を出た直後、目の前に赤青灯を回した治安維持部隊の車両が現れた。


 どうやら待ち構えられていたようだ。

 

 僕を追ってきた治安維持部隊の女性は、ドアを挟んだすぐ側までホバーバイクを寄せて、腰のホルダーから蒸気機関銃を抜いた。


「はあ、はあ。アクセル、今日は逃げきれなかったわね」

「ワザと捕まってあげたんですよ、ロータスさん」

 

「頭を吹っ飛ばされたくないのなら、キャブから降りなさい」

「ハイハイ。言われなくても降りますよ」


 流石に銃は不味い。

 あんなのに撃たれたら、頭が吹き飛んじまう。

 ああ、営業許可証が偽物だってバレる。

 店に帰ったら、ジャックオー師匠に怒られるだろうな。


 等と考えながら、操作盤に備えられたパネルを押し込み、車を自動運転に切り替える。すると、僕が乗っていた車は道路の路肩に自然と引き寄せられていった。


 操作盤から免許証と営業許可証を引き抜き、シートベルトを外して運転席から外に出る。その後、僕はロータスさんの言うことを聞いて車体に両手を着けた。

 

「どうして逃げたのよ。そんなに私が嫌いなの?」

「誰だって追われたら逃げますって」

 

「『普通の人』は停めるわよ。逃げるのは、心にヤマしい事がある人だけ」

「失礼ですよ。僕は税金を払った一般市民です。それに、ロータスさんの事は好きですよ」

 

「ふーん。貴方の兵士嫌いはいつになったら治るのかしら」

「治りませんよ。貴女に蹴られるのは、ただの御褒美ですし」

 

 溜め息を吐いた後、僕は周囲の女性兵士を睨み付けながら質問に答えた。


「逃げなければ、職務質問だけで済んだのに」

「知ってますよそんなこと。それよりロータスさん、今日も一段と魅力的に感じますね。今度デートしてくれませんか?」

 

 彼女と合わせていた視線を下に落とす。すると、そこにはボンテージの制服から溢れたふくよかな谷間があった。

 

「ハイハイ。免許証とイエローキャブの営業許可証を出しなさい」

「ケツポケットに入ってます。確認したいなら、そこに手を突っ込んでください」


 尻を突き出し、僕は治安維持部隊の兵士を煽り続ける。すると、彼女たちは周囲に人が居ないのをいい事に、警棒を取り出して尻を叩いてきた。


「ありがとうございます!」


 自業自得だ。叩かれても仕方ない。これだからダスト軍は住民に嫌われるんだ。

 叩く人物が男性だったら最悪だったが、相手は『ムチムチボディのボンテージ兵士嬢』だ。転んだり鉄パイプに頭をぶつけたとしても、これだけでお釣りが返ってくる。

 うずくまりながら、僕は今日の出来事を振り返り続ける。兵士が警棒で叩いてくる中、僕は痛みを我慢するために、彼女の足に抱き着いた。


「ロータス様。彼ノ下半身ガ勃起シテイマス。彼ハ、ドウシテ喜ンデイルノデスカ?」

「Z1400、貴女の階差機関脳では理解できないわ」

「そうだぞ、Z1400。お前には僕の気持ちが理解出来ないと思う。だが、この気持ちを理解出来た時、お前は次の段階に進化できるはず!」


 ロータスさんの周囲に集まる蒸気機甲骸スチームボット


「ナルホド。覚エテ、オキマショウ」

「こら、アクセル。彼女に変な知識を植え付けないでちょうだい」

「気持ちいです!」

「ロータス部隊長。シツケはそれぐらいにしておけ」


 ドン引きしている治安維持部隊に、何者かが問い掛ける。聞き覚えのある声に耳を澄ましていると、その人物が僕に手を差し伸べてきた。


「アクセル、起きるんだ」

「よお、ダストのとっつぁん。元気そうだな」

 

「ああ、お陰様でな。貴様に頼んだ依頼の報告をしてほしい。怪我はないか?」

「御褒美を貰っただけだよ。丁度とっつぁんの依頼を終えて店に帰るところだったんだ。話してやるから、キャブの後ろに乗りなよ」


 僕はドン引きしている女性兵士を一瞥して、差し伸べられた手を握る。ボロボロになりながらも運転席に座り、僕は操作盤のパネルを押し込んで、後部座席に通じるドアを開いてあげた。

 後部座席に乗り込んできたテールコートの男性。彼は自分の身を心配していたのか、大きなペストマスクで顔を覆っていた。

 

「さて、アクセル。適当に車を走らせてくれ」

「うーっす。バーガー屋に寄っても良いっすか?」

 

「構わん」

「三番街まで行きますね、ダストさん。あんな逃走劇まで繰り広げて僕に会いに来てくれたなんて、めっちゃ嬉しいですよ」

 

 走行を自動運転に切り替え、僕は女性兵士に叩かれた尻に手を添える。アザが出来ているらしく、押すと痛みを感じた。

 彼の名前は、ダスト・アンクル。このアンクルシティを支配している独裁者で、僕を気に入ってくれている依頼人の一人だ。

 彼の問いかけに頷き、僕は助手席に置いていた一斗缶の中から依頼書を取り出す。

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