第15話 レプリケーター
敷島カツオを見事お風呂に誘導することに成功した椎田ミナは、澄ました顔をしながら心の中で大きくガッツポーズを決めていた。
「……これでしばらくは時間が稼げるはず。敷島くんはゲームに協力してくれるって言ってくれたけど、ここでしっかり私の魅力をアピールして、途中で気が変わらない様にがっちり彼のハートを掴んでおかないとね!」
そう言って自らに気合を入れた彼女が暗躍を始める。
まずはスマホ型の端末を操作してレプリケーターを起動する。
彼の制服のデータをカメラでスキャンして取り込み、そこから破損や綻びを修繕したデータをAIで作成。地球のインターネットに接続して画像検索から再現性に問題が無いことも確認しておく。
「よし、問題ないわね!」
衣服のデータが完成したら今度は
「今後も襲われる可能性があるんだし、戦闘を考慮するならもっと頑丈な素材にしないとダメよね」
ミナはパラメータと睨めっこしつつ、あーでもない、こーでもないとぶつくさ言いながら敷島の制服をカスタマイズしていく。途中、やり過ぎて原型が全くなくなったデータを作ってしまったこともあったが、紆余曲折を経て納得のいくカスタマイズが仕上がる。
「ふふーん。敷島くんにプレゼントするならこれくらいが丁度いいかな!」
見た目や機能性はそのままに、防刃や防弾、耐衝撃、耐熱、耐腐食……あらゆる性能をコスト度外視で盛り込んだ超力作だ。その性能はまさに破格で、識者が見れば「着る宇宙船」と形容するだろう過剰なスペックだ。
彼女は敷島が隕石と衝突したり、摂氏4000度やマイナス200度、果てはガス星雲の嵐の中に放り込まれることを想定しているのかもしれない。そんな宇宙の過酷な環境下に置かれてもこの制服は原型を保っているはずだ。中身はどうなるか知らないが。
あとは完成までレプリケーターが自動で進めてくれる。
「心を掴むにはまず胃袋から! 次は、お料理を作ります!」
ミナは誰にともなくそう宣言する。
スマホで検索したレシピや動画をホログラムで投影する。
「初心者でも簡単に作れる、失敗しないお料理レシピ――」
「ふむふむ」
編集で要点を見やすく纏めてくれた、人気インフルエンサーの料理動画を熱心に見入る。その表情は真剣そのものだ。やる気が漲っていることが傍目にもわかる。
動画を見終えた彼女がふと冷蔵庫を開ける。
「そう言えば、まだこの中は空っぽだったわね」
スマホを取り出し再びレプリケーターを起動する。
「えーっと、確か……人参、じゃがいも、玉ねぎ、牛肉、カレー粉、まな板、包丁、ピーラー、圧力鍋――」
スプーンや食器なども入力していく。
すぐに何もない空中から、どんがらどんがらと次々に物が降ってくる。
宇宙船の様な制服とかいうとんでもない発注でなければ、こうした単純な物はあっという間にレプリケーターで製造できてしまう。
宇宙人の持つ超科学力にかかれば、夕飯の材料をかき集める程度のことは朝飯前なのだ。
「よし、頑張るぞ!」
エプロンを身につけやる気満々のミナ。
しかし、しばらくそのままのポーズで硬直する。
「あれ、食材がカットされない?」
はてなとミナは首を傾げる。
動画では確かに同じようにポーズを構えたら、用意した食材がいい感じにカットされていたはずなのに。
「……ま、まさか、この用意した道具を使って自らの手で食材を加工すると言う事では……」
慌ててスマホで情報を検索する。
包丁の使い方、鍋の使い方、などなどなど。
「ふふふ、まさか、私の知識ベースからすっかり料理に関する知識や常識が抜け落ちていたなんて……」
出てきた情報の量に圧倒されミナは立ち眩みを起こす。
「お昼に食べたファーストフードも、提供までに時間が掛かった理由はてっきり旧式のレプリケーターを使っていたからだと……まさか、こんな原始的な方法で、しかも、社会や企業ではなく、個人や家族単位で食事を用意するのが一般的だったなんて……」
異星とのジェネレーションギャップに打ちひしがれる。
敷島が聞いていたら「無茶苦茶を言うな!」と地球人を代表してツッコミを入れてくれていたに違いない。
「なるほど、でも理解しましたよ! この労力があるからこそ手料理へのリスペクトも大きいのですね!」
椎田ミナはすっと立ちあがるとスマホを操作する。
「カレーライス」
次の瞬間には、皿に盛られたアツアツのカレーライスがスプーンやテーブルかけと一緒に宙から降ってくる。
「……はっ! 無意識にレプリケーターで完成品を!」
不可視の力で制御されているのだろう、着地の衝撃でルウが跳ねることもなく、ごとりと音を立てて見事に食卓の上に陳列している。
「これがカレーライス。なかなか刺激的な匂いをしているんですね」
ごろっとしたサイズ感にカットされた野菜とお肉。
食欲をそそる本格的な香辛料のルウ。艶のあるライス。
それらの美しいコントラストが渾然一体となった一皿。
「ごくり」
世界中の人々を魅了するジャパニーズカレーライスは、完璧な擬態能力で地球人に化けたオクタラス星人の食欲をもダイレクトに刺激する。
徐にスプーンへと手が伸びていく。
「ひ、ひとくちだけ! 本当に美味しいのかどうか、味見してみないとわかりませんよね!」
誰も聞いていないのにそんな言い訳をする。
「いただきます。はむ、もぐもぐ……!!」
髪の毛が薄く発光してふわりと浮き上がる。
毛先がピコピコと跳ね、光が明滅を繰り返す。
瞼を閉じ懸命に咀嚼する。
ゆっくりと噛んで良く味わう。
舌で押すだけでほろりと繊維が解ける柔らかな肉。
しっかりと原型を残しつつも芯まで火が通った野菜の歯ざわり。
鼻をつき抜け脳を直接刺激するように広がる香り。
「美味しい! これがカレーライス!」
感動に瞳を輝かせる。
知識として美味な料理であることは彼女も知っていたが、実際に食事を体験したのはこれが初めてのことだった。
ファーストフード店で食べたハンバーガーも彼女にとっては初めての食事体験で、とても美味しいと感じ、密かに深い感動を覚えていたのだが……レプリケーターで出したカレーライスもまた格別に美味しかった。
味見という大義名分があったことをすっかり忘れて、そのままパクパクと口と手を動かした彼女はものの数分で見事に一皿完食してしまう。
「確かに、これはとても魅力的な味わいです! 私もすっかり気に入りました! つまり、敷島くんにも同じものを振舞えばきっと……!」
興奮しきりのミナがふと口を閉ざす。
視線の先にはスマホで投影したホログラムの記事。
『初心者でも簡単、失敗しないカレーライス作りに挑戦しよう!』
しばらくして、敷島が風呂から上がってくる。
出来たばかりの制服に袖を通し、出来立てのカレーライスを振舞われていた。
戦闘で身体を激しく動かしたせいだろう、とてもお腹が空いていた敷島は大振りの肉と野菜が入ったカレーライスに舌鼓を打つ。
「うん、すごく美味しいよ!」
「良かった! 敷島くんに喜んでもらえて嬉しいな~! 頑張って挑戦した甲斐があったよ!」
エプロン姿の彼女がにっこりと微笑む。
流石の敷島も思わず見とれてしまうほどの可愛さだ。
「おかわりも用意できるから、遠慮しないで食べてね!」
そう言ってゆるやかに手を振る彼女の指には、いくつもの絆創膏が張ってある。彼女が調理に苦戦した証であることは誰の目にも明らかだった。その光景を妄想した敷島の頬が緩む。
完璧超人に見える彼女が垣間見せた人間性。
敷島はそんな風に感じ親しみを覚えていた。
(女子の手料理を食べるのって生まれて初めてだよな。まさか、モブの俺にもこんな日が来るなんて……)
敷島は感無量と言った様子だ。
じんと胸を熱くする。
そんな彼の感情の動きは、髪の毛センサーを持っているミナには全て筒抜けになっている。
敷島から深い感謝と親しみの感情が向けられている。
それはミナが思い描いていたシナリオ通りだった。
しかし。
(……ごめんね、敷島くん……)
ミナは心の中で深く謝罪する。
実はミナの作戦は破綻している。
初めての料理チャレンジは結局失敗していたのだ。
料理初心者が1から始めてカレーを作り終えるには、彼が風呂から上がってくるまでというタイムリミットは少々短すぎた。
不揃いにカットされた肉と野菜の生煮えをカレーだと言い張って振舞うのはいくらなんでも憚られる。
苦肉の策としてレプリケーターのカレーライスを彼に振舞ったのだが、その完璧なカレーライスをミナの手作りだと敷島は勘違いしてしまったのだ。美味しそうに頬張る彼の姿を見て、本当のことを言い出せなくなったミナは話を合わせることにした。
「ああ、めちゃくちゃ美味いよ、このカレーライス! お世辞抜きで本当に美味い! 折角だから、おかわり貰ってもいいかな」
「うん、もちろん!」
満面の笑顔はポーカーフェイスの代わりだ。
あまりにも彼が純粋に喜ぶものだからミナは相当参っていた。
(うう……次は絶対に、私の手料理を振舞うからね!)
ミナは彼を騙してしまったことを深く後悔していた。
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