第7話 異文化コミュニケーション
「そこまでよ!! ハイポリオン星人!!」
ミナが叫ぶ。
ハイポリオン星人の注意が敷島に向いた事で、彼女の動きを封じていた能力の行使が疎かになってしまったのだ。
その一瞬の隙を突いてミナは擬態を解除すると、本来の姿となり、真の能力を解放してハイポリオン星人の手足を触手で強く縛り付ける。見た目以上に強力な拘束によってその場から1ミリも動けなくなるハイポリオン星人。
「敷島くんには手を出さないで! お願いだから! これ以上、彼に危害を加えないで!」
涙声でそう訴えるミナ。
実際には宙に浮かぶ彼女の瞳からは涙など溢れていない。
オクタラス星人の高度な擬態能力で人間の声帯を写し取ったことで、感情の激しい揺らぎが勝手にそう変換されただけに過ぎない。
宇宙人としての本性を現した彼女の貌は表情が希薄になる。
冷たい仮面の裏にある本当の感情を察するのは難しい。
だが、彼女の気が立っていることは間違いなく相手に伝わった。
遠巻きに銃を構えてミナを狙うサイバースーツのプレイヤーも、その気迫に圧されてトリガーを引くことを躊躇っていた。
「ゼータ。銃を下ろしなさい」
ハイポリオン星人の声にプレイヤーがゆっくりと従う。
「オクタラス星人、あなたも矛を収めてください。我々がこうして代理戦争に興じている理由は国家間の争いを未然に防ぐ為です。ゲームのルールに従え」
有無を言わさない強烈な口調を叩きつける。
ミナはグッと瞳に力を籠めるが、すぐに拘束を緩めることにした。
「ありがとう。おかげで無駄な戦争が未然に回避された」
「それ、あんまり冗談に聞こえないわ」
「本心だからですよ」
そう言いながらハイポリオン星人が一歩後ろに下がる。
ミナも一歩後ろに下がり、敷島の背後で浮かびながらハイポリオン星人とそのプレイヤーを睨む。
「受け取ってください。敷島カツオ」
ハイポリオン星人。全権委任大使。
―――――。
地球争奪戦、ゼータデバイス
長方形の滑らかな紙片に、日本語で印刷された肩書。
見たことのない中央の文字列はおそらく彼の母星の言語であり、彼の名前を表しているのだろうと推測できる。
「これは、名刺?」
「裏面もご覧ください」
「メール、SNSのID、電話番号……」
几帳面な字体。
丁寧に書かれた直筆のものが書き込まれていた。
「私の提案を受け入れるつもりになったら、いつでもこちらからご連絡をください。即座に誠心誠意、万全の補償対応をお約束しますよ! あ、もちろん、暇なときに話し相手になるのも吝かでは御座いませんからね! お気軽にメッセージを送ってください」
「はぁ!?」
大きな声を上げたのは敷島ではなく、その後ろにいたミナだ。
「なーんで、宇宙人のあんたが地球人とアドレス交換しちゃってんのよ!? おかしくなーい!?」
「郷に入っては郷に従え。私は自分のプレイヤーとの連絡も大体はスマホのSNSアプリでやりとりしてますよ」
ハイポリオン星人がそう言ってスマホを取り出す。
今月出たばかりの最新機種だ。
後ろで控えていたサイバースーツを着たプレイヤーも、自分のスマホを取り出して彼の言葉が真実だとアピールする。
お揃いのスマホカバーとストラップまで付けて仲が良い。
「今回の件も滅多に電話をかけてこない彼女が電話口で啜り泣いて謝るものだからどうしたものかと心配して、色々と対策を調べてからここに来たんですよ」
コクコクと後ろで必死に頷いている。
それだけじゃなくその場で土下座まで始める。
「う、う~~っ! そんな見え透いた猿芝居で騙されるわけないでしょ!」
「おお。擬態と騙しのプロに言われると説得力がありますね」
「きぃ~~っ! バカにしてんの!? 喧嘩売ってんの!?」
「はっはっは、彼の前で本性が漏れてますよ」
ハイポリオン星人の言葉にビクリと身体を震わせる。
ミナが恐る恐ると言った様子で敷島の顔を覗き込む。
「……ふぅ、アドレス帳に登録終わりました。メッセージ送ってみましたけど、どうですか?」
彼はミナたちのことをそっちのけでスマホを弄っていた。
「おや早い……はい、ちゃんとメールも届いてますよ」
「あ~~っ!? 何やってんのよ敷島くん!?」
「何って、アドレス交換だけど」
事もなげにそう言ってのける敷島。
「なんで先にこんな奴と交換してるのよ!! まだ私とも交換してくれてないのに!!」
「……いや、だって、アドレス交換しようとかそんな話してないんじゃん。そもそも、俺たちってまともに話したのも今日が初めてで――」
「私のアドレス教えるから! すぐ登録して! すぐ! いますぐ!」
「わ、わかったよ!!」
先ほどまでの一触即発の空気はどこへやら。
一気に場の緊張感が緩和する。
「はい、登録できた」
「メッセージは!? 送った?」
「送った送った」
「よろしく……え、これだけ? ほかにもっと言う事あるでしょ!?」
「ねぇよ!?」
ぎゃいぎゃい騒ぐ二人。
「――さて、私たちは先にお暇します」
ハイポリオン星人が低い声でそう告げる。
「次に会う時はおそらく敵同士でしょうが、お互いルールに則ってフェアに競い合いましょう」
そう言って彼が手を差し出す。
「ああ、お互いに」
敷島はその手を躊躇いなく握り返す。
「……流石はオクタラス星人。こんなに騙されやすそうな人間をよく短期間で見つけましたね。やはり侮れない」
ハイポリオン星人が驚愕の目――らしき雰囲気――を、ミナに向ける。
「また宇宙人から騙されやすいって言われた!?」
「騙してなんてないから!!」
ショックを受ける敷島とぎゃんぎゃん叫ぶミナ。
来た時と同じように湾曲した空間を渡って、ハイポリオン星人とそのプレイヤーは再びどこかへと消え去っていった。
静かな廊下に残された二人。
言いたいことがある。聞きたいことがある。
そんな雰囲気を互いに発していた。
「あー、なんだ……全部、打ち明けてくれるつもりだったんだよ、な?」
「……うん、そのつもり、だったよ……?」
「じゃあ、別にいいんだ」
「……うん、ありがとう……」
ミナの歯切れが悪い。
宇宙人モードの彼女は表情の変化が乏しく感情を読めない。
正確な気持ちを推し量ることは難しい。
だから、敷島は信じることにした。
昨日の放課後、教室で見た最後の瞬間。
死にゆく敷島を見つめる彼女の泣きそうな表情は嘘じゃない。
それを信じることにした。
「そう言えば、ここって異相空間? なんだっけ? どうやって出ればいいんだ?」
「あ、それは私の方で解除するよ。ちょっと待ってね」
そう言うとミナは再び擬態能力で人間の姿に戻っていく。
敷島はメタモルフォーゼするミナの一挙一動をつぶさに観察する。
触手が銀の束になり、それが更に解けてさらりとした銀糸の様な髪になる。
すらりと伸びた手足が膨らんで肉付きが良くなり、関節が生まれ、シルエットに魅力的なメリハリを生んでいく。
それはまるで、軟体生物から人間へと変貌するまでの何十億年という進化の過程を早送りで見ている様だった。大きな感動と冷めない興奮が敷島の胸を弾ませる。
(なんでだろう。すごく気になって見ちゃうんだよな)
宙に浮いていた彼女が宇宙人から人間へと戻り、地に足を着ける。
降り立ったミナはバサッと肩にかかった髪を払い下ろす。
そんな仕草も彼女は絵になるのだ。
食い入るように見つめていた敷島は一つの結論を得る。
(……ああ、アニメや映画のワンシーンみたいでカッコいいからだ!)
敷島少年は自らの胸の高鳴りをそう解釈した。
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