第八章 4

 夜が来る度に、夢の中で青い光線を見た。うなされて目が覚める。夜中に覚醒したら、その後は眠れやしない。島に来てからの二週間、ずっとそんな具合だった。禄に眠れないせいで、昼間もぼんやりしちまって調子が悪い。結局、昼も野営所に残って仮眠をとるようになっちまって、ほとんど仕事にならなかった。

 アンドレーアも最初にはしゃぎすぎたせいで疲れが出ちまったみたいだが、一日休んだら元気になったみたいだった。こいつはたぶん、夢中になると時間を忘れちまう手合いだ。うっかり徹夜で勉強、なんてことをずっとしてきたんじゃねえかと思う。わりかし体力がある。

 リオンは時々、隊が山に登っていくのについて行ってたが、基本的には野営所か浜で時間をつぶしているようだった。

 朦朧とした日々を過ごしていたある晩、俺はまた夢の中であの石版までの道を歩いていた。ただ、いつもと違ったのは、思い出にある光景じゃあなかったってところだ。辺りは暗くて、左手にぶら下げた光を頼りに、鬱蒼とした山道を登っていく。石を積んで封鎖した、例の道の前でしばらく佇んだ俺は、その石を崩して、先に進んだ。

 十年放置した造りかけの道は、また草木に侵食されて、土砂が崩れて、跡形もない。ただでさえ暗いってのに、悪すぎる足場。そこそこ幅はあるって言っても、滑ったら左手側の崖の下に落ちちまうだろう。川を流れる水音が、静まり返った夜の森の中に響いていた。

「待ってください!」

 水中から聞こえるみたいな具合で、呼び止められる声がした。振り返ってみれば、俺と同じ顔した男が息を切らして立っていた。その後ろから、またもう一個の明かりがフラフラと揺れながら近づいてくる。

「そちらに行ってはいけないと、言われているはずです」

「……関係ねえだろ、お前には」

 俺は、これは夢じゃなくて現実なんだろうと、なんとなく思った。

「あなたが行くなら、私たちもついていきますよ」

 追いついてきたもう一個の明かりに照らしあげられた雷神像みたいな美形が、手前の男の言うことに頷いて同調する。

「好きにすりゃいい。皮なし人間になって死ぬ覚悟があるんならな」

 俺はこいつらがついてこようがそうでなかろうが、心底どうでもよかった。適当に脅すだけはしといたが、あとは勝手にしろと思ったんで、無視して先に進もうとした。

 だが、ああそうだ、と思いついて、結局ついてくることにしたらしいアンドレーアに声を掛けた。

「アレ、お前にも反応するかもしれねえんだった。先に行って確かめてこいよ」

「……それは、私に死ねと?」

 さすがに嫌そうな顔して訊いてくる。さっき脅してやったからな。

「死なねえよ。反応しなけりゃただの無害な石版だし。仮にお前に反応したとしても、その光線に当たったところで、どうもしねえ」

「……なぜ?」

「そもそも、あの光線ってのは俺に向かってきたんだよ。俺の頭めがけて、真っ直ぐに飛んできた。実際、撃ち抜かれたのは俺の方だった。死んだやつは、ただ掠っただけだったけどな」

 俺は、あのときの状況を思い出すことができた。まるで、少しばかり高いところからその場面を見ていたみたいにして。あの一瞬――、誰も、俺自身も何が起こったのか分かりゃしなかった。だが今の俺には分かる。青い光は、エロイの脇腹を掠めながら、俺の頭を撃ち抜いた。軽い火傷痕が疼くみたいな感覚はたしかにあったが、俺の体は焼けなかった。ただ、ほんの少し触れただけのあいつだけが、焼け死ぬ呪いを受けちまったんだ。

「……分かりました。暫く戻らなかったら――」

「死んでねえか確かめに行ってやるよ」

 大したことは起こらんっていう、どこから来るのか分からねえ確信があった。俺はなにも心配しちゃいなかったが、アンドレーアは緊張した様子で、何度も深呼吸してから、ひどい足場をよろよろと歩いて、暗闇の中に消えていった。

「で、お前はなんで来たんだよ」

 俺は黙って突っ立ってるリオンに訊いた。

「君が森の中に入っていくのが見えたから」

 なるほど、こいつが先に気づいたのか。でも、自分の脚じゃあ追いつけねえと思ったから、アンドレーアを起こしたんだろう。

「アンドレーアじゃなくて他のやつに声掛けりゃよかったじゃねえか」

 そうしたら、俺を羽交い締めにしてでも止めたんじゃねえかな。

「でも、君はここに来たかったんだろ」

「……そうなんだろうな」

 止めようと思ったわけじゃねえのか。ついてきたからってなんにもならねえのに。やっぱり、こいつはなにを考えてるのか分からねえや。

 アンドレーアが戻ってくるまで、俺は適当な岩に座って待つことにした。リオンも近くの木に寄りかかって、軽く息を切らしながら黙ってる。こいつ、腹切った後なのによく歩き回れるな、……なんて思ったけど、島に誘ったのは俺だ。本当は無理してるのかもしれねえ。

「……手術のとき、マリアさんの血を分けてもらった」

「へえ、俺もあいつからもらったことあるぜ」

 他人同士の血を下手に混ぜるとろくなことにならねえって聞いたが、他のやつに混ぜてやっても具合を悪くさせにくい性質の血を持ってる人間ってのが、まあまあいるらしい。マリアはそれだ。俺もそうらしいが。

 俺とこいつの体の中には、同じ人間の血が混ざって流れてるんだろうか。それとも、もう俺の体の中の血は全部、俺が作り直したものに置き換わっちまったんだろうか。どっちにしろ、生まれつきの血の繋がりはねえけど、同じ人間の血で守られた命なら、それを『血縁』と呼ぶのもいいんじゃねえか、なんて思った。

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