第4章 エルフを探して

第1話 森と泉に囲まれて

 デリルとネロは森の丸太小屋に帰ってきた。すっかり夜も更けていたので、簡単な物を作って二人で食べた。

 

「ふぅ、王都に一泊しただけなのになんだか久しぶりな感じね」


 デリルは食後のコーヒーを飲みながら言った。いつものように砂糖とミルクたっぷりのブラックコーヒー(?)である。

 

「そうですね、色々ありましたもんね」


 ネロは後片付けをしながらそう言った。洗い物はネロの仕事である。その代わり、食事を作るのはデリルの役割であった。

 

「ネロくんが聞いた声は朝方なのよね? 明日は早起きして行きましょ」


 デリルは飲み終えたコーヒーカップをネロのいる流しまで持って行った。

 

「でも、エルフかどうか分かりませんよ、エコーとかセイレーンとかバンシーとか色んな可能性がありますよね」


 ネロはちょっと自信無さそうに言う。

 

「そういえばさ、エルフって人間嫌いっていうけど、わりと人間と旅してるエルフもいるわよね。もしかして王都にもいるんじゃないの?」


 デリルはふとそんな事を言い始める。

 

「でも、そういうエルフってはぐれエルフって感じで、森に住むエルフとはちょっと違うんじゃないですか?」


「私が旅していた頃には結構エルフも見かけたんだけどね」


「おそらく魔王がいなくなって冒険する意味を見失ったんでしょう」


「ま、何にしても手がかりはネロくんの聞いた声くらいよね」


 結局、話はまた元に戻ってしまった。とにかく森の中を散策してみるしか無さそうである。何にしてもこの近所はデリルにとっても庭みたいなものだ。これまでのように危険はないだろう。「それじゃ、もう寝ましょうか」

 

 デリルはあくびをして、洗い物を済ませたネロに言った。

 

 

 

 翌朝早く、デリルとネロは軽く朝食を済ませて森を散策する事にした。いつもネロが薬草を集めてくる場所を重点的に調べてみる。

 

「この辺は結構いっぱいあるんですよ」


 ネロはいつものように薬草を見つけては取ろうとして、今日は取らなくて良いんだと手を止めていた。「今日は特に多いですね」

 

 取らなくていい時に限ってたくさん目に付くものである。薬草の側も取られないと思って伸び伸びと生えているように見えた。


「うーん、魔力のかけらも感じないわ。気配を殺しているとしても……」


 デリルはキョロキョロ回りを見回す。

 

「こっちの方にもよく行くんですよ」


 ネロが草むらを掻き分けて進む。


「あっ! 危ない!!」


 デリルが声を掛けるが、ネロはそのままズザーーーッと音を立てて下の方にすべり落ちてしまった。


「ううっ……。こんな地形だったっけ?」


 ネロはキョロキョロと辺りを見渡す。「あっ、先生、小川が流れてます」

 

 ネロは下からデリルに報告する。

 

「私も降りてみようかしら」


 デリルはそう言って無造作にネロの方に飛ぶ。

 

「うわっ! 危ない!!」


 ネロは驚いて目をつむる。しかし百キロの巨体が落ちてきたのにいつまで経ってもどしんともずしんとも聞こえてこない。

 

「まぁ、綺麗な川ね。これなら飲み水に出来そうだわ」


 デリルは何も無かったようにかがみ込んで小川の水を触っていた。

 

「先生、今、飛びませんでした?」


 ネロがたずねると、

 

「え? 飛んだわよ。それがどうしたの?」


 デリルはきょとんとして答える。「私はもともと飛べるじゃない」

 

「あ、そうか。ほうきが無いと飛べない訳じゃないんですね」


 ネロは納得したように言う。

 

「当たり前よ、魔力で飛んでるんだから。でも長距離を飛ぶ時は何となく箒がないとカッコつかなくて、ね」


 デリルは悪戯っぽく笑った。

 

 二人はしばらく小川沿いに歩いた。水が流れてくる方へ向かって歩くと、やがて綺麗な泉に辿り付いた。

 

「どうやらここから水が沸いてるようね」


 二匹の鹿が泉の水を飲んでいたが、デリルたちを見て慌てて逃げ出す。泉の回りを木々が取り囲んでいる。泉の上だけにぽっかりと青い空が見えた。

 デリルたちの丸太小屋から一、二時間くらい歩いた位置だ。

 

(うふふ、きみ、また来たの?)

 

「あっ、今、声が聞こえました!」


 ネロがデリルに言う。しかしデリルには聞こえない。

 

「え? 空耳じゃない?」


 デリルは耳を澄ませる。

 

(あら、今日は変なおばちゃんもいるのね)

 

 不思議な声はつまらなそうに言う。

 

「あなたは誰ですか?」


 ネロは思い切って語りかける。

 

(ふふ、私はこの森の妖精よ)


 不思議な声が答える。残念ながらエルフではないようだ。ネロはデリルに向かって首を横に振った。

 

「あら、違ったの。残念ね、それじゃ帰りましょうか」


 デリルはがっかりした様子でその場を立ち去ろうとした。

 

「僕たち、エルフを探してるんです。妖精さん、さようなら」


 ネロもデリルの後を追いかけようとする。

 

(ちょ、ちょっと待ってよ! 確かに私はエルフじゃないけど、エルフの居場所は知ってるわよ。聞かなくて良いの?)


 妖精は慌ててネロを引きとめる。

 

「え? 本当ですか?! 僕たち、急いでるんです。教えて下さい!」


 ネロが必死にお願いすると、

 

(そうね、でもタダって訳にはいかないわ)


 妖精は思わせぶりにククク……と笑った。

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