第5話 婚約破棄
そして翌日。私はお母様と一緒に馬車で王宮へと向かった。
到着して、お茶会会場の庭園へと案内されると、王妃殿下とルドルフ殿下が出迎えてくれた。
「よく来てくれたわね、ナタリア、マリアンナ」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
挨拶を交わして席に着く。テーブルにはいかにも美味しそうなお菓子がたくさん用意されており、思わず頬が綻んでしまう。
まずはどのお菓子を食べようかしらと考えていると、ルドルフ殿下が声をかけてきた。
「久しぶりだな、マリアンナ」
「お久しぶりでございます、ルドルフ殿下」
いけない、いけない。お茶会となると、ついルドルフ殿下よりもお菓子のことが気になってしまうから、気をつけないと。
それからしばらく、和やかに会話をしていたところで、最近の出来事の話題になった。
「マリアンナは最近、何をしているのかしら?」
「そうですわね。最近は猫の可愛さに夢中になっています」
「あら、猫は可愛いわよね」
「はい、本当に素晴らしい生き物ですわ!」
猫の話題になり、意気揚々と話を始めようとしたところで、ルドルフ殿下に遮られてしまった。
「ふぅん。でも、相棒にするならやはり犬が一番だな。とても賢くて勇敢だ」
ふぅん、って何よ。失礼ね。
それに、せっかく猫の話を始めようと思ったのに、犬の話にすり替えるなんて、どういう神経をしてるのだろう。
大の猫好きになった私は許せない気持ちになり、よせばいいのに、つい反論してしまった。
「犬も確かに素晴らしいですが、猫も負けてませんわよ。柔らかくて優美で、とても素敵ですもの」
「いや、犬の良さには敵わないだろう。主人に忠実で、愛情表現も豊かだし、嬉しいときは人間みたいな笑顔を見せてくれるんだ」
「猫だって勇気があるし、甘える時の声は可愛いし、犬にだって負けないと思いますわ」
「いや、猫なんて気まぐれだし、薄情だし、俺は好きじゃないな」
ルドルフ殿下のあまりに猫を見下した言葉に、私はカッと頭に血が上るのを感じた。
そして、やってしまった。
「猫は、こんなにフワフワで、柔らかくて、とってもとっても可愛いんですよ!」
興奮していた私は、自分が猫に変身したことに気づかなかった。
「マリアンナ! あなた、猫に……!」
お母様の叫び声で、ようやく状況に気がつく。
青ざめるお母様。そして、驚愕に顔を引きつらせる王妃殿下とルドルフ殿下。
私は「終わった……」と思いながら、なんとか誤魔化せないかと、しれっと元の姿に戻り、何事もなかったかのような顔をして紅茶を一口飲んだ。
「……おい、今、猫になったよな?」
「……そうだったかもしれませんね」
やはり、誤魔化せなかったか。そして長い長い沈黙の後、ルドルフ殿下が言った。
「母上、猫に変身するようなおかしな令嬢とは婚約できません」
「そ、そんな……! 王妃殿下、マリアンナは勝手に猫になってしまうのではなく、自由に変身できるのです!」
お母様は非常事態に混乱しすぎて、フォローがおかしな方向に行ってしまっている。
王妃殿下も困ったような、怯えたような、複雑な顔をしている。
「でも、やはり猫になる令嬢というのはちょっとね……」
「マリアンナ、すまないが、婚約は破棄しよう」
まずい、これはまずい。婚約破棄だなんて、ものすごく外聞が悪いし、笑い者にされてしまう……!
私はどうにか思い止まってもらえるよう、ルドルフ殿下に追いすがった。
「ルドルフ殿下! どうか思い直してください! 猫だって可愛いでしょう!?」
あ、間違えた。そしてルドルフ殿下から容赦ない答えが返ってきた。
「マリアンナ、婚約は破棄だ。俺、犬派だし」
「そんな……」
まさか、こんなことで婚約破棄になるなんて……。そしてルドルフ殿下は犬派だなんて……。
その後、屋敷にも正式に婚約破棄の通知が届き、私はもうルドルフ殿下の婚約者ではなくなってしまった。
お父様もお母様も、私を叱ることなく慰めてくれるのが、余計に悲しくて申し訳ない。
そして、これから他の貴族の家々に、あることないこと噂話をされるのかと思うと、ひどく憂鬱な気持ちになった。
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