第21話 人の心はそこになければないですね

 通常任務に復帰した俺たちは、いつも通り閑古鳥が鳴いている「間木屋」の店員として、今日も来る気配のない客を待ち続けていた。

 鍵開け担当がなにかと不器用なこよみだったから若干心配だったものの、概ね元気にモップ掛けをしているし、それも杞憂で済んだおかげで本格的にやることがない。

 無心でソシャゲをハムスターしてる由希奈を一瞥するが、周回ハムスターできるほど熱中してるんだ、気付くはずもないよな。

 

「アンタね、いくら客が来ないからって業務時間中に堂々とソシャゲやってんじゃないわよ」

 

 そんな現状に業を煮やしたのか、今日はまゆと一緒に冷蔵庫の整理やら食品のチェックをやっていた葉月が唇を尖らせた。

 なんというか、気持ちはわかる。

 俺だって前世じゃそこそこ真面目にバイトしてたってのに、後輩がトイレ休憩の名目で四六時中ソシャゲを触ってたのに、思うところがなかったわけじゃない。

 

「んー、お客さんなんて政府の関係者といつもの人以外滅多に来ないしー? 葉月もやればいいじゃん」

「万が一ってこともあるでしょうが!」

 

 怒鳴りつける葉月も、客入りが絶望的だということはわかりきっているようだった。

 拝啓国民の皆様、俺たちは万が一でしか客が入ってこないようなメイド喫茶を税金で運営しています。

 いや本当にこれバレたら暴動ものだぞ。ただでさえ「暁の空」って厄介な連中がのさばってるってのに、それに感化、共鳴されたら最悪もいいところだ。

 

「それに秘密兵器! アンタいつまでモップ掛けやってんのよ! テーブルの清掃とか、他にもやること山ほどあるでしょ!」

「……ぇ、ぁ……は、はい……ご、ごめん、なさい……」

 

 とばっちりで怒りの矛先がこよみに向いたのは不憫としかいいようがない。

 元からいがみ合っている、というか葉月がこよみに一方的な因縁をつけている都合、こういうこともままあることなんだが、俺が仲裁に入らなくてもなんとかならんものか。

 人間は大なり小なり、「自分にできることは他人もできて当然」と思い込んでいる節があるが、葉月はその傾向が特に強いのと、あとは。

 

「やめておけ、葉月」

「でも、先輩……!」

「前にも言った通り、いらぬ軋轢は作戦に支障をきたす。其方が仕事熱心なのは素晴らしいことだ、だが他人には他人のペースがある」

 

 堂々とサボってる由希奈に関しては自業自得もいいところだとしても、こよみは作業が遅いってだけで他に落ち度はない。

 ムカついてる最中にムカつくことが重なれば、堪忍袋の尾が切れるのもやむなしとはいえ、八つ当たりは流石にみっともないぞ。

 そんな具合で、今日も俺が仲裁に入ってなんとか場を収めたまではいい。

 

 ただ、葉月とこよみの仲に関しては西條千早が生きている、という事実が今のところはマイナスに働いてるんだよな。

 原作だと西條千早が脱落した穴を埋める形で、こよみと葉月が共同戦線を組むことも増えて、その中で絆を深めていくってのが筋書きなんだが、生憎この世界では俺が生きている。

 どうしたもんかね。そこに関してもだが、未来に関しての懸案事項はまだまだ山積みだ。

 

 せめて世界の修正力が二人の関係にも働いてくれればいいもんだが、そう都合よく事が運んじゃあくれないってのはわかっている。

 上手いこと和解フラグをなんとか成立させるには、葉月がこよみを見直すことが鍵になるんだが、どうにかそういうイベントを起こさないものか。

 薄らぼんやりとそんなことを考えている間に、スマートフォンが振動し、マナーモードを貫通した合成音声が、特種非常事態宣言を告げる。

 

『特種非常事態宣言が発令されました、繰り返します、特種非常事態宣言が発令されました。付近の住民の皆様は、ただちに最寄りのシェルターまで避難してください』

 

 泣きっ面に蜂といわんばかりだ。

 俺たちはグラスを乾拭きしていた大佐に視線を向けて、出撃許可を求める。

 

「聞いての通りだ、諸君。ただちに現場へ急行し、臨界獣を鎮圧せよ」

『了解!』

 

 許可が下りると同時に、鍵開け兼店閉め担当だったこよみを除いて、俺たちは更衣室へと走り出す。

 特種非常事態宣言が発令された地点はスマートフォンに表示されている。今回、界震によって「穴」が開いたのは最悪なことに市街地のど真ん中だ。

 一級魔法少女と自衛隊が初動の対処に当たっているようだが、死人が出るのはどうやったって避けられない。

 

 原作を知ってるなら、臨界獣についても先回りして潰せばいいって話かもしれないが、基本的に魔法少女は政府や関連機関の承認がなければ動くことはできないようになっている。

 勝手に単独行動してその場を収めたとしても、その結果数ヶ月単位で懲罰房行き、「凍結処分」が下されればもっと最悪だ。

 一度「凍結処分」が下されれば、政府が「本当に必要だと判断した時」以外は強制的な冷凍睡眠によって常に動けない状態にされてしまう。懲罰房送りなんかこれに比べりゃ可愛いもんだよな。

 

 英知院学園の時、俺が自由に動けていたのは、あの場における作戦の裁量が魔法少女側に与えられていたからに過ぎない。

 だから、基本的に魔法少女による対処は後手後手に回らざるを得ないのだ。世知辛い限りだね。

 店閉めをやっていたこよみも合流し、制服に着替えた俺たちは、一路地下カタパルトに向けて走り出す。

 

『聞こえているか、諸君!?』

「肯定する、なにかあったのか」

 

 藪から棒に、左耳に着けた通信機から、珍しく焦ったような大佐の声が響き渡った。

 もう少しボリューム抑えてくれると助かるんだが、そうも言ってられない状況ってことなんだろう。

 なぜなら、今回戦わなくちゃいけない臨界獣は。

 

『初動対処に当たっていた一級魔法少女が重傷を負ったとの報告が入った、諸君らも警戒を厳にして戦いに臨んでくれ!』

 

 一級魔法少女といえば、俺たち特級には及ばないとしても極めて強力な魔法征装を持っていたり、魔力を行使することができる存在だ。

 それが重傷を負わされたということは、単純に、相手が持つ攻撃手段が一級魔法少女の魔力障壁を打ち破ったということに他ならない。

 ゴーレムの時もそうだが、魔法少女の肉体は魔力によって強化こそされているものの、防御は基本的に魔力障壁に頼り切りだ。

 

 逆にいえば、魔法少女が人知を超えた臨界獣と戦えるのは、魔力障壁があるからということでもある。

 それを突き破れるような敵と戦わなきゃならなくなった場合は、特級だろうが三級だろうが一発でも攻撃をもらえば死ぬ、という覚悟で戦いに臨むしかない。

 クソゲーかな? クソゲーだったわ。

 

「聞いての通りだ、此度の敵は此方の魔力障壁を打ち破れるという前提で戦うべきだと提言する」

「先輩、それって……」

「攻撃を一度でも食らえば此方も命の保証はない、ということだ。今まで以上に敵の動きを見て戦う必要がある」

 

 一応というかなんというか、俺はそのギミックや行動パターンを把握しているからなんとかなる……と見るのは甘い。

 だが、今回の臨界獣がどんな存在で、どういう攻撃をしてくるのかを知っているというアドバンテージはあるのだ。

 つまり、最も危険な前衛担当こそが、俺の役目ということになる。

 

「心配せずともいい。此方が前衛を引き受ける……其方は援護に当たってくれ。必ずヤツは此方が討つ」

 

 頼れる先輩としての笑顔を形作って、俺は四人の魔法少女たちにそう断言した。

 こんなことを言っといてなんだが、正直な話マジで怖い。

 ピグサージと戦った時もそうだが、知っているからといって、わかっているからといって、何度でもコンティニューできるゲームじゃない以上、一度死ねばそれっきりだ。

 

 それでも、やるしかないんだよ。俺は決意と共に、カタパルトへ足を乗せる。

 原作じゃ葉月が前衛担当をやって、こよみと由希奈、そしてまゆの三人で後方支援を固めるという体制を取っていたこの初見殺しもいいところな戦いは、一つの分岐点だ。

 もたついてると前衛担当の葉月が死ぬ。かといって、畳み掛けるために突撃しすぎるとこよみが死ぬ。

 

 主人公たるこよみが死ねばゲームオーバーだが、葉月が死んでも物語はよりハードモードになって続いていく辺り、製作者の悪意が透けて見えるイベントだ。

 やっぱり連中には人の心がないんだろう。

 そんなクソイベに屈してたまるか。初見じゃ辛酸を舐めさせられたが、こちとら救いを求めて死んだ目でこのクソゲーをハムスターしてきたんだぞ。

 

 闘志と開発陣への恨みを燃やして、俺は「ドレス・アップ」の解号を唱える。

 戦いの火蓋は、切られた。

 カタパルトから蒼穹へと射出される最中で、俺は恐怖を振り払うように、きつく拳を固めていた。

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