第3話 入学試験 2
学院の正門前に到着すると、多くの人々が列をなしていた。学院は3メートルはある鉄の柵で囲われており、出入り口は今いる正門と裏門しかない。
正門は馬車が2台は余裕で通れそうな巨大な石造りの門で、その奥に見える白亜の校舎は、300人が通っているだけとは思えないほどの巨大なものだった。
初めて来た学院の外見に内心で驚いたが、どうやらそれは隣のロベリアも一緒らしく、彼女は口を開けながら正門を見上げて固まっていた。
(まぁ、居住区の年季の入り過ぎた建物とは大違いだよな・・・)
そんな事を考えつつ、俺は周囲を見渡す。列を作っているのはまだ幼い少年少女達で、その手には俺の持つものと同じ受験票が握られている。緊張した表情を浮かべる者、余裕の笑みを浮かべる者、明後日の方向に視線を向けて黄昏れている者等、その様子は様々だった。
驚いたのは、一目で貴族の子供だと分かるような格好をした者の中には、両親が一緒に付き添っていたり、使用人を付き従えている者もいる。
(おいおい・・・15歳って言えば、もう大人って言っても良いぐらいの年齢だろうよ。どんだけ過保護・・・いや、親離れの出来てない甘えん坊か?)
そうして半ば呆れながら周囲を観察していると、一人の少年が近づいてきた。
「そこの君達、来る場所を間違えてないかい?」
俺よりも10センチ程背の高いその少年は、2人のメイドを付き従え、茶色を基調とした暖かそうな高級感溢れる外套を羽織っている。外見は整った顔立ちに金髪のショートカットで、綺麗な碧眼が特徴的な少年だ。優しげな声音だが、そこにはしっかりと相手に対する侮蔑が籠っていた。
「えっ?あ、あの・・・」
前髪をかき上げながら、嫌な目付きをしている少年に、ロベリアが困惑した表情で戸惑っている。
「君達は居住区の人だね?その受験票、『鑑定の儀』で才能を見出されたのか・・・悪いことは言わない。事情を説明して辞退すると良い。ロクな鍛錬も積んでいない平民が、この学院に入学しても良いことなど何も無い。確かに学院に入学したという経歴は、例え退学しても就職に役立つからね、何としてでも入学したいという君達の心情は理解できる。しかし、何事も分を弁えて行動しなければ、いらぬ誤解と敵を作る結果になるぞ?それに・・・」
少年はこちらが何の反応もしていないというのに、さも親切心を装ってベラベラと捲し立ててくるが、その目的は俺とロベリアの手元の赤い受験票を見ていることからも明らかだった。
学院に入学出来る人数は決められている。学習の質と量を考えると、剣武術コースで50人、魔術コースで50人の、一学年100人というのが上限だ。その為、この入学試験で才能豊かで優秀な人材を100人に絞るのだ。
しかもその受験生達は幼い頃から鍛錬を積んできたもの達がほとんどだ。合格率20%の難関に挑むにあたって、ライバルを排除したいという考えも理解できる。
例年、学院の受験者数は500人を超える。ちなみに15歳になる者であれば誰でも騎士学院の受験は可能だが、平民の受験生はあまりいない。それは平民の生活環境下ではまともに鍛練など出来ないので、受験したとしても合格の可能性は低いからだ。その状況で騎士学院を受験するような平民は、立身出世を夢見る者か、受験を強制された者だ。ロベリアのような。
「あ、あの、親切なご助言ありがとうございます!で、でも、お役人様から必ず受験するようにと命令を受けていますので、その・・・ご助言通りに出来るか分からないです」
ただ、彼の思惑を知らないロベリアは、その言葉を馬鹿正直に受け取ってしまったようだった。そんな彼女に対して少年は、髪をかき上げながら嫌らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「それなら心配いらない!私はフログレンス伯爵家の嫡男でね。試験官に口利きをして、君の受験を辞退させてあげよう!そこの君も一緒にね!だからもう帰るといい!」
「・・・・・・」
俺の方にもそんな事を言い放ってくる少年に、内心で辟易とした。伯爵家ごときが、国家事業でもある騎士学院の入学試験に口を出せるわけがないのだ。もし彼の言葉を鵜呑みにして試験を受けずに帰ったとなれば、国家命令違反の罪人として後日捕縛されることになる。
それを知った上で適当なことをのたまいているのか、知らずに家の権力を勘違いして言っているのか分からないが、裏に見える彼の必死さに、かえって笑いが込み上げてくる。
「そ、それなら・・・アルさん、帰りましょうか?」
ただ、ロベリアは元々強制されて試験を受けに来たこともあってか、学院に入学することに対して肯定的ではないようだ。騎士になれば名誉も財も思うままなのだが、常に危険が付き纏う仕事でもあるので、彼女のような幼い女の子が忌避感を抱くのも無理はない。
更に、彼女の身の上話を聞く限りでは、虫も殺せないような性格をしているので、自分が学院に入学することで周りから後ろ指を刺されるくらいなら、始めから入学しないという選択をしたいというのも理解できる。
とは言え・・・
「ロベリア?俺達が持っている赤い受験票の意味は分かるか?」
「えっと、国のお役人様からは絶対に受験するためのものだと・・・」
「そうだね。にもかかわらず受験しなかった場合、どうなるか分かる?」
「えっ?あの、この方が話を通してくれるのではないんですか?」
俺の質問に、彼女は困惑した表情で返答する。
「ここは国立ヴェストニア学院。つまり、学院の運営は王国がしている。当然この入学試験も国の指示の元に行われているわけだが、それを伯爵家の子供風情がどうこう出来るわけがない。このまま帰れば、明日には罪人として捕まることになるよ?」
「えっ!?」
俺の説明にロベリアは驚愕した表情を浮かべ、両手で口を覆っていた。そんな俺達のやり取りに、少年は憎々しげな表情を浮かべながら俺の方へと近寄ってきた。
「お前、平民の分際でこの僕に逆らうつもりか!?僕がパパにちょっと言えば、お前みたいな平民なんて、この国で生きていけないように出来るんだぞ!!」
「・・・はぁ・・・」
絵に描いたような傲慢な貴族そのものの少年の言動に、無意識の内にため息を吐いた。一応この学院では、身分の貴賤なく平等に学べる環境を、という理念が存在している。綺麗事のような建前だろうが、理念は理念だ。そこを蔑ろにして傲慢な態度をとれば、学院の教師からの評価は下がるはずだ。
「き、貴様・・・平民の分際で、フログレンス伯爵家の嫡男であるこのレンドール様に、あろうことかため息を吐く暴挙・・・覚悟は出来ているんだろうな!!」
どうやらこのお坊っちゃんは、貴族なら平民に何をしても良いとでも考えているようで、あろうことか外套をはだけ、腕に装着している魔術発動媒体である銀色をしたブレスレットを見せつけ、その手を俺に向けて威嚇してきた。
「ひっ!」
魔術に関わりがない生活を送っている平民にとって、発動媒体を向けられること自体が恐怖なのだろう、ロベリアは蒼白な顔をしながら怯えてしまっている。
「あのなぁ、こんな所で問題を起こすつもりか?仮にも伯爵家の嫡男なんだろ?自分の思い通りにいかないからって、幼い子供みたいに駄々こねるなよ・・・」
「お前だって子供だろうが!!何なんだよ!僕は伯爵家の嫡男だって言ってるだろ!何で平民のお前がそんなでかい態度なんだよ!!」
呆れを隠すことなく吐き捨てる俺の言葉に、少年はまるで癇癪を起こしたように顔を真っ赤にして、地団駄を踏みながら怒りを露にしている。あとほんの少しの切っ掛けがあれば、本当に魔術を放とうとする勢いだ。
「そこっ!何の騒ぎだ!!」
そうこうしている内に、この入学試験での警備を任されているのだろう、若い男性騎士の一人が駆け寄ってきていた。騎士の正装である、精緻な金細工が施された7個のボタンが特徴的なベロアコートを着込んでいる。
(青色のベロアコートってことは、第六騎士団の奴か。見たこと無い顔だから、入りたての下っぱか?)
騎士の正装であるベロアコートは、七つの騎士団でそれぞれ色が違っている。第一騎士団が白、第二騎士団が赤、第三騎士団が緑、第四騎士団が紫、第五騎士団が茶色、第六騎士団が青色、第七騎士団が黒色といった具合だ。
「あ、いえ、こ、これは・・・そう、私はそこの礼儀のなっていない平民に、貴族に対する言葉遣いを教えようとしていただけです!それなのに全く改善が見られない彼に、少々私も言葉が強くなってしまいまして・・・」
騎士を前にして、焦ったように言い訳を並べ立てている少年の姿に、なんて肝っ玉の小さい奴だと苦笑いが溢れる。
「平民だと?確か今回の受験では・・・っ!?」
訝しげな表情を浮かべながら俺と目があった騎士は、ハッと目を見開いて、少しの間固まっていた。
「こんな礼儀のなっていない平民は、本当はこの学院の受験すらさせるべきでは無いと私は思うのですがね。とはいえ、鑑定の儀で才能は認められたのでしょうから、私が伯爵家に身を置く者の責務として、色々と平民のあるべき姿を教授してあげようとしたのですが・・・」
そんな固まっている騎士を余所に、少年はペラペラと自分の正当性を主張していたが、残念ながら当の騎士の耳には入っていないようだった。
「し、失礼ですが、受験票を拝見してもよろしいでしょうか?」
「ああ」
目の前の伯爵家の子供を完全に無視して、その騎士は俺に受験票の提示を求めてきた。どうやらこの騎士は俺の事を知っているようだったので、この面倒な状況をさっさと終わらせるため、素直に提示した。
「っ!!や、やはり!気づくのが遅れて申し訳ありません!ご案内しますので、どうぞ私に付いて来てください!」
「分かった。ついでに、このロベリア嬢の案内も良いかな?」
「勿論です!では、こちらへ!」
「えっ?えっ?えっ?」
そうして俺達は騎士の先導の元、列に並ぶことなく受験の受付を行うこととなった。ロベリアは状況の変化に追い付けないのか、オロオロとしながらも不安げな表情で隣を歩いている。
「・・・はぇ?」
そしてその場には、呆気にとられた表情をしている少年だけが残されたのだった。
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