騎士学院のイノベーション

黒蓮

第一章 革新の始まり

第1話 プロローグ

 国立ヴェストニア騎士学院。


未来の騎士を目指す15歳から18歳の若者達が集い、戦闘技術や集団戦略等を学ぶ場所だ。


入学時には、その人物の適正に応じて学ぶ項目が分けられる。魔力による身体能力強化を得意とする者は、武器や肉体による接近戦闘術を主に学び、魔力の放出を得意とする者は、様々な属性魔術を主に学ぶ事になる。


そういった学習内容の別もあり、生徒は剣武術コースと魔術コースに分けられ、校舎も別々にして授業を受けている。その為、2つのコースの生徒が顔を会わせるのは大食堂での食事の時間帯と、合同実践訓練程度となっている。


本来であればこの学院で、近距離を主体とする剣士と、遠距離を主体とする魔術師の連携の重要性も学んでいくのだが、この学院で学ぶ生徒達はまだ精神的に幼いということもあってか、どちらが上かというマウントを取ろうとしてしまう傾向にある。


とはいえ、卒業してしまえば剣士だ魔術師だという別もなく、叙任されてしまえば一律に騎士と呼称される事になるのだが、世に出たことのない学院生の彼らにとってみれば、自分の出自と実力は絶対のもので、自らの認識の及ぶ範囲が未だ小さい世界に囚われている。


そもそも騎士に叙任されるということは、この上なく名誉なことで、子供なら誰しも騎士になることを幼い頃から夢に見る憧れの職業なのだ。そしてこの国立ヴェストニア騎士学院に入学できるだけの実力があるということは、それだけでほぼ将来が約束されたとも言える。


その為、この学院には幼い頃から英才教育を受けてきた高位貴族達がほとんどで、プライドだけは一人前以上に肥大化してしまっている。


そんなこともあり、剣士達は魔術師のことを安全な後方から魔法を放つだけの砲台で、魔物に接近されたら成す術の無い木偶の坊と見下し、魔術師達は剣士のことを自分達が魔術を放つ時間を稼ぐための肉の壁で、魔術で遠距離から攻撃されたら成す術の無い案山子かかしだとお互い罵り合っている始末だ。


むろん、授業では教師から男女どちらが上かというものではなく、適材適所だと教えられるし、学院を卒業して騎士として現場に着任し、実践の場で互いの連携の必要性を少しずつでも実感すれば、このような軋轢は段々と消えていくのだが、若い彼らは見栄と自尊心がどうしても捨てきれないのだ。


「・・・だからと言って、23歳の俺が15歳として学院に入学し、意識改革をしろってのは無理があると思うんだが?」


「陛下からの勅命だよ。外からの刺激で変えられなければ、内から変えていくしかあるまい?心配はいらない。君は男性にしては背は低めだし、整った顔立ちとはいえかなりの童顔だ。15歳と言われても違和感はないし、むしろ実年齢の方が違和感を覚えるほどだ」


俺に対して失礼な発言を並べ立てているのは、このヴェストニア王国の軍務大臣、リッカー・アンドリューさんだ。よわい50を越えていると言うのに、筋骨粒々の厳つい顔付きをしている。身長も馬鹿デカく、190は優に越えているが、頭部の毛根が死滅しているスキンヘッドのおっさんだ。


そんなおっさんに指摘されているように、俺の身長は150位と少々小柄だ。しかも、街に出歩けば子供に間違えられるほどの童顔ときている。朝起きて鏡を見る度にため息を吐いたのも、今までの人生で数えきれないほどしている。


「というか俺が学院に潜入している間、部隊の指揮はどうすんだよ?副官のミッシェルには荷が重いぞ?」


「問題ない。君の離脱にともない、第一騎士団の部隊編成を大きく変更する。そもそも今までの編成が前代未聞だったのだ。たった一人で一個師団並みの殲滅力を有する君に頼りきった編成は、今後の事も考えて少々危険だという声も上がっていてね。ま、これまで通りの指揮編成に戻るだけだ」


「あぁ、そうかい。で、潜入に際して変装した方がいいか?」


「確かにその銀髪灼眼は目立つ容姿だが、だからと言って君を見て『戦場の赤い死神』を連想せんだろ?」


俺の問い掛けにおっさんは、含みのある笑みを浮かべている。大方、子供みたいな見た目の俺が、巷で話題の実力者に見えないってことだろう。


「まったく、何で『赤い死神』なんだか・・・『白銀の英雄』とか、もっと相応しい二つ名が付いても良いと思うんだが。そう思ってこの銀髪も耳まで掛かるくらい伸ばしてるのに・・・」


「仕方ないだろ?魔物の群れが蔓延る戦場でたった一人、無数の魔物の返り血で全身を赤く染め、口元に笑みを浮かべながら魔物を殲滅したんだ。私には君にピッタリの二つ名だと思うがね」


「ふんっ!」


その指摘に不快げに鼻を鳴らすが、おっさんはそんな俺の態度に何も言うことは無かった。


「ただ、名前は偽名を使う必要があるだろうな。流石に本名ではバレてしまう」


「偽名か・・・適当に考えてくれ」


投げやりな俺の言葉に、おっさんは口元に手を添えながら考え込んでいるようだ。そうしてしばらくすると、何かを良い案が浮かんだとでも言うような表情で口を開いた。


「よし!君の偽名は『アル・ストラウス』としよう!」


「いや、そんな名案が浮かんだような表情しておいて、結局本名の前2文字取っただけだろう!しかも姓は孤児院の施設名だし。俺は平民として潜入するのか?」


「その方が生徒達にとって印象が強いだろう?名も知れぬ実力者の平民が、学院の意識改革を断行する・・・ふむ、我ながら書物に出来そうなほどの名案だ!」


自画自賛するおっさんの笑みを見ながら、俺は頭を抱えた。というのも、この国の生粋の貴族達は平民を見下す傾向が強い為、それが子供にも伝染している可能性が高いからだ。しかも同じ爵位持ちであるはずなのに、俺のような成り上がりの一代貴族に対する風当たりも良いとは言えないような風潮だ。その為平民として入学すれば、生徒達の意識改革をは並大抵の事では実現しないだろう。


とはいえ、既にこのおっさんの頭の中では既定路線になっているはずだ。今までの付き合いから、この状態のおっさんに何を言っても無駄なことを、嫌というほど実感してきている。俺の実力を信頼しているのか、自分のアイディアに酔いしれているのかは知らないが、迷惑極まるとはこの事だ。


「はぁ・・・そう言えば学院は学習コースが分かれているようだが、どっちに入ったら良いんだ?」


「別にどちらでも構わんよ?君ほどの実力があれば、行きたい方に行けるだろう?」


手元の資料を見つめながらおっさんに確認すると、何とも投げやり気味な返答がきた。そういった詳細を決めていないなんて、本当にこの命令は陛下からのものか疑わしく感じる。ただ、このおっさんが陛下の名前を謀ることなど万に一つもないので、俺は諦めて思考を巡らせた。


「あぁ・・・なら、魔術コースにするか。剣武術コースだと生徒同士の模擬戦があるかもしれないし、下手に加減を間違えると大怪我させてしまうからな。その点、魔術コースなら目標物に魔術を放つくらいで、最悪でも校舎が損壊するだけだろう」


「・・・くれぐれも手加減を忘れんでくれよ?私はまだこの椅子に座っていたいし、老後は悠々自適な暮らしを夢見ているのだからね!」


俺のポツリと漏らした言葉に、おっさんがわりと真剣な眼差しを向けながら心配した表情を向けてきていた。想像しては見たが、いくら魔術で加減を間違えたといっても、生徒に重傷を負わせてしまうような結果になんてならないはずだ。


多分。普通に考えれば。きっと。



 そうしてそれから何やかんやと大まかな事を確認し終わると、おっさんは姿勢を正して真剣な表情を俺に向けて口を開いた。


「では、改めて命令を伝える。本日をもって貴殿、アルバート・フィグラムはパラディン序列1位の席を解き、その席を欠番扱いとする。同時に、アル・ストラウスとして国立ヴェストニア騎士学院に入学し、学院生徒の意識改革の任務に就いてもらう!」


「拝命致します!」


「期限は学院を卒業するまでの3年間!それまでに成果を出せ!!物資や人材等の支援が必要な場合、学院に潜入している連絡員から報告するように!以上!!」


「はっ!アルバート・フィグラム、只今より任務行動を開始します!」


軍務大臣の命令の言葉に俺も姿勢を正し、右の拳を胸に当て、騎士の礼と共に命令を了承したのだった。

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