魔影失踪
大悪魔が復活した。最悪の事態だ。
どうしてこんなことに。ネオヘイムは全員捕らえたのに。まさか他にもいたのか!?
影はしばらくの間微動だにしなかった。だが、やがてあたりを見回し始め___目が合った、と思う。目らしきものは見えないが。
ゆっくりと、しかし確実に距離が縮んでいく。
なんで俺を?たまたまか?
一刻も早く逃げ出したい。だが体が全く動かない。
死ぬのか?俺はここで死ぬのか?それもいいかもしれない。もういっそ一思いに殺してくれ。そうすれば気が楽になれる。もう何も気にしなくて……気にしなくて……いいわけないだろ!こんなところで死んでたまるか‼︎
そうだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。死ぬのは勇者を倒してからだ。
落ち着いてよく見ろ。あれはただの影だ。ゾンビに比べりゃ怖くなんてない。
軽い暗示により、ようやく深呼吸できるほどの余裕が生まれた。相手の一挙手一投足を観察する。まだ襲ってくるつもりはない、のか?
後一歩で俺に触れられる距離のところでピタリと止まった。
「……勇者?」
俺が勇者だってことがバレた?『鑑定』持ちか?いや、今はそんなことよりどう答えるかが重要だ。だが判断材料が少なすぎるな。
「……ああそうだ。俺は勇者だ」
「……ナゼココニ?」
「お前の復活を阻止するためだった」
さあ、どう出る?
「……ワラワヲ目覚メサセタノハ誰ジャ?」
「そこにいるやつら……だと思う。あの建物から出てきたんだよな。そこに誰かいなかったのか?」
そいつはゴウッ、という音とともに族長の家まで飛んで行った、と思った時にはすでに戻ってきていた。いつのまにか目の前にはボロボロになった女性が横たわっていた。
慌てて確認したがすでに事切れていた。
「遅かったか」
「……コロガッテイタ」
「そうか。多分こいつの仕業だ」
「……ナゼワラワヲ?」
妙だな。さっきからプレッシャーは感じるけど敵意や殺気の類が全くない。会話も成立している。
「世界征服とかいうバカみたいなことのために利用しようとしたらしい」
「……」
ゾクッ!
えっ、なんだ⁉︎怒気⁉︎
「……ソウカ」
ひょっとして利用という言葉が気に入らなかったのか?
「……オヌシハ」
「えっ?」
「……オヌシハコノアト、ドウスルツモリナノジャ?」
「どうって……修行?」
「……ソレカラ?」
「……勇者を倒す」
「……?」
「俺の他にも勇者がいるんだが、そいつはこいつらの味方らしい」
「……」
不意に、影が片膝をついかと思えば俺の顎をクイッと持ち上げ、目を覗き込んできた。ちょっ、なんだ⁉︎
「……弱イ」
「ああ、おそらくこの中で一番弱い」
「……今時ノ勇者ハ弱イノガ普通ナノカ?」
「いいや。俺の運が悪かっただけだ」
「……イヤ、ムシロトテモイイ」
運がいい?どういうことだ?
「……名前ハ?」
「ワタルだ」
「……ソウカ。マタノ」
またのっておい、ここから立ち去るつもりか⁉︎
「ちょっ、待っーー」
闇が再びあたりを包み込む。とっさに勢いよく腕を伸ばすが、何もつかむことはできなかった。
視界が戻った時にはもう影はいなかった。俺たちを押さえつけていたプレッシャーもいつのまにか消えていた。
「ご、ご主人様!ご無事でしたか⁉︎」
「あ、ああ。というか、お前の方こそ大丈夫か?現在進行形で震えまくってるし。とりあえずこれで涙を……いや、落としそうだし俺が拭こう」
「あ、ありがとうございます」
ちょうどいい感じの布でリオネの顔を軽く拭いて状況を確認する。
気絶したのは……ほとんど全員か。流石は大悪魔ってところか。逆になんで俺が気絶しなかったのか不思議だな。謎の勇者パワーか?
封印が解かれた以上一刻も早く国に報告するべきなんだが……あいつは本当に敵なのか?
ここ最近で遭遇した悪党や熊と違って殺気らしいものは感じられなかったんだよな。うまく隠している可能性も十分あるが。
……またの、か。また俺に会うつもりってことだろうか。でもなんのために?
殺すつもりならいつでも殺せたわけだし多分違う。別の理由があるのか、あるいはただ純粋に会いたいと思っただけなのか。
というかどこに行ったんだ?目的があるならともかく、そうでなかったら探すのが、いや、目的が分からないんだから難易度は変わらないか。
フィロソ族のみんなは無理に起こさない方が良さそうだな。かなり疲労しているようだし。
「リオネ。軽く周囲の見張り頼めるか?」
「はい、お任せください」
「すまんな。お前も疲れているだろうに」
「気にしないでください。私に睡眠は必要ないんですから。どうぞゆっくりと休んでいてください」
「分かった。ありがとう」
気をぬくと肉体的、精神的疲労がどっと押し寄せてきた。これはそう簡単に目が覚めないだろうな。
屋根が崩れてきたら大変なので、そのまま屋外で眠ることにした。もう外で寝るのも慣れてしまったか。
……そういえば、大悪魔が立ち去る寸前になんかつぶやいていたような。なんだっけか?
確か……もう、誰……も……。
俺は1分もかからずに夢の世界へと旅立った。
起き出したのは太陽がとっくに天辺を超えてからだった。
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